日々徒然

運動不足解消

実は、この夏、夏バテていました 😅

暑い最中、ほとんど使い物にならなかった。。。

エアコンは使ってたんですが、ぼんやりだるい日が続きました。

あげくに蕁麻疹が出るようになって、
これは身体がヤバイと思いました。

なにしろ、じっとしているのが得意な質ですから、動くのは必要な時だけ。
といのが災いして、関節がさびついてきた自覚アリアリ。
原因は運動不足だと思います。 アラ還ですしねぇ。。。介護ストレスもなかなか。。。

いやいや、歳だからで済ませたくない。

先週末、同窓会で同年代の高齢化に直面し、😅
旧友がジムに行きだして体調が良くなったという話を聞き、
自分もやってみることにしました。
良いきっかけをもらいました。

友人が行きだしたというのが、少し前から気になってた女性専用のジムで
比較的高齢の女性たちが多いところ、無理のない軽い運動ができるとこ。
しかも 今なら1ヶ月無料キャンペーン中(笑) そういうのに弱い 🤣

体験を申し込んで、良さそうだったのでさっそく始めました。まだ三日目ですが身体を動かすと気持ちいいですね。
なぜ自分一人だとしないんだろう・・・

若いインストラクターさんテンション高めで(笑) 苦笑しつつも盛り上げられる。(インストラクターさん、グッジョブ)
テンポよくいろんなマシンを順繰りに30分、キツくもなく飽きずにやれますねぇ。

久しぶりの運動ですが、30分ちょっと動かしただけでもスッキリしました。これは良さげ。

というわけで動かない生活脱出、頑張ってみます。

それにしても、最近急成長中なだけあるなぁ と感心したこのジムのシステム、効率良すぎ(笑)
これは会員増えるわ と感心しきりでした。

 

旅行に行きましたその2

しばらくお待たせしました。旅行記の続きです。

ホテルから河童橋まで900m 川沿いの散策路を歩きました。静かな林の小径と川のせせらぎに心が洗われます。

小学生の頃に見た河原の風景、なんとなくここじゃないかなと思いながら歩いて
河童橋に到着です。

河童橋周辺は、宿やショップやカフェもあってにぎわっていました。
持ってくるのを忘れた帽子をショップで買って目的地の明神池を目指します。

けっこうな山道、アスレチックロードを4km💦、黙々と歩きます。
やたらキツいと思っていたら、雨のせいで道がぬかるんでいたのでそれを避けながら歩くのでアスレチックみたいになってたんだな と(笑) 後からネットの写真で乾いた路を見て気付く。(笑)

沼地や川を通り抜けて行きます

沢の水が限りなく透明。

水源地 ですね。

普段歩きなれない長距離徒歩、1時間半くらい?
途中で何度もあと何kmか確かめてしまう💦股関節大丈夫か?💦

そして、遂に明神橋見えた~~!!

橋から少し奥に入ると明神神社の鳥居がありました。

明神神社に到着

明神池 ここで祭事が行われるそうです。
澄み渡る空気感が神々しかった

光も降りてきました!

明神岳、青空出てくれました。

帰り道はアスレチックロードは股関節がヤバかったので
車が通れる林道を歩いて戻りました。

途中、サルの群れに遭遇。
彼らは群れからはぐれないようにずっと声をかけ合ってるんですね、
「ホイッ」「ホイッ」と あちこちから声がします。
すごく近い所にもいましたが、目を合わさないようにして通り過ぎました。

この付近はツキノワグマも出没するエリアなので なかなかスリリングなコースでした。

ホテルに着くころにはすっかり足が棒。
次回来る時はウォーキングで足慣らしが必要ですね😅

上高地温泉ホテル泊。宿では露天の温泉に入りました。
夕方、夜、朝 と3回入りました。♨ 👍

上高地の景色は、九州では見ない風景ですので、また機会があれば 行ってみたいです。
行ったことが無い方にもお薦めです。しっかりと歩ける服装と、道が平坦ではないので荷物はリュック型がお薦めです。

ただ、私が行ったのは平日だったのですが、その週末に行った友人によると、土日祝は人がだいぶ多いそうです。
熊の心配はその方がなさそうですが。(笑)
旅行記にお付き合い下さってありがとうございました!


今は父がショートステイから戻り、介護が再開しておりますので毎日は更新できませんが、
旅行記の続きはまた時間の許す時に書きますね。

今年は暑さが長らく続いていますが、瞑想でご体調を整えられ、お健やかにお過ごし下さい🌸

瞑想者のみなさまは オンライン瞑想会でお待ちしております。🍀
伝授後3ヶ月以上経てば 新しいマントラを受けることができます。(さらなる進化へ)

ELM瞑想未経験の方は瞑想体験をお申込みください。

旅行に行きました

 

その昔、私が小学校2年生の夏休みに家族旅行で行った上高地

その時の幻想的な風景が記憶に焼き付いて、これまでも何度か絵に描いたことがあったのですが、

「母さん、あの絵はどこにいったんでしょう?・・・・」(たぶん、実家の引っ越しの際に廃棄処分)

その 上高地に いつかもう一度行ってみたい とずっと思っていました。

今年の春、友人が行った という話を聞いて、ますます行きたくなり、夫が「どこか(旅行に)行きたい所ある?」と聞いてくれた際

「上高地!」と言ったんです。

まさかそんなに早く実現するなんて 本当に嬉しい。😊 ありがとう!

旅程の9/2 は 台風10号が超スローな足取りで日本縦断の最中だったので もう飛行機が飛ばないかもしれない というような状況で

しかも 9/2に台風の中心が長野じゃん、と、 本当に前日まで行けるかどうかも微妙な中

なんと飛行機も飛んで、着いた松本空港は晴れていました。

温帯低気圧に変わった台風10号は近くに居たっぽいのですが、ちゃんと青空をみせてもらいました。

その日1日 上高地は晴れたのです。(台風どこ~?)

澄み渡る青空。

松本空港からレンタカーで沢渡バスターミナルで車を停めて

上高地にはバスで入ります。一般車は乗り入れ禁止です。

川が緑なんだ。。。綺麗です。

途中の渓谷の断崖、切り立っていて土砂崩れは普通に起きるようです

本当にV字の渓谷です、山深いなぁ。

しばらくバスに揺られ、長いトンネルを抜けると、そこは聖地上高地。

来た~、本当に来た!

帝国ホテル前でバスを降りて

林の中を歩く。

てくてく歩くこと10分

穂高~! なるほど、それで 穂高橋。

ホテルの前の風景 それにしても山が高い~でかい~

ホテルに到着。

荷物を預けて散策にでるのである。

 

 次回へ続く。

循環

色々やることは多いけれど、あえて のんびりモードで過ごす今日この頃です。

日本人は頑張りすぎる傾向にあるので 

がんばらなくてもなんとかなる を実践してみたい(笑) (ただの夏バテw)倒れないようにねw

これは頑張らないと取り落とすものがあるとしたら、それはもう落としていい ということかもしれません。

自分のペースで手にできるもので生きる ある意味断捨離的な事なんでしょうね。

命があって生きている というのを基準にした時、細かい条件はさほど問題ではないということに気付きます。

与えられた命と時間を生きる その中では体勢を変えることも必要でしょうね

時間と共に変化します。ゼロから創造⇒成長⇒維持⇒繁栄⇒停滞⇒澱む⇒崩壊⇒ゼロ というサイクル

単純化すると 創造 維持 破壊 が繰り返されてこの世界はリフレッシュしていくのです。

人生は波乗りのようなものです。

いろんな時代をバランスを取りながら乗り切っていきます。

それが人生の醍醐味なのかもしれませんね。

命はいろんな体験をしながら 次世代へと繋がって行きます。

より浄化された次世代へとつなぐ橋渡しになればいいなぁ と思う今日この頃です。

日常の喧騒

今日はスピリチュアルな発信をお休みして すごく日常的な話題でいきます。

スピリチュアル(精神世界)に意識を向けると 穏やかに静かな時が流れますが、現実の物質界ではいろんなことが起きます。

昨日、とても久々に怒りの解放があったり、気分が落ちるようなことがあったので 正直に書いてみたいと思います。

一昨年秋に 認知症が始まった父を福岡に呼び寄せて介護しているのですが、

介護というのは 本当に大変なものですね。

今年に入ってショートステイも利用するようになったのですが、8月は月のほとんどを施設で過ごせることになったので
やっと時間が出来てブログを再開できました。

ショートステイなので時々帰宅するので16日に戻り、各科受診や検査、今後の打ち合わせなどで色々忙しかったです。

円滑に介護体制を整えるためには必要な事ですので動くのですが、

当人の父、認知症が進んでいてなかなか必要な事ができない。

検査用の採尿をするために前夜から準備したにもかかわらず、採尿コップを避けて普通に排せつして受診予定がダメになる。。。受信予約取り直しだけど
今日しか行ける日は無いのよね、無理くり夕方に受診させてもらう了承を取る。

前もっての準備やら当日見張ることやら、待機時間やら、 たった一つの事をさせるのにどれだけの手間と時間のロスが出るか。

必要な時に必要なことができず、、しかしながら 本人は何食わぬ顔で「することがあったら言ってね」と言うのを聞くと、
もう膝から崩れ落ちそうになってしまいます。 orz

労働よりもメンタルにこたえるなぁ。。。 それでも、責めたところでどうなるわけでもなく 気にしないようにしよう と気を取り直すのですが、

翌日(今朝のこと)ずっと治っていた父の尿漏れが再開して、こちらの気持ちがなんだか折れてしまった。
 またあの状況(毎日ダダ漏れ)が来る?という恐怖がよぎる。

再度、ショートステイに送り出した後、洗濯機を回しながら ともすると涙が出てくる。

いやいや、すぐにショートステイに預かってもらって、私は助かっているじゃないの。
何で泣いてんのよ。 じっと待ってただけで大した労働したわけでもないのに。

父が食事を食べたり食べなかったりするのをじーっと待って、終われば片付けて 勝手に怒って で、1日中振り回されたのは昨日だけ。

10分に1度「で、今日はどこ行くの?」と何度も繰り返す同じ質問に 淡々と返事し、
「暇だから仕事したいなぁ~」と言ってくるのをなんとかなだめ、出来もしないことを出来ると自慢げに語るのを聞き流し、
こういう時はどんな返事をしたらいいんだろう?とか思いながら
何も感じないようにしながら時間が過ぎるとなんだか妙な精神状態になってくる。

こういう時は笑いに変えるんだ! という気力も湧かない。心が無言だ。無表情だ。感じると泣くからかな?

今日は たぶん疲れているんでしょうね。あまり欲張るのはやめて 時間はあるけど 何もしない をやってみようと思います。

瞑想、究極の何もしない。。。 つくづく 瞑想してて良かったと思います。

そう、何も起きてはいない。今は静か。

回復したらまた書きますね。

寅に翼の新キャラ

前回の朝ドラの話
もうちょっと書いてみたいと思います。😅

朝ドラのことが書きたくなったのは、

新潟編で登場した闇深キャラ女子高生 サイコパス美佐江ちゃんの登場で一気に緊張感が増しまして、

寅子が凍り付いておりましたねぇ 「うわぁ~、これどういう展開になるんやろ~」と
身を乗り出してしまいました。(ドラマを見ていない方ごめんなさい)

サイコパス美佐江ちゃんは、頭が良すぎて 体験は少ない 

どうして(悪い)人を殺したらいけないんでしょうか? という発言を出しちゃいまして、

思わず その答えは??? ってマジで考えたりして。。。

戦争で大切な家族を何人も失った寅子さんは 絶句ですよね。

人を殺しちゃいけないに決まってるだろ~ なんて叫んじゃいたい人も多いはず。
痛みを体験した人はそれがどんなに痛く、残酷な事なのか と思う訳ですが、
美佐江ちゃんは 痛みよりも正義とか合理性にウェイトが行っちゃうんでしょうね。

でも、考えてみたら
戦争では堂々と殺し合いするんです。人間は。

そこでは 正義 という大義名分で 免罪符持っちゃうんですよ。

何なら良くて何なら良くない という基準は意外といい加減に設定されているような気がする。

ううん、たぶん、最初に誰かの都合が先にあって、正義という理由すらも後付けかもしれない。

敵国の人間は殺してもいいと設定すると その対象は虫けらのように見えるんでしょうか、
婦女子でも欲望に任せて蹂躙したりなんかして。
どうせ殺すんだから何してもいい? そういう兵士たちは裁かれるわけではない。
戦争 という 特殊な環境下ではルールが変わる。

これはどこの国の人間がマトモでどこの国の人間が狂ってる ってことじゃなく、

どこの国の人間もそういうことしてきた歴史があるんですよね、殺し合いも強姦も。

我々日本も 身分制度のある時代では切り捨て御免もあったわけで、、

それなのに 今のルールがこの世界の全てのように思っているのは なんだか奇妙。。

美佐江ちゃんの質問はまんざら愚問でもないのだ。。今の価値観からは外れるけども。
(これは決してそれを容認するものではないのですが、人間のルールの矛盾と言いますか。。。)

法律は正義か? というと 実際そうでもないものもあるし、

徐々には変化していますけども、不平等な法律とか、一部の人間に都合のいい法律とかありますしね。

死刑というのは殺人ではないのか? とか 

答えの出ていない問題も未だにある。

こういう問題を考える時、私がいつも思い出すのは、殺してはいけないのは、人間だけなのか? ということ

人間以外の生き物は? 

人間のマインドって不思議なんです。

ここまでは〇、ここからは× なんて、線引きすると その境界線で罪の意識を完全に分けてしまえる。

貴族は殺したら大罪だけど、奴隷は不問 とか。
家畜は殺していいけど、ペットはダメ とか。
牛や豚は食べていいけど、人間はダメ とか。 
人間を食べたら狂気だけど、 牛や豚やそれ以外の動物は目を輝かせて食べちゃう とか。

もっと突っ込んでみると、食物連鎖というものがあるので、肉食は自然の摂理なのでそれ自体があってはならないこと というわけでもない。

人間は雑食性だし。お肉も食べるようにはできているし。

いちばん気持ち悪いのは、焼き肉屋さんの看板に牛や豚がコックの格好をしていたり、ナイフやフォークを持ってたりするもの。

どうしてそういう図になるわけ? とツッコミたくなる。

彼らにとっては殺戮に他ならないのになぁ。切り刻むなんて猟奇的~

映画の「マトリックス」で食肉用に生産されている人間が、最初は使役で仕事をあてがわれて奴隷状態なんだけど、

ある程度育つとそこを卒業して人肉分解して食用プロテインに加工する工場に送り込まれる、

そういうのは胸糞悪くなるのに、なんで現存する堵殺場はOKなんだろ?って思いますし。

かといってああだこうだ言ってる私はヴィーガンでもなくてお肉も食べます。

私、もしかしたらサイコパスかも~。堵殺場の事知っていてお肉食べれてる。

自分が生き物である以上、罪を犯していないことなど無いと思うのですね。
(だから余計に食べ物を無駄にすることに怒りを感じるのかもしれないのですが。)

動物もテリトリー争いで同族で殺し合いもしますが、人間は話し合いで解決できるのか?というと

未だに殺し合ってますよねぇ。

第三次世界大戦までやっちゃうんでしょうか?

そういう意味では 人間ってけっこうな下等動物じゃないか と。

本当に進化して高度な知能と意識を獲得したら、殺し合いをせずに、人口をコントロールしたり格差を縮めて

分配したりするようになるんでしょうかね。

そういえば、お釈迦様が前世に、自分の身を飢えた虎に捧げた話などもありますが、
それは自殺とは言わないんですかね とか

なんだか奇妙なことがいろいろとあるんですよ。

何がマトモで 何がマトモでないか

正しさとは何か? これはたぶん、未だに解明されていないのかもしれません。

自分が持つ正義というものに 何の疑いも持っていないという方が

実は恐ろしいのかもしれません。

本当は正しさなんてどこにもない。あるのはそれぞれの都合だけ。

他者に怒りを感じる時、それはあなたの都合なんです。

あなたの正義の都合

自分の都合と自分以外の都合を 両方考えられるようになった時、

バランスを取る という解決方法が使えるようになります。

寅に翼

普段はほとんどテレビを見ない習慣なのですが、

今季の朝ドラと大河ドラマにはドハマりしております(笑)

朝ドラは主演伊藤沙莉さんが好き というのもありますが、日本初の女性弁護士のご苦労に目が離せません。
ドラマの話題で書き始めて何ですが、ここからドラマの内容とはちょっと離れます。(ドラマの感想はまた別の機会に)

どう生きるか とか どんな社会になって欲しいか について

私も若い頃からかなり関心のあるテーマでしたが、私自身はそんなに社会的貢献はしておりません。
たぶん、それほどキャパと能力のあるタイプではないのでしょうが、
微力ながら個人的に人様のお役に立てる仕事や生き方が出来れば と思っております。

幸せになりたい という思いは、万人に共通する願いであると思いますが、
もがいている時というのは 本当にどうしていいのかわかりませんし、
何が間違ってこんなことになっているのか? という答えのない問題に押しつぶされそうな感じですね。

そうそう、そんな焦燥感で悶々とした 苦悩のインディゴでしたので A^_^;) ナンノインガカ

その答えが見えてきて以降は 世界は一転して明るくなりました。

親の保護下にいる子供の場合は環境のせいで不幸になりますが、大人になって以降(成人してからは)
幸せか不幸かを決定づけるキーパーソンは 本当に自分自身なのです。外側に起きていることが問題なのではない。
(もし、危険な場所にいるなら逃げることが第一)

私か⁉・・・ 何をどう変えればいいか、どうしたら変われるのか
模索した実体験がありますので、そういうもがいてみつけた体験が役に立てるといいなぁ などと思っております。

苦悩の中にいる人は、そうでない人から見ると 何をやってるんだ、愚かだな とか

そういう性格だから とか 自業自得じゃない なんて見えがち なんですが、

それは内側に在るカルマが原因なので 本人にもどうしようもない感じなのです。

手放せと言われるものがそんなに簡単に手放せるなら 手放させてみろよ なんて泣いたこともありましたが、

本人の心の内の恐怖は 他者には取り除くことができません。

そういうものは、充分な癒しと、そして、

再度対峙して 乗り越えて行く勇気 が なければなりません。
(他者にできるのは勇気づけの声かけくらい)

あなたが恐れていたものは それほどに恐れる必要もないことなのだ。 ということを

しっかりと受け止めて、依存を手放し、

ただ愛になることで更に癒され

この世界に愛が存在することが見え、この世界に愛されていることに気付き始めます。
(内側に灯を灯し、己の愛を見つける作業)

辛かった思いはしっかりと悲しむことで浄化されます。悲しみが大きければ大きいほど時間も必要でしょう。

でも、その傷はあなたの魂を大きく成長させます。傷が癒えた魂は強い。

本当は何も失っていなかった、本当は最初から何も所有などしていなかったのだ

この世界のすべては この人生を体験するための設定

配役と、大道具や小道具 すべてが縁によってつながった体験なのです。

それらは 現れては消えますが、執着する必要は無く、流れと共にあなたのご縁はバージョンアップしていくのです。

傷付くことを恐れて、(感情を味わうことを恐れて)体験を避けていると

成長する機会を逃してしまいますし、あまり楽しくは過ごせません。

自分のご縁に不服を言う方も多いですが、

それらは自分自身が作ったり引き寄せたりしたものです。すべてが縁で繋がっています。

もし、要らないものがあるなら、それは早めに断捨離した方がいいし、

関係性が悪いということは、自分が良い関係性を創って来なかった(相手だけの問題じゃない)ということでもあるので、

今一度 自分の在り方を見直す必要があります。

幸せな人は、幸せになるのが上手な人です。

また、人を幸せにするのが上手な人です。

人は他者によって幸せになるのではなく、

自分が幸せな自分や幸せな関係性を創っていくものなのです。

何にでも否定的な人は喜びが少ないでしょう。

嫌なものを自分に嘘をついて肯定しろ というわけではありません。

物事を多面的に見ることで新しい面を発見します。

この広い世界の中で 自分を幸せにするのは自分です

なぜなのか というお話は 自分の価値観や世界観を壊すことにもなるかもしれませんが、
それが理解できた時は、あなたの中の不幸の幻想が消えます。

とても高いプライドをお持ちの方は苦労します。自分に高い目標設定を要求し、鞭打ち続けるのですから。
あなたは誰かに勝っても負けても そんなことは問題ではありません。
あなたがそうやって今生きていることが最高の命の輝き、素晴らしいことであるからです。

幸せ度の公式

         持っているもの
体感幸せ度 = ————————-
          欲しいもの

 

欲深くなることがあなたを幸せにしない ということがよくわかる公式です。
無いものねだりも 続ける限り、あなたは自分を幸せにしません。

そして、皮肉なことに 在ってありがたいものの価値は 無くして困ってからでないとなかなかわからないものです。

いろんなものがあって ありがたい でも持ちすぎは負担ですし、自分に丁度いい量を持つことが良いバランスです。

欲しいもの探しはぜひ楽しんでやってください。そうすれは波動の高いものが集まります💗

暑中お見舞い申し上げます

久しぶりの投稿です。暑い時期なので父はショートステイで快適な環境で過ごしてもらっています。今月はほぼそちらに。
我々も介護の手がはなれて、一息つけました。穏やかな日々です。

今年も随分猛暑ですね。各地で体温越えの気温だそうで、福岡では今日も久留米が38℃の予報が出ていました。

こんな日は無理に出かけず エアコンの効いた部屋でゆっくりしたいものです。

暑さをしっかりと感じて汗を流すのもいいですが、その後、シャワーで汗を流して

さっぱり気持ちよく涼むのも気持ちの良いものです。

身体がきつい時は無理をせず身体の声を大事にして労わりましょう。

私は暑い日はできるだけ水と仲良しします。

上の写真は熊本の鍋山の滝。とても美しい滝です。この滝の下に遊歩道があるんですよ。
すごく涼しいです。山や緑は熱を吸収してくれるので涼しいですね。

夏休みというと、子供の頃は毎日市民プールに行って真っ黒に日焼けしていましたが(笑)
今は直射日光は避けて過ごしております。

日向は苦手なので外ではもちろん日陰を選んで歩きますが、
家に戻ると、できるだけシャワーを使ったり、時間があればぬる湯のお風呂や水風呂に入ることも。
これは肌が敏感肌であせもになりやすいせいもありますけど、なにしろ気持ちの良い事は大好きです。

それと、涼む方法は、

エアコンを使わない時は衣類をわざと湿らせて涼しくしたり(これは倹約家の母がいつも使っていた方法w)

髪を洗って乾かさずにお団子に結んだりして涼しくしていたりしますw

外出時は帽子の中に濡れたハンカチや保冷剤を入れるとか。。w

気化熱による放熱😄❤

そういえば、我が家のニャンコたちは、板の間の床に寝そべったり、涼しそうな場所をみつけてはお昼寝しておりますが、

彼らも夏場は寝る時間が長いですね。

でも、なぜか一番温度が低いエアコンの風が当たる場所には絶対寝ません。

何が身体によくて何が身体に良くないか すごくよく分かっているようです。

いつも、自分が何を感じて、何が心地よいかを極めると、

究極のあるがまま が実現します。

この場合は、無駄に心配して動かないこともせず、

身体のもとめるままに存在して良い ということが大前提になりますね。

そうすると、神様はその命を守ってやりたくなるのだろうなぁと 思いつつニャンコを眺めて癒されるのでした。

何かするのもしないのも 全部自分で決めることができます。

条件付けをしすぎますと 行動が制限されて行きますが、在るように在る で良いじゃありませんか。

あるがままの存在は神様に愛されます。

どうぞあるがままにお過ごしください。

あなたはそのままで美しい。

命の輝きは光なのです。

好きなように涼みましょう。

今日もお水と仲良し💙

眠たい時はひとまず寝ましょう。5分でもOK。

5分の瞑想でもいいですよ。血流が良くなると身体も活性化します。

 

でも、、もし気持が澱んだら いつでもご連絡くださいね。

アトリエ霽月のカウンセリング、
オンライン(zoomやLINE)や お電話でも対応いたします。

1時間5千円(以降15分毎に千円)でございます。気分転換にご利用ください。

戸村寿子仏画展 御礼

2024年 うきは市吉井町 矢野家蔵ギャラリーでの戸村寿子仏画展 無事終了いたしました。

福岡から距離のある場所にもかかわらず、多くの皆様に足をお運び頂き、
心より御礼申し上げます。

今回の個展、ギャラリーオーナーの矢野幸次郎様には本当にお世話になりました。
感謝は言葉に変えられないほどです。心より御礼申し上げます。
仏画教室の生徒さん方にも多大なご厚意とサポートを頂きました。
感謝感激です。心より御礼申し上げます。

家族や関係者、そして新しく出会う方々、これほどにも多くの温かいご縁に
感動に堪えません。なんて幸せでなんてキラキラしているんだろう。
そう感慨深く思っておりますと 上の方々(神仏)もニコニコと喜んでおられるように感じるのです。
それが✨キラキラ✨

準備期間や開催中は、こちらのブログはかなりお留守にしてしまいました。
またぼちぼちと再開できればと思っております。
日々のこまごましたことなどは、インスタやFacebookであげておりますので
ご興味のある方はそちらもご訪問下さると幸いです。

Facebook戸村寿子のページご訪問くださった方々の投稿も見られます

Instagramアトリエ霽月仏画個展中の様子など投稿しています

Instagramアトリエ霽月普段のアトリエの様子や戸村寿子の趣味的な投稿が多いです

 

それにしても、って、ここから本音トーク
個展の時の舞台裏って、ほんとに・・・
しっちゃかめっちゃか なんです(笑)
搬入前はマジで平均睡眠時間が2~3時間だった なんで大丈夫なんだろう?と思うくらい
(色々と抜けはじめるので そんなに大丈夫ではないのでしょうが(;^_^A)
こうなる前にやっとけよ~ っていつも思うのですが毎回ドタ走りです。
しかしながら、時間がなければやりたいことを順番に割愛していくだけなので、
どれだけ事前準備しても忙しいのは変わらないのでしょうねぇ。。(笑)
要は、あれもこれも と、欲張りなんですね。エゴですねぇ。(笑)

で、終了後は ほぼ 放心状態です(笑)

SNSでの個展の投稿が、意外と出来ていなかったことに 今 気付き、
「しまった!」と思っている次第で。。

戻ってきた作品や荷物の整理や、お買い上げ作品のお届けや、お礼状のことなど
まだまだ残務はあるものの、ちょっと低空飛行でゆるゆる片づけたいと思っております。

いやいや、早く次の作品、というか、やりかけで出品を諦めた作品とか、
頼まれたものをお待ちいただいているものとか、ゆっくりしている暇などないのだぞ!という マインドの声
ではありますが、一呼吸して ペースダウンでいきます
たぶん、元気が回復すれば勝手に走ってるから。

ショートステイから戻った父も環境の変化に混乱しているようですが、
なだめながらぼちぼち日常に戻っております。

物事を計画的に完璧に遂行できないのは 能力と年齢のせいかもしれませんが、
完璧でないことがなんだ できるようにでいいじゃないか という方針で
ゆるっとやってまいります。
集中力が限られてくる年代、できるようにやりましょう。
お若い方々も 無理することは無いと思います。
完璧なんてすべて自己満足なのですから。上司の指示も上司の自己満足ですから。
自己満足するもよし、自己満足無視するもよし。

幸せと思えないように生きることはないのですから。
みなさまもその時々にできることを楽しんでくださいませ

生きたいように生きればよいのです

ああ、神様仏さま ありがとうございます✨
私を通じで楽しんで下されば何よりです。

揺さぶり

今年は波乱の幕開けでしたね。

元旦の地震のニュースは日本中にも激震をもたらしました。

被災された方々へ 心よりお見舞い申し上げます。

なかなか災害救援などが届きにくい地理でのことだそうで

この寒い時期の被災、どれだけご苦労の多い事かとお察しいたします。

一刻も早い救援や安全な生活の再開を願っております。

このような大きな揺さぶりや犠牲は 災害地域以外に住む人間にも揺さぶりをかけます。

これらは決して他人ごとではありません。

いつどこで誰が被災するか などわからないからです。

これはそれを恐れたり 不安になったり 苦しんだりしろ ということではありません。

それだけ私たちの平和など 永遠ではない という自覚が必要だということです。

今在る幸せは永遠に約束されたものではない 儚いものなのです。

私たち人間の命は 限られた儚いものです。

その人としての命をどう生きるか 問われているのです。

何事かを成し遂げろ という意味ではありません。

命を大切に生きているか? と問われているのです。

私達の意識が この身体に居る時は、ありとあらゆる制限があります。
身体から抜けてしまうとそうではありませんが、

身体にいるうちはいろんな制限があり、出来ることには限界があります。

でも、だからといって、つまらない生き方を我慢しろ というわけでもない。

あなたにできる最大限の喜べる生き方をしていい 

身体はともかく、物質的に自由になるものが少ない と 嘆いている方は

自分自身の可能性にまだ気付いておられません。

物質に依存してぬくぬくと生きている間は自分の可能性に気付けないことも多いのかもしれません。

だから、いろんな予想外の体験を経て、本当に大事なものは何かに気付き、

自分の真の可能性に目を向けだすのです。

人生がひっくり返るような衝撃的な出来事を経て、多くの魂たちが目覚め始めます。

その魂たちは 新しい世界を創り出して行くでしょう。

多くの人が助け合える可能性を使い始め、人が支え合う強さを認識するのです。

この文化は日本はとても発達しています。

先の東北の震災でも、熊本の震災でも 大雨の被害でも人々は助け合って再スタートをしました。

愚かな方法は捨て、愛あるコミュニティーを作っていくのです。

些細なことにこだわることを手放し、

本当に大事なものを見据えていくのです。

次世代の若者にエールを送りたいです。

新しい世界を作るのは優しさを知っているあなた方です。

どんなサポートができるのだろうか?と考えたりしていました。

私は未来の若者の生命力と感性を信じています。

あなた方は大丈夫だ 自分を信じろ とお伝えしたいです。

逞しく 優しく。

古い観念を打ち破り、自由で 愛に溢れた 世界を作ってください。

大人は全力でサポートを。

愛に気付くだけで拡がります。

人間はまんざらでもないのです。