摩擦からの解放

解放解放って言うけれど、、好きにしたらひどいことになるのでは?  

と思ってしまう方も少なくないと思います。

私も最初はそうでした。 私が嫌々でも引き受けていることを手放したら

困る人が出るじゃないですか。だから辞めたくてもやめられない  と。

 

依存関係で構築された構造は 解消するときに摩擦が起きます。

「行かないで!」

でも、その関係を維持するには摩擦が起き続けます。

「しんどい、キツい、窮屈、イライラ」 

いずれにしろ摩擦を含んだ関係なのです。

流れは一時の摩擦で済ましてしまおうとします。

魂は 依存を卒業したい

 

摩擦のある関係は崩れやすいものです。不安定で居心地が悪い。

最初は望んだことかもしれません。最初はそれが心地よかったのかも

でも、依存という関係は摩擦を起こし始めます。 縛り合う関係です。

 

摩擦が大きければ大きいほど 崩れやすくなりますし

摩擦の圧が溜まるほど、居心地は悪いものになっていきます。

地面の圧が高まって 起きる地震のようなものです。

 

摩擦はあなたが悪いわけではありません。 

相手が悪いわけでもありません。

誰も悪いわけではありません。

問題は ルールから外れること ではないんです。

頭の中のルール、社会のルール、コミュニティの規則は、

知ってるだけでいいんです。 

社会のルールは知らないと外側に摩擦をおこしてしまいますが、

そのルールにとらわれてしまう必要まではないのです。

もちろん支配される必要もない。

 

それに合わせたり合わせなかったりするのは選べます。

 

ちょっとまって、、摩擦を起こしたらダメじゃん? と思うかもしれません

摩擦は ルールに合わせていても起こります。

人間がいるかぎり何らかの摩擦が起きています。

人間がいなくても起きています。

それはエネルギーの流れのぶつかり合い。

 

周囲の基準を知っていて、あるいは知らずに  あえて自分の進みたい方向、選びたいものを

自由に選びます。 摩擦はそこここで常に起きています。

バランスを取りながら摩擦をすり抜ける、

バランスを取りながら 摩擦を鎮めることができます。

 

自分の選択への反響も含めて受け止めて、そして自分で立っているんです。

周りは意外と適応力を持っています。

私の選択は私のもの。 私の未来は私のもの(この言い方は非二元にはそぐいませんがあえて言います。)

 

この生き方は まわりに依存していると選べません。

依存は 基準を周りにせざるを得ない原因の一つです。

 

周りと摩擦を起こさないよう やりたい放題はしない  という場合

この時にあるのが依存なら、とても息苦しいですが、

依存ではなく、やさしさから摩擦を起こさずにいるなら、

そこに摩擦は起きません。

自らの意思でそれを選択している時、その運命を受け入れることができるからです。

自分の選択に責任を取る覚悟を持つからです。

 

依存を切る時、癒着していた部分は切り離されると痛みがあります。

目に見えない癒着にも痛みはあります。

 

でも、それは自由を手にする一歩です。

 

依存がなくなると、身が軽くなります。相手の運命まで背負わなくていいからです。

自由な選択をすることができます。

依存を切る時、相手も痛みを感じるかもしれません。

その時は

優しさを持って 周りがショックを受けないように 説明することもできます。

「これまで支え合う関係でいてくれてありがとう。でも、もう自立しようと思うんです。」

 

優しさと感謝、敬意 が 痛みに癒しを与えます。

 

この世界でのバランスを取るには 周囲を無視することはできません。

旅をするには風を読むことも必要だからです。

でも恐れないで あなたを見守る世界を信頼してください。

 

どんな体験もOKなのです。

成功だけが良い事 ではないんです。

全ての出来事が あなたの魂を成長させます。

あなたに 受け止める力と 真実を知る能力を育ててくれるからです。

 

この世は 自我の思い通りにはならない世界ですが 

愛に満ちた世界です。 あなたの発するメッセージ(波動)そのものを映し出す世界です。

あなたの真我 そのものなんです。

 

反映させる波動を選んでみましょう。

白い花畑

出てくるものが ネガティブばかりな方は まずは内面のお掃除からです

ELM瞑想はあなたの内面をパワフルにお掃除します。

ぜひご利用ください。

とらわれない心は あなたにも実現できます。

案ずるよりも産むがやすし です。