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スタッフブログ

子供

子供 って 天からの授かり物ですね。

預った親は責任感と愛情で胸がいっぱいです

私自身は 普通のお母さんとはちょっと違っていて

アーティストなんてものになろうとしていたので

子供を欲しがることを自分にさせていなかった ということもあり

子供を産むのは 自分の望み というわけではなかったので

長女を妊娠出産した時は なんだか不思議な気分でした。

それに、自分が子供の頃から、母が「子育てなんてしんどいことだらけ」

「子供がいるから自分は自由にできない」なんてことを言うものですから

子供を持つことはそれほど憧れにはならなかったんです。

で、子供を産んでみたら 確かに大変ではあるのですが

もうメチャメチャ可愛くて仕方ない に変わりました。

「な~んだ、可愛い方が勝ってるじゃん!」て思いました。

2歳違いで二人目が生まれて、まだまだ赤ちゃん2人みたいな育児が始まると

ちょっと大変になってきて 余裕が無くなってきました。

良い嫁をしようとしたり、良い妻をしようとしていたこともあって

けっこう一杯一杯になって ついに限界が来てしまった時、

子供に感情をぶつけそうになったり、ちょっとしたことでイライラしたり

子供を叩きそうになったり

そういう自分が子供を育てたらダメだ と思ったことがありました。

 

元々、ストレスが大きくなると鬱になりやすいこともあって

バイトをする ということにして 子供を保育園に預けて

仕事とカウンセリングに行く時間を作りました。 

 

当時の写真(私以外に撮る人がいなかったのでほとんど自分の写真はありませんが、親戚の中で映っている写真)を見ると、とても険しい表情をしているので

見るとドキっとします。

 

出来ることならそこに行ってその私を抱きしめたい!

そんなに無理しなくていいんだよ~

 

ストレス症状が出だすと ちょっとまともではなくなるので

自分自身も困っていました。

こんな私が子育てしたら、自分と同じ悩みを抱える人(メンヘル)に育ってしまう

それは絶対避けたいことでした。

 

落ち込むのは一人でいる時間だけにするよう頑張りました。

子供の前では元気に振舞います。

でも、苦しさはこぼれ落ちてしまいますね。

長女がちょっとだけそういうところがあって

繊細で傷つきやすいけど強がってるところがあります。

 

子供にどう生きて欲しいかは

教育することじゃなくて

親がどんなふうに生きるかが見本になります。

 

子供が成人するころ、やっとどうすればよかったのかわかるんですが(苦笑

 

どの親も若くて未熟ですから 本当はもっと年配の人やいろんな人が子育てに関わった方がいいんですね。

安心できるママさんサークルやゆとりのある保育所が日本に増えるといいな と思っています。

 

私の子供たちを育ててくれた保母さんたちは 愛情深い素晴らしい先生が何人もいました。

それで私の娘は 素敵な大人に育ってくれました。

私だけではこんな素敵に育てられなかったと思います。

保育園や幼稚園や小学校や中学校、

円満な人格の先生 愛情深い先生方が携わってくださって

先生方が気持ちに余裕を持てる勤務体制をとれる教育のシステムへと

政府は整えて欲しいのです。

 

未来を担う子供に鞭打ってはいけません。

豊かさとは 心の豊かさに他なりません。

全体に守られ、全体に貢献できる人を育てる社会

人間を大事にする社会が求められています。

 

一人一人が本当の豊かさに目覚める時代が来ると思います。

子供が幸せな世界は 豊かな世界となります。

笑顔が世界を救います

あなたの笑顔から始まります。

子どもの笑顔

子供

先日、思春期のお子さんをお持ちのお母さんが 子供が言うことを聞かないので困ってしまう と言っておられたので ちょっとそれに関するお話をしてみたいと思います。

 

40年以上 昔になりますが

中学生になったばかりの私はなぜか朝は機嫌が悪く、

毎朝 母に口答えをして怒りながらドアを荒々しくバタン!と閉めて学校に出かける という日が続いていました。

バタン!と力任せにドアを閉めて

家を後にする時は もう機嫌が直っています。

ドアのバタン!で 怒りがスッと抜けるのを感じていました。

( ´ー`)フゥー...

機嫌が直って、歩きながら

どうして自分は毎朝母に憎まれ口を言うのだろう?と思っていました。

何を言われたのかもう記憶にはありません。

母に問題があってもなくても 私は母に当たっていました。

なにしろ毎朝の儀式でしたから。

私の母は 娘のことは 無頓着な人だったので

あまりうるさくあれこれ言われることはありませんでした。

むしろ、本当に無関心だったんじゃないか と思うほど

干渉はなかったのですが

私は母に当たって 何かスッキリするのが気持ちよかったのでした。

母に甘えていたので当たれたのでしょうね。

そんなことをしても母は私を見捨てることが無い という信頼もあっただろうと思います。

自分が学校でいじめられたり、抱えているストレスの発散をそんなところでしていたのだと思います。

世の中のお母様たち、本当にご苦労様です。

そしてありがとうございます。

 

思春期当時の私は それはもうかなりの跳ねっ返り娘で

しかも 妙に小賢しい子供でしたので

何にも出来ないくせに大人への批判は全開で

自分がしようとすることに口出しされることは大嫌いでした。

何でも自分で決めたい(無意識に)そう思ってたと思います

一々指図なんてされようものなら、わざとその逆をするほどの反抗期でございまして、

なぜ、そんなことになっていたのか というと、ただいろんな変化や自分に対する感覚がつかめないイライラを持っていたんですね。

思春期とはそういう時期なのだと思います。

 

もし、あなたの子供が扱いにくかったら、それはそのお子さんはとても健全で素直で元気がいい ということですし

もし、あなたのお子さんが 何の問題も起こさず、素直で聞き分けのいいお子さんだったら

それはそのお子さんがとても優しい心の持ち主で自分よりも他者に心を配る人物だ ということです。

 

これは個性の問題なので教育でも変わりませんしどちらがいい という話ではないんです。

 

後者のお子さんはとても育てやすいのですが、

子供らしさを発揮する機会が少なくなってしまうため

大人になってから 抑圧されたものを持て余すことがあります。

生きることにちょっと苦労してしまう人も少なくありません。

 

ですから 子供の頃 問題がある事をお母さんは悩まないでください。

どうにかして子供の頃から大人のようにふるまうことを強いないであげてくださいね。

 

人は皆 周りとの摩擦に直面しながら 成長して行きます。

まわりの大人の方が 摩擦を起こさない態度を子供に強制してしまいますと

子供は自然な成長ができなくなってしまいます。

感情の発散は 思い切りしてしまうのがいいんです。

泣いていたら 大泣きさせて泣き止むまでそのままにしておいてください。

泣き止んだ時には一つ大人になっていますから。

 

この世界との摩擦を自分で感じさせてください。

その時、お母さんがわざわざ摩擦になる必要はないんです。

でも、お母さんと子供がぶつかり合ってしまう時は

自分がどう生きたいのか を しっかり見つめてください。

そして子供を自分の従属物 ではなく

一人の個性ある大人として

その意思を本人に見つめさせてください。

自分の生き方は自分にしか決められません。

 

あなたはどんな生き方をしたいのか?

 

本人に自分自身の気持ちを見つめさせてください。

幸せになりたくない人間はいませんが、間違って幸せにならないものを選んでしまうことがあります。

でもそれは 他者が選ぶのではなく、自分で失敗を体験して

この世界を知っていくことが必要です。

 

失敗することを恐れない

問題を乗り越えて克服できる強さと賢さを

育ててください。

 

子供たちは 純粋な眼で

大人の変な習慣に疑問を持っています。

新しい世界は より改善されるでしょう

自分で感じて

自分で考えて

自分で選ぶ

そして 乗り越える勇気

これらは 自由な魂でないとできないのです。

 

子供たちの生命力とエネルギーと知恵を信頼してください。

少なくとも 大人より脳は柔らかく、多くの事を記憶できるんです。

知らないことを馬鹿にしないで

多くの体験ができるようサポートしてあげてください。

 

お母さんが分からない時、答えを出す必要はありません。

あなたならきっと 一番いい答えを見つけることができる と

信じてあげられることが

最大の勇気となるのです。

 

10歳を越えたら

自分の事は自分でできるように

出来るだけ多くの事を自分でさせてください。

お母さんがいなくても困らない というくらいだと上出来です(笑)

色んなことを一緒にやってみましょう。

仕方なしに でも構いません。

やらなきゃいけない状況になればできるようになります。

お母さんの子離れも大事ですね!

 

瞑想会とチャリティイベントライブペインティング

12月8日 (日)

マインドフルネス瞑想会2019・12・8

マインドフルネス瞑想会の日

全国中継

ネットワークで日本と韓国とタイとアメリカ
全22か所同時中継瞑想会です

瞑想会ランチ

健康的な瞑想会ランチとティータイムをご一緒したあと、

圓應寺に駆けつけまして。。。

 

 

チャリティーイベントに参加

ライブペインティング仏画実演いたしました。

円応寺ライブペインティング

お経BGMと 後ろで五体投地礼拝をされておられる中

 

円応寺ライブペインティング釈迦成道図

釈迦成道図

2019121013618.jpg

菩提樹の下で 完成

円応寺ライブペインティング後2019.12.8

完成後の記念スナップ

イベント お話会

この週末はイベント続きです。

7日土曜日は Koji-kin こと長谷川浩二さんのお話会

アトリエ霽月に来ていただいて全開に引き続き 新しい時代の価値観や生き方についてお話くださいました。

Koji-kinさんのお師匠さんは 小笠原慎吾さんという方で

『幸せの予約承ります』というタイトルの本を出しておられるのですが、

この本、絶版になっていて、現在アマゾンで中古の本が2万円で取引されているようです。coldsweats01

著書は持っている方にお借りするか、お弟子さんのお話を聞くか、

本の朗読会をするか・・・ というところですが、

Koji-kin さんはまた来られるようなので 今度は映画の上映会も兼ねて開催されそうです。

 

お話の中で何度も出てくる話題は 時代が変わるね という話で、

これは私も共通認識を持っています。

もう古い価値観で社会が存続することが難しくなっているので

革命 等というと物騒ですが、 現在の社会システムが変容することが起きます。

 

これは戦争や闘争という形はとりません。

日本には選挙というシステムがありますので、それを使って令和維新は起きると思います。

ちょっと、かなり楽しみなんですけど、

古い価値観にしがみついてる人は終末の危機感半端ないでしょうね。

 

でも、心配することはありません。

前時代のように、古いグループが虐殺されたり 幽閉されたり、流刑になったりしませんから。(笑)

新しい価値観とは 全てが共存する形を取りますので

権力を奪われて地位が地に落ちる~ と震えおののいている意識たちは

自分たちが平和の中に生かされることに キョトンとするでしょう。

 

でもね、革命を起こす側の人間にも 古い価値観を引きずってる人がいるので、

そういう人が暴走すると 暴動や断罪などが起こりますので

そうならないよう気を付けてください。

現在の権力を憎悪する必要などないのです。

それらは 力を失い 衰退するだけなのですから。

 

そう、存続が不可能になるだけなのです。

新しい時代は 愛で関係が築かれますので これからの世界は

もう奴隷みたいに働かなくていいんです。

 

会社組織は 世の中を整え、幸せな人が増える仕事をして、みんながどんどん楽になるのが新しい世界です。

 

早く令和維新が来るといいですね~ heart02

 

山本太郎さんや大西恒樹さん、安富歩さんは先導する人なので

私は絶賛応援中です(笑)

 

彼らはモデルではなく、水先案内の人です。

未開の地への開拓担当

 

開墾して土地を豊かにするのは

現在のノンデュアリティ、あるいは 悟り のスピリチュアルリーダーたちです。

 

戦う必要が無い ということ

戦わねば生き残れないという思い込みを剥ぎ取ることが

私たちの最初の啓蒙となるでしょう。

 

次の時代は 笑顔で始まります

コージキンさんと打ち上げ

お話会後の 打ち上げ夕食会 ♪ happy01 happy01

お話会中の写真は 話に夢中過ぎて撮り忘れました coldsweats01 超残念・・・

左から3番目が Koji-kinさんです

めっちゃ気さくで楽しい方です

次回のお話会 楽しみにしています。

皆さんも来てくださいね!

 

さてさて、明日は マインドフルネス瞑想会と その後、

圓應寺で またまたライブペインティング仏画 出演します。

 

今回は首里城のチャリティも兼ねて、お釈迦様の成道会の法要ですので

釈迦成道図を描きます。

どんな仕上がりになるか 乞うご期待

圓應寺チャリティー JODO-AID

11時~20時

私はマインドフルネス瞑想会終了後 向かいますので

出演時間は17時以降~になりそうです。

法要の最後の方なので その後はお寺BARだそうで

楽しい仏法話(笑) 楽しみましょう~ w

本物の仏教の教えは超面白いのです。

 

また明日ご報告いたします。

思考停止

先週の土曜日、ノンデュアリティのお話をする 雲黒斎さんのトークライブに行きました。

黒斎さんは、ノンデュアリティからの視点で、

これまでの私たちの思考が何を勘違いしてきたのか

すごいわかりやすい例えを使いながら 見事なお話で

我々の幻想を剥ぎ取っていきました。

 

ノンデュアリティ・非二元 のことは知っていましたが、

話を聞きながらまだまだ自我から見ている自分の意識をガンガン感じるので

笑ってしまいました。

 

その話を皆様にもお伝えしたいと思いつつ

 

・・・・

 

これがまた難しい (笑)

 

ピタッとブログの文章が止まってしまいました。(苦笑)

 

そう、そもそもの 考え方のベースからひっくり返さないと話にならないのです。

 

もう本当にどうでもいいんじゃないか  などと思ってしまう始末。

こういったお話は 説明が大得意な方にお任せした方がいいかもです。

 

雲黒斎さんは東京を拠点に 全国でトークライブを開催されています。

ぜひ一度お話をお聞きしていただきたい

 

だけど一つ注意しないといけないのは

今の価値観のまま 話を理解しようとしても無駄です。

枠に収まりません。

 

自分の思考の枠をぶち壊して 解放してくれるお話です。

枠を壊されたくなかった人は 超混乱します(笑)

 

どんな生き方をしたいかはそれぞれの人次第

 

悟りを体感したい方はぜひ一度お聞きください。

黒斎さんのトークライブ情報などはこちらのツイッターもしくは

facebookで見て見て下さいね。

明後日は大阪のようです。

https://twitter.com/un_kokusai

https://www.facebook.com/kokusai.un.5

 

 

clover  clover  clover  

悟りの面白いお話をして下さるのは 黒斎さんだけではありません。

明後日7日(土)午後

アトリエ霽月に koji-kinさんが来られて

社会の構造に絡めて 悟りの視点からお話してくださいます。

 

まだお席がありますので 明後日お暇な方はぜひ足をお運びください。

 

参加費はドネーション制ですので お気軽においでください。

 

自我と真我

真我の意識は見つめています。

あなたの生を見つめています。

 

自我は理想を求め

人生を整えようとします。

おぼろげに見聞きしたもの、体験した出来事の中から

好ましいと思われる基準を模索しながら

自分の人生を理想的なものにしようと

日々努力しています。

 

理想として採用している基準が 正しいとは限りません。

最初はその環境の中で有利に生き延びるために必要な事

優越感 お得感

自分が快と感じた出来事

教育されたこと

親が喜ぶこと

賞賛を得られること

欲を満たせるもの

正しいと思えるもの

 

でも、ある日気付きます

頑張っているのに なぜ幸せに手が届かないのか?

 

私たちは人生の迷子になってしまいます。

 

仏教では この状態を 無明 と言います

 

知らず知らず幸せから遠のく努力をしてしまっていた

何が間違いで何が正解なのか

もがけばもがくほど 幸せは蜃気楼のように消えていく・・・

 

もうその方向性が幸せへの道ではないことは わかり始めています。

 

真我は この世界の歪みに気付いています。

居心地の悪い歪みは どうすれば解消されるのか

 

自我は表面だけ見ていますが

真我は根底の問題に気付いています。

 

それは現代人に与えられた今の課題でもあります

 

あなたが真我を感じ取り 真実に気付くと

あなたの周りの100人も気付きます。

あなたがカルマを手放し

真実を生きるようになるからです。

存在の美しさがそこにあります。

蓮葉の露

 

物惜しみ

私たちはこの世界をどう見ているのでしょうか?

起きていることは一つですが それをどうとらえているかは様々です

 

自動車事故に遭った時、ある人は

「畜生、なんてこった忌々しい!どこ見て運転していやがるんだ!車に傷が入ってしまった、修理代どうしてくれるんだ」と怒り心頭

自分の責任を回避して 事故った相手にどうやって責任を負わせようか必死で考えます。

 

また ある人は

「ああ、びっくりした。どれだけのことが起きたんだろう?

そうか、この程度なら大したことない。怪我をした人がいなくて良かった」

 

同じ程度の事が起きた時、その後の展開は 両者で大きく変わります。

前者は長らく揉め、後者は相手も態度が軟化するので必要最小限のことを痛み分けします。

 

始めて出会う人との関わりをどんなものにするかで 個人の人生や縁は変わります。

事故で出会ったその人と その後 友人になるかもしれません。

 

目先の損得勘定で未来の豊かさを失うのはもったいないことです。

仏教で、「親切でありなさい、物惜しみをしないように」

と 説かれるのはそのためです。

 

スピリチュアルのことを学び始めて

損を引き受けると 神様からご褒美が来る  というような体験を

何度もしました。

人が嫌がることを引き受けても同じです。

自分にできることならします。

 

ただ、自分に出来ないことを引き受けると苦しみます。

私たちは 私たちに出来ることだけをし、出来ないことはできないと言います。

したくないと思うこともしない方がいい。

それは無理にすると「あの時してやったのに!」と恩を着せてしまうからです。

人に親切にするのは、神や仏をご供養したり この世界を癒すためです。

何かを得るためにしているのではなく、

みんなが幸せな平和な世界、住みやすい環境を作るため。

恨みの気持ちを作るくらいなら何もしない方がいいのです。

恨みは毒のようなものです。

あなたは あなたの土地に何を撒きたいのか

いつも無意識に選んでいるのです。

 

荒れた土地は耕して草木が育ちやすくするように

人間関係に愛をもたらすのは あなたです。

あなたの世界は あなたが創ります

優しさ

何を選ぶか

何をして良くて 何をしてはいけないのか

色んな基準があると思いますが

スピリチュアルのことを知るようになって最初に衝撃的だったのが

「神は私たちが何をしてもいいと思ってる」 ということを聞いた時でした

いやいやいや、そんなことはないでしょう・・・ coldsweats01

宗教には戒律があるし、この世界でしちゃいけないことって 凄く沢山ありませんか?

犯罪とか 人殺しとか 虐待とか 悪どい事とか ドラッグとか?

 

いえ、違うんです。

この世界は 何をしてもいいけど、

したら幸せが増えることと、したらひどい思いをすること が あるだけ

のことなんです。

 

で、そのどちらも体験してみて確認している人間がいます。

望む望まざるに関わらず、担当者は実践いたします。

 

在ったことのない犯罪は まだそれを裁く法律がありませんが

犯罪は 人間がそれをやって 多くの人々が物心様々な面で傷付くので

それはしないことにしましょうね という 人間社会の取り決めによって禁止されるものです。

これは神様が裁いているのではなく、

人間たちのマインドが 社会を整えようとしてやっています。

 

ただ、気を付けないといけないことがあります。

ルールを作れば生きやすくなるのか?というと そういうものではなさそう。

 

ルールは 役に立つこともあれば、そうでもないものもあり

法律は 言葉で記述され、その言葉だけが形骸化してしまうと

言葉に当てはまったものだけがOKで、それ以外は全部 ✖ とか

あるいはルールに沿わない全てが裁きの対象になってしまいます。

そう、融通がきかなくなるのです。

例外が認められなくなる。

 

最近話題のブラック校則などもですね。

整えるためにあったらいいもの なのでしょうか?

それは誰の基準で?

 

生徒が髪染めで金髪にすると この学校は不良がいる、レベルが低い 

なんていう社会からのレッテルを恐れて

髪は黒くなければいけない という校則を作ると、

地毛が茶色い生徒に髪を黒く染めさせる なんて馬鹿げたことになる

 

持って生まれたありのままの自分を否定される ということがどれだけ個人の尊厳を傷つけているか

校則を作った人は考えが及んでいません。

個人の尊厳を無視したルール

 

今ある悩ましい出来事をコントロールして排除したいエゴは

とても視野が狭いのです

 

もしあなたの周りに奇妙なルールがあったら、決まりだからと鵜呑みするのではなく、

また、嫌だと毛嫌いするのでもなく

 

それは何のために あるいは 誰のために作られたルールなのか ちょっと考えてみましょう。

知っていて合わせていても、それにとらわれていなければさほど問題にはなりませんが、

既存のルールでも もうすでに役割を終え、時代の変化に対応できなくなっているような 誰も幸せになれないルールがあります。

それは現実的にも再検討する必要があるでしょう。

この世界は常に変容しているからです。

このことを 仏教では 諸行無常 と言います。

籠の鳥

こだわり

ひと昔前、日本が好景気に舞い上がっていた頃、

消費社会による好景気で

衣食住は満たされ、余暇を楽しむ日本人が増えました。

ただの当たり前では満足せず、

プラスアルファの何かこだわりを持つことがカッコイイ生き方のように感じて暮らしていた若者たちが多くいました。

自分はこのレベルでなければ満足しない、何事も高水準を目指すことが良い事のように人々は向上心という熱に浮かされていました。

 

この世界は 上昇気流だけで出来ているのではありません。

上昇したら下降して、常に全体の中で対流しているのです。

ほんの束の間、上昇気流に乗った高揚感と至福に陶酔したとしても

それらは一瞬のお愉しみでしかありません。

上昇と下降 ぐるぐる回っているだけです。

 

エネルギーは 偏りができると 密度が平均化しようとするのがこの世界の万有引力であり法則です。水面は水平になろうとしますし、浸透圧は均衡を保とうとします。

世界は自然の理に従って 対流して常に変容し続けています。

これが諸行無常です。

 

あなたのいる位置は一定ではなく、

所有していたと思い込んでいた物質たちは 対流の流れに

容赦なく押し流されていきます。

あなたの立場も変化します。

あなたは あなたの今を生き抜くのみ です。

 

こだわりなど だたの足枷でしかありません。

あなたの選択肢を狭めます。

あなたはただ 目の前の選択肢を自由に選んでください。

選択肢を増やせば増やすほど あなたの生き方は様々な彩りを加えます。

 

誰が選択肢を制限したのでしょうか

他でもないあなた自身です。

自由になってください。

生きたいように生きて構わないのです

あなたの内側の檻を取り払う

あなたのマインドの制限を手放す

何にもとらわれることが無くなれば

マインドコントロールなど起きません。

 

あなたはあなたの今を生きたいように生きるだけです。

その自由さを手に入れれば

不幸など存在できません。

 

内なるとらわれを手放すために 瞑想を実践しています。

限りない自由さと至福は あなたが内側にこしらえた枠から解放された時

なだれ込んで来ます。

 

枠を取り払って 真我を体験してください。

平原の真ん中に転がって見る空は 私という世界そのものです。

平原と空

私にのしかかる空、

いえ、私を包む空です

私たちは空の中に ただ存在します

ここにある命を体感してみてください。

 

あなたの命は どんな感じがしますか?

言葉というツール

言葉って 時々うまく使えない時があります。

言葉で言い表せないこと 沢山あります。

一つの言葉にあるいろんな意味

使い方を間違っても正しく使ってても 誤解は生じる

一つの言葉にイメージするものはさまざま

時には真逆の意味が同居してたりして

言葉だけに頼ると なかなかうまく伝わらない

 

それでも 日本語は他国よりもずっと言葉の数が多いんです
なのに 言葉だけじゃ伝わらない

はっきりしないもの 

例えば色のグラデーション それは何色なのか?

宵の三日月

言葉では言い表せない感動

それはあなたの感性でしか体験できない感動なのです。

 

あなたの心も言葉では言い表せない様々な心模様があり、

あなたは人生というバイブレーションの真っただ中にいます。

今この瞬間を 感じることをやめて生きるのは

あまりにも時間がもったいない。

そう思ったら もういまここにしか生きられません。

いま この瞬間を生きてください。

あなたの今は無限です。

味わうには 思考を止めて

味わってみることです。

それ、

瞑想かな?

(笑)

ある記事で見た文章

現在欧米でトレンドになっているストレス軽減法がオランダ発の「niksen(ニクセン)」。これはオランダ語で「何もしない」を意味する動詞で、文字通り何もしないことがストレス解消には効果的。さらにニクセンは、ひらめきを生み、創造性を高める手法としても注目されています。

 

これはもうやってみる価値、大 ですね!

 

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