スタッフブログ

アトリエ霽月の場所

お客様にお聞きしてびっくりしたのですが、

Googleマップで アトリエ霽月の入口が違う場所の写真になっています。weep

 

アトリエ霽月は、城南線沿いにあります。

アトリエ霽月向かいからの写真

4階建ての建物の左側の方です。

 

七隈線桜坂駅からだと 薬院方面に徒歩4分

西松屋を通り過ぎて次の信号の手前

 

薬院や博多方面からバスに乗ってくると

雙葉学園入口で降りて

201751510166.jpg

前方右手に見えています

目の前にある信号を対角に渡ってください

 

東ビル

4階建ての東ビル

 

東ビル玄関

ビル右側に階段のある玄関を上がります

すみません、エレベーターがありません。

 

看板1

教室日に イーゼルで看板出します

 

グーグルに乗ってるストリートビューの白っぽい玄関の写真は裏の民家です。coldsweats02

なぜ? bearing

どうやって修正したらいいんだろう。crying

 

城南線(大きい通り)沿いにあります

どうぞお間違えのないように。

ほんと ごめんなさい。

 

 

 

 

目に映るもの

いろんな人がいて、いろんな状況があって、
いろんな感情があって、
 
人間は一喜一憂しつつ
毎日生きてますね。
 
よくお悩み相談事が持ち込まれます。
 
具体的な対策は あれこれ 考えるのは好きですが、
 
アプローチの余地がないもの
 
どうしようもありません。
 
愚痴なんかは ストレスの発散なので、ある程度、かなり?は聴きます。(笑)
 
いや、聞き流します が正解w
 
なぜ聞き流すかと言うと、
 
負のエネルギーの発散を拾う必要が無いからです。
 
起きることが起きて、 波が起こり、
 
ザワザワザワ~ っと騒ぎになり、
 
潮は引いて行くのです。
 
 
発散を解決する必要はありません。
 
そのうち、考える必要がないことに気づきます。
 
発散だけでいいのです。
 
 
発散のエネルギーを何に使いましょうか?
 
お掃除、 お料理、 仕事、 趣味、 運動、 ゲーム
 
なんでもいいけど、どれが一番効率がいいだろう?
 
あ、溢れかえって収拾がつかない量のエネルギーは、暴れます。叫びます。
クッションを投げます。
紙を破ります。 段ボールを蹴飛ばします。
 
落ち着いたら 散らかしたものを片付けましょう。
 
無駄な行動ではありません。 効率のよい発散です。
 
 
気を付けることは、
 
人をビビらさないこと。
 
 
知ってますか?
 
瞑想はストレスの発散なんです。
 
気分爽快!
 
日常への瞑想の活用 ぜひお薦めします。

仏画教室

フルフィルメント瞑想と仏画の教室 アトリエ霽月
 
 
季節が変わり 暑いと感じる日が増えて参りました。
 
アトリエ霽月は4階建てのビルの最上階で、夏場はなかなかの日射です(^_^;
 
今年の夏はどうかな~ w
 
冷暖房完備なのでだいじょうぶですよ~wink
 
 
 
月曜日は仏画教室 福岡仏画の会 の日でした。
 
中央市民センターで月に2回開いています。
主に月曜日の午後です
福岡市立中央市民センター実習室にて。
 
それと、第3土曜日の午後は
アトリエ霽月の制作室にて13時半より
 
飛び入り参加も可能です。道具を貸出ししますので
参加ご希望の方はご連絡ください。
 
詳しくはこちら
 
 
 
 
生徒さんの仕上がった仏画をお預かりして額装に装丁して、
さっそく撮影いたしました。
 
もう7年のベテランさんの作品で、腕前はかなりの実力です。
 
最初にいらした時は、
絵を描くことは始めてだとおっしゃっておられたのに、
こんなに上達するなんて、、
 
教師冥利に尽きます。
 
ご覧ください。
 
 
 
宇宙の根本原理を象徴した仏の王 大日如来
曼荼羅の中心にいらっしゃいます。
 
 
 
 
文殊菩薩  釈迦のお弟子智恵第一の菩薩さま どんな問題についても、てきかくなご説明がなされるようです。
 
これは、騎獅子渡海文殊 のお姿ですね。
大海原を渡ります

天使の魂

最近 ずっと注目しているブログがあります。

闘病中の小林麻央さんのブログです

 

本日の投稿を受け  麻央さんの闘病中の 思いや描写に

 

慈愛を見て 感動しています。

 

 

http://ameblo.jp/maokobayashi0721/entry-12270432767.html?frm_src=favoritemail

 

 

この方は 人生の試練において、余計なものを手放し 生きているうちに 輝く光の魂になられた方の一人だと感じています。

 

試練において 持っているものを奪われて行く時、

 

自我を握りしめていると 

 

苦悩や嘆き 絶望 などになりますが、

それらのものを手放そうと決意した魂は

 

摩擦のエネルギーを失い 洗練された光となるように思います。

 

自我が薄くなり ただ 愛と慈しみになるのです。

 

そういう時、 世界が祝福します。

 

 

仏教に  阿弥陀二十五菩薩来迎図 という仏画があります。

 

 

阿弥陀二十五菩薩来迎図 に対する画像結果

 

 

南無 = 帰依する = お任せする

 

南無阿弥陀仏 = 煩悩の自我を手放し、阿弥陀様にお任せいたします

 

 

阿弥陀さまに心を添わせ 一心に南無阿弥陀仏と念仏を唱えた者は、

この世にいかなる罪があろうとも 臨終の際に阿弥陀様が

極楽浄土からお迎えに来てくださって、次は苦しみのない極楽浄土の世界に生まれ変わることができる

という浄土真宗の教えです

 

阿弥陀如来が 25人のお供の菩薩を連れて極楽浄土から その魂を迎えに来るのです。

 

阿弥陀様は黄金色の光を放ち その光で世界を満たし、

陰になる場所がないほどの明るさ です。

 

阿弥陀さまの前に観音菩薩さまが 蓮台をお持ちになって、

 

この世での試練を終えた尊い魂を、その蓮台の上に載せて

見守る 勢至菩薩 や 阿弥陀如来、23菩薩と共に 極楽浄土に向かうのです

 

この場面のイメージは アニメーション映画のかぐや姫の月からのお迎えで表現されていましたね。

 

菩薩の楽団とともに にぎにぎしく 帰路の旅路に出発します。

 

 

六道輪廻を離れ、もう二度と思い悩み苦しむことのないように

明るく美しい世界にいることができる

 

 

それを体現された方 というのは このような方なのかもしれません。

 

人としての苦痛や苦悩は 肉体があるうちはまだあるかもしれませんが、

 

その魂はすでに救われている と言えるのでしょう。

 

 

もう 光にしかならないことは明白だと感じています。

 

美しい光を見せて下さって ありがとうございます。

 

生きているうちに そのようにありたいと 改めて思う昨今でございます。

 

お知らせ 

EFT療法体験会

 

5月11日に EFT療法体験会がアトリエ霽月で開かれます。

 

EFT療法についてのご説明と 体験セッションが 格安の2000円で受けることができます。

 

なかなかこのような機会は少ないですので、ぜひご参加されてください。

 

体験セッションは 通常のセッションと同じ様式で個別で行われます。

 

身体の悩みや心の悩み 改善したいことなどお持ちの方はぜひこの機会にご参加ください

 

5月11日(木)13~15時  アトリエ霽月にて 参加費2000円

 

お申し込みはお問合せフォームより承ります。

 

http://www.atelierseigetsu.com/contact/forms/index/1

風景

フルフィルメント瞑想と仏画の教室 アトリエ霽月(せいげつ)   野津寿子です
 
 
 
 
 
運動不足解消のために 久しぶりのウォーキング
 
ここアトリエ霽月からも見えている南公園に歩きに行きました。
 
アトリエ霽月から城南線を渡り、雙葉学園の手前から南公園の入り口に向かいます。
 
 
まずは金比羅さん
 
 
 
 
ここ、先日 アトリエ霽月に来られた スペインのヒーラー、ハビエルさんが とても気に入られてました。
 
小さい神社です。   お詣りに立ち寄り、
 
 
また ハビエルさんみたいな素敵なヒーラーさんが 来てくださいますように お願いしてみる。
 
 
 
そして、もう少し登っていくと、   南公園の一番高い場所で休憩
 
 
 
 
空が真っ青でした。
 
 
 
 
 
 
 
この辺りは、本当に山なのです。   福岡市 中央区の山    空気も山、森林浴です。
 
鳥の楽園みたいな場所。
 
 
 
 
それから南公園を抜けて
 
 
 
 
 
 
展望台へ
 
福岡市 一望です。  素晴らしい眺め。   しばし 福岡の眺めを楽しんで
 
また南公園を抜け
 
 
 
 
 
 
 
ほんの一時間半のハイキングでした。
 
アトリエのある場所、 とても気に入っています。

この世の地獄 この世の天国

フルフィルメント瞑想と仏画の教室  アトリエ霽月(せいげつ) 野津寿子です
 

 
タイトルをつけて、 地獄絵図の画像がないか探してみたら
 
ありましたけど、 
 
見るに耐えないので  貼るのはやめです。
 
 
 
やばい地獄絵図 (;-ω-)   ム~リ~ (苦笑)
 
 
 
では本題に、、(^_^;
 
 
時折 世界のあちこちで起きる 地獄絵図
 
なにやら、雲行きの怪しい不穏な空気
 
人類はどこに向かおうとしているのでしょうか。
 
理解に苦しみます。
 
どうして人々が 邪悪な指導者についていくのか。
 
 
どうして人々が修羅の道を行こうとするのか
 
 
そこに、富があるとでも思っているのでしょうか?
 
崖っぷちに向かい
 
その先に 何を見ているのでしょう?
 
単に命乞いしているだけなのでしょうか。
 
 
今 生き延びて未来を殺す。
 
滅亡に走るカルマは要らないと思います。
 
今、私が選択したいのは、 何物にもとらわれない心
 
時折 思うのです。
 
どうして、こんな試練があるのだろう・・・
 
黙々と?乗り越えてきたじゃないか。 いつ終わるの?
 
それは、 乗り越えるだけでいいんだよ。
 
それ以上は 神様は答えない
 
結果は私たち(神様)が作るから
 
心配しないで、
 
恐れないで。
 
今を温かくすること。
 
自分自身を 愛で満たすこと。
 
南無阿弥陀仏と 祈ること
 
与えられた光に 感謝すること。
 
世界はあなたを ずっと見ているの。
 
流れと一体になること。
 
そして 瞑想するのです。
 
平和が好き。 誰とも戦いたくない。
 
阿修羅の切ない表情は 
 
仏に出逢い
 
戦いをやめて、
 
胸に痛む彼の記憶。
 
 
 
平和と調和、共存を。

お不動さん

 
 
お不動さん こと 不動明王は 大日如来の化身です。
 
優しく教え諭すだけでは言うことを聞かない 頑固だったり、ひねくれたりしている心を
 
怖いお顔で睨み付け、更正させるのです。
 
ついつい 怠惰な心  わかっちゃいるけど直らない癖
 
あれだけ言われてもやるずるっこいこと? 抑えようにもない煩悩、むさぼり、傲慢
 
自我の愚かさを実感した者が祈りたくなる
 
 
 
どうか、過ちを犯しませんように お導きください。
 
この世に散らばっている邪気から お守りください と。

鏡の法則

フルフィルメント瞑想と仏画のサロン アトリエ霽月(せいげつ)  野津寿子です
 
 
いろんな人々の声を聞いていると
 
結構なストレス量を抱えているんだなぁ と思います。
 
まあ、ストレスだから発散したくて言葉にするのですが。
 
人が体験した不快感や不満を
内側に溜めておくとよろしくないので
 
無意識にも外に出したくなるものです。
 
 
以前、私が趣味の温泉巡りで
とある共同浴場に立ち寄った時、
 
小さい共同浴場には
年配のご婦人が二人
お二人はお友だちのようで
世間話などなさっていたようなのですが、
 
そのうち、お一人が
「私 ??さん、ほんとに嫌だわ
あの人、居らん人のことを悪くいうんよ
ほんと、好かん。何で居らん人のことを悪く言うんやろか。文句があるなら本人に言えばいいのに…」
それを皮切りに ??さんのしでかしたらしい悪行の数々から 服の趣味まで あれこれ、
 
うーむ。
狭い共同浴場で聞こえてくるお話が10分ほど続きまして どうも居心地が悪く早々に退散
 
 
出てきてから 合流した友人に、
先程の話をする私
「さっきね、おばさんたちが居らん人のことを悪く言う人の悪口を言いよった」
 
ここまで言って プッと吹く( ´,_ゝ`)
「おまえもか」
クリックすると新しいウィンドウで開きます
 
 
 
 
ある意味、本人の心身の健康のためにはそれが必要だったりします。(笑)
 
TPOを選ぼう。
 
妹君がこう言いました
 
 
「私は姉ちゃんにしか言わんけどね」
 
それは賢い。(笑)
 
 
 
カルマ(ストレス)のエネルギーは 
人に向けると回っていきます
 
回さない方法は、
別のエネルギーに変換して使う事です。
 
カルマのエネルギーで お掃除をしよう!
 
ん~、
私はついつい 
お料理に走ってしまいます。
クリエーター体質なんで(笑)
作る方。
 
ま、どっちでもいいか。

仏画

もうすぐ出来上がる掛軸です。
 
左側の炎を背負っておられる方が不動明王、
右側の黄色い方が定光仏です。
 
この定光仏は、お姿がシンプルで
描きやすいため、写仏ワークショップで
最初に描いて頂く仏さまです
 
今日は定光仏のお話をします
 
定光仏、またの名を燃燈仏(ねんとうぶつ)と言います。
 
光を灯している仏さまですね。
 
この定光仏は、
お釈迦さまが 前世で 儒童梵士(じゅどうぼんし)というお名前で呼ばれ、修行されていた時、
この定光仏に出会い
「未来において、悟りを開き釈迦仏となるであろう」と予言されました。(これを授記という)
 
燃燈の原名はディーパンカラ(Dipankara)で、定光仏、錠光仏などとも漢訳されます。
灯火を輝かす者という意味です。
 
お釈迦様の前世の時代におられた仏さまですね。
 
心に灯火をともす。 仏性のことですね。
人々の仏性を目覚めさせた仏なのでしょうね。