2020年05月28日

感情というお天気

前日の話題の続き、自立と自信  

これは最初からあるものではありません。
小さな子供の頃、まだ自我が芽生えるまでは 怖れを持っていません。
警戒しないといけないものとそうでないものの区別もつかないので、怪我をすることもあるでしょう。

当の本人はそんな記憶も残っていないことも多く、苦労するのは親の方です。

親は子供を護りたいという本能がありますので必死で子供を保護しますね。

これは自然な親子の愛情ですが、行き過ぎてくるとちょっと質が変わってきます。

親たちは心配したり、フォローが大変なので、子供の行動を制限しようとし始めます。

子供が痛い思いをしないように と 思っていますが、キツく制限をかけて子供と摩擦を起こすことも。。。(反抗期は子供にとって自然な成長です)

実際は、自分がオロオロ あるいは イライラしたくないため という理由でコントロールしようとしてしまいます。

子供がオイタしないように、脅かしたり怖がらせて 行動を制限してコントロールを図ったりします。

これはあまりよろしくない方法です。

子供の無意識の怖れを助長してしまうのです。その後の人生を長く縛ってしまう恐れになってしまうことも多々。

小さいな子供は、大人のような反応ではないので、

その場では、手や足を引っ込めて良い子になったように見えますが、

実際は 心に大きな怖れを刻んでしまっていることも多いのです。

ですから、大人の都合でコントロールするのに 脅かすのはやめましょう。

本当にしてはいけないこと(命に関わること)以外は、制限しなくていいように、

環境の方を整えます。

子供が自由に暴れまわって大丈夫なところで子育てしてください。

特に幼児期、大切です。

怪我をするものを子供の手の届かないところに置く

壊されると困るものは触れないように仕舞う など。

子供がいけないことをする のではなく、

子供を制限しないといけない所に置くことが問題です。

制限は必要最小限に限ります。体験ができないことは とても残念なのです。

失敗して泣くのは 当人じゃないか!? と思われるとおもいます。

そうです。泣かせてください。

子供が泣くことを止めないで ください。

子供は泣くのが仕事です。あやすこともいいです。慰めることも。

一番いいのは泣き止むまでただ寄り添うことです。

わがままで泣いていたら 放っておいて大丈夫です。

思いっきり泣いて感情表現ができて育つと、分別(ふんべつ)のある人に育ちます。

充分泣けなかった人はちょっと気の毒です。

心の奥底に悲しみの残りがそのまま残ってしまいます。

 

上手に育ててもらえなかった という 大人の皆さん、

頭を抱えることはありません。

これは 大人になってからでも残りを出してしまうことは出来るのです。

瞑想(特にELM瞑想はパワフル)で、これらの感情は昇華されていきます。

さらに手放すには

子供も大人も カッコ悪いとか言わないで 泣きたい時は泣きましょう。

思いっきり泣いて 泣き疲れるまで泣いてしまえば、心は空(くう)になっていけるのです。

しっかり泣いてしまえば、

泣くことに気が済んだな という感じになって 凛とした気持ちが立ちます。

そして世界がクリアに見えてくるのです。

怒りは悲しみと同列にあります。無抵抗なら悲しみ、抵抗するパワーを持っていれば怒り となります。

それらのどちらも 自分が感情と向き合い、しっかり味わうと、抜けていくものです。(他者へはぶつけません)ただ、それがある ということを認めてしまえばいいのです。

 

あるがまま 自然体で生きることは

あなたの心を真っ直ぐにする ということです。

 

たとえ、自分の中に曲がった心を見つけても、自分を責める必要はありません。

それはこれまでにやり残してきた心の圧迫が作り出した歪みです

それがある ということを受け止め、自分の苦しさを受け止め

苦しい自分を労わりましょう。(いままでよくこの感情と一緒に頑張ってきたね、おつかれさま)

耐えられない感情の嵐も 過ぎ去れば静けさが戻ります。

止まない嵐はありません。

お天気は日々変わります。

 

自然体でいてください。

 

誰かが機嫌が悪いのは 誰かのせいではありません。

お天気は変わるものです。

天使の梯子