信じること

今日はちょっとスピリチュアル的なことを書いてみます。

 

魂が 体に降りてきて 人としてこの世に生まれて来た時

心は無垢で 何も疑うということを知りません

 

だけど この世で過ごして行くうちに いろんな感情を味わいます

いいことだけじゃなくて辛いことなんかも。

 

そして、時には何を信じていいのかわからなくなる

 

これは 間違いなのではなく

 

何かの軌道修正が必要 ということ。

 

私たちは、何をどう軌道修正するのか 

ヒントのないパズルというかクイズを解かされているんですね。

 

その答えは大昔からわかっている人々がいて

それはもうたくさんの本とか文章とか経典にもなっているのですが、

本当の答えに気づくまでには 消去法のマイナス体験があります。

 

でも人間は、なかなか 答えが答えだと思えない w 

 

これは、

空気があまりにもたくさん普通にありすぎて

その大切さや恩恵のことを忘れてしまっているのと同じ

 

この世で面白おかしいものは いずれ消えゆく幻

それは楽しむために見れば人生の彩りとなりますが、

しがみつくと 消えゆくものを失う苦悩になります。

 

すべてのことを手放して 感じた時

ただ一つ 命が生きている事実と実感が残るでしょう。

これが根本的な幸福ですね。

 

その実感の割合が大きくなればなるほど、我々の意識は おおもとの意識とつながります

 

おおもとの意識(ユニバースとかハイヤーセルフと呼びますが)

これは 元々つながっていて、私たちの意識は世界に反映します。

より繋がるためには 信じることが一番有効なのですが、

 

それを邪魔しているのが カルマ です

 

瞑想でしていることは、

我々の人生をさわやかに生きることを邪魔しているカルマを取り除くということをしています。

 

脳の中や体の中に詰まっているカルマ(ストレスや感情)のエネルギーをお掃除して クリアな人生を生きてみてください。

 

そこには いろんなことをあきらめた枯れた仙人のような人生? などではなく、

澱みなない晴れ晴れとした生命力があります。

 

無意識の衝動 ストレスを紛らすために何かを集めたり執着する必要がなくなります。

 

風にそよぐ木々のように

 

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