2018年10月20日

宗教の役割

古代から 宗教は 人々の苦しみを軽減する教えとして とても大切な役割を持っていました。

人々が生きやすくなる教え が宗教です。

教えは広まると その教えを支持する人々が集まってコミュニティを作るようになります。

教えを深く理解する者はリーダーになってまだ教えを理解できていない人々を導きます。

これが体系化して 宗教の団体、教団を管理する仕組みなどが発生します。

 

本来 宗教の教えには 法律のようなルールがあるわけではありませんでした。

それはその宗教の指導者を育成する僧院において 修業のための規範 戒律が決められるようになりました。

その戒律を守れなければ僧侶は僧院で修業を続けられません。

それぞれの宗教は 教えと共に戒律を在家信者たちにも適応するようになりました。

宗教が国家的に支持されるようになると、宗教の戒律が法律のベースにもなっていきます。

 

社会が進化するほどに、戒律や法律は 根本の精神が抜けて 形骸化するようにもなります。

形だけを大切にしてしまい、 根本の一番大事な精神が忘れ去られてしまうのです。

 

これは人間の世界が進化したり、社会の変化、ライフスタイルの変化、価値観の変化が起こる世界に

最初の容れ物である戒律が 合わなくなっていくのです。

長い時を経て、 また、人づてに語り継がれるうちに 意味が変わり、質そのものが 変容してしまう ということも起こります。

 

私たちは 変化する生き物で、この世界も 膨らんだりしぼんだり、雑多な波動が入り込み、コミュニティも形がある物質ではないものですから 型にはめようとすると 無理がでてくるのです。

 

私たちの世界は 流動的な性質をもっているため、

形として見ては判断を誤ってしまいます。

では、何が大事なのか と 言いますと

エネルギーの質とバランスです。

 

分かりやすい言葉で言いますと

愛であるかどうか エゴが介入しているかいないか  です。

 

言葉を頼りにしてしまうと、間違ってしまいますので

もし、何か 迷うことや どう判断したらいいか 分からない時は

それは 愛なのかどうか?

あなたは 愛でいるかそうでないか? を 見て感じてください。

そこにある波動を感じてみるのです。

 

愛あるものは 温かく 優しく包み込む力を持っています。

目の前にあることがたとえ悲劇であったとしても、 そこには 優しさや愛を感じることができるでしょう。

愛には感動が伴います。

 

他人がどうしているか は重要ではありません。

あなた自身が どんな波動を出しているかを見てみてください。

わが身を振り返って そこにどんな波動があるのか? を感じてみるのです。

 

正義を振りかざす時、 それは愛ではありません。

人を裁きたくなる時、 そこに愛はありません。

愛は 何かをするかどうか ではなく

ただ、愛を満たすだけなのです。

 

もし、あなたが 愛に満たされた気持ちで毎日を過ごすことができたら

もう戒律は要りません。

 

あなたが 全身で愛を感じていたとしたら、

あなた自身が愛であるならば、

あなたの中に神がいて、

あなたの仏性が 目覚めているのです。

 

人々は 純粋なエネルギーに心打たれることでしょう。

そして愛の波動に包まれると 癒しが起こり、

人も愛になるのです。

 

あなた自身の悲しみや苦しみすらも あなたの中の愛が癒すようになるでしょう。

神と 内側でつながるような感覚です。

 

それ自体が 多くの宗教の根本にあるものです。

 

もしそうではない宗教があるとしたら、 それは悟りには至らない宗教でしょう。

 

あなたの中の 愛に出逢いたいと思うなら

ぜひ 瞑想を生活に取り入れてください。宗教や宗派を問いません。

どの宗派であれ、求めるものは内側の気付きです。

あなたの神(真我)とつながるルートをお掃除するのが瞑想です。

瞑想によって 苦悩の感情は出ていき あなたの心が穏やかになります。

 

アトリエ霽月は 瞑想習慣をつけるお手伝いをいたします。

ELM瞑想の効果は素晴らしいです。

 

穏やかな心 は あなたのすぐそばにあります。

ホワイトタラ 顔