魂と肉体

人間を生物として見ている と少し前のブログに書きました。

 

この肉体もその生物の身体です。 人間という生き物。

この体が作られる仕組み というのはすごいと思いませんか?

これは自然が創造したものなんですよ。 自然の力というのは計り知れないですよね!

 

なぜこの形なんだろう? なぜこの仕組みなんだろう?

どんな必要があったのか?

全部 根拠がありますよね。 必要のない現れなんてないんです。

時に何かが抜け落ちたとしても 不便なだけで 存在価値には変わりありません。

ちょっと足らないところがあるので生きる事を辞退する魂などいないのです。

そこで懸命に生きる魂は感動的です。

スミレ

 

私たちは 自分の身体の全ての現象と成り立ちを 知っているわけではありません。

むしろ 知らないことだらけで、謎だらけで、とってもとっても不思議です。

自分 という生き物を観察してみますと、

すばらしく精密で精巧であると同時に

効率的ではないこともままあります。

人間という生き物、

時に怠慢です。coldsweats01

エゴは視野が狭く、無駄なこともします。

 

自分を通して 人間と言う生き物を見つめています。

心の中、深い心の奥は目では見えませんが 心の目=感受性 で感じ取ることができます。

 

他人 という自分と同じ生き物に目を向けてみますと、

自分に体験のある感情は 共感することも可能です。

自分自身が 体験が多いほど多くの人と多くのシチュエーションで共感できるようになります。

そう、わかる という感覚。

 

ペットを飼ってみると、人間以外の言語や理論を持たない動物にも 

感情 や 思い や 意向 や 愛 などがある ということがわかります。

彼らは智慧も習得していきますね。

そういう発見もなかなか感動的なのです。

この猫たちは 私たち飼い主人間の波動を読んでる!!

言葉や態度に出さないものまで 感じ取っているのです。

そう、人間の子供がそれをできないわけがありません。

 

大人は前頭葉の思考を使うようになってから 感じ取る能力を忘れてしまっています。

ねばならない に自分を押し込めて感じることを封じてしまった大人

頭脳と引き換えに感性を捨ててしまった とも言えます。

いつからそれを忘れてしまったことでしょうか。

 

人は 自分が知っている経験は今生に限らず、この魂がかつて体験したことはその感情に共鳴共感することができます。

かつて いろんな時代に いろんな思いを体験して いろんな感情を味わってきたことでしょう。

そんな人はとても人の心によく共感することができます。

思い出してください。

あなたは共感することができるのです。

感じて見てください。

私たち魂は とてもとても やわらかく優しい生き物だったのです。

外敵から守るために来てしまった見えない鎧は 脱いでも大丈夫ですよ。

 

だって、 愛より強いものはないのですから。

日輪