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カルマは手放すだけ

カルマというものは、摩擦のエネルギーです。
エネルギーなのでやり取り(受け渡し)ができます。
抱え込んだ負のエネルギーを持て余して 誰かに受け取ってもらうとスッとしますね
 
ある方は 自分で摩擦を創り出し、それを人に配る ということを無意識にし続けます。
何かを嫌って、不愉快になり、その愚痴を友人知人に聞かせるパターンなど。
 
自分の感情のエネルギーを誰かが受け取ってくれると、肩の荷がおりますので、
それをやりたくなるのです。
 
でも、摩擦を作っているのが自分だということに気付いていません。
 
もらう側のことに目を向けてみましょう。
 
他者の解放は、単なるエネルギーの排出なので 解放に立ち会ってあげるだけで済むことも多いです。
その人はそれを口にすれば気が済むのです。
解決したければ動くことでしょう。
この場合、聞くあなたは 何もしなくていいです。
 
「出したね?スッキリした?なら良かった!」
吐き出した内容をすっかり理解しなくてもいいし、解決してあげなければならないことはないのです。 

もし、相手が解決してくれることをこちらに期待しているとしたら、
もしあなたが簡単に快く引き受けられるならいいんですが
そうでないとしたら、しなくていいです。
 
現代人はなにかと責任の所在を誰かに引き受けさせたがりますが、
自分の問題は他者に責任があるのではないんです。
それぞれの宿命や運命は本人に与えられた学びですので。
その体験によって意識が愛に進化すれば、幸福は手に入ります。
でも、自我が受け止めるのを嫌がると なかなか進化できません。
問題解決を手伝いすぎると 相手の進化を遅らせます。
その人は常に誰かに色々解決してもらいたがるようになります。
 
 
小さな子供やお年寄りでなければ、
その人の代わりにその人がしなければならないことを肩代わりしてはいけません。
自分でさせます。
自分でできる力があると信じて自分でさせることはとても大切な学びです。
そうでなければその人はいつまでも自立できません。
これはとても不自由なのです。
他者に依存しなければ心地よく暮らせない。
不自由です。
 
やってあげる方が簡単なこともありますが、本人にエネルギーがあるなら信頼しましょう。
成長することを信頼するのです。
 
愚痴は、単なるカルマの解放なのでただ出すだけのゴミのようなものです。
ゴミを拾い上げる必要はありません。
ゴミ受けを受け止めてその人が明るさを取り戻すなら受ける甲斐もありますが、そうでなければ、スルー。
突き返したり(否定)せずに ただ流していけば終わっていきます。
 
自分が摩擦を起こしている時は、感情を解放して手放します。
 
本人が何をしているか 自覚することはとても大切です。
それぞれが体験して法則性を理解し進化します
これが人生の学びです。
 
意識が浄化されていくと
流れがスムーズになり、豊かさが舞い込みます。
愛の波動の温かさと大きさを実感してくださいね。
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真我の意識からスタートする新しい人生の始まりです。

 

 

 

 

解放 手放すこと

解放のパターンについてお話してみます。
感情が揺さぶられたり、動揺したり、怒りを感じたり、悲しみを感じたり、気分が落ちたりする時
それは感情の解放です。
瞑想をしていても瞑想をしていなくても感情の解放は起こります。
自然なエネルギーの流れです。
 
感情は起こり、表現してエネルギーが外に出て行きます。
 
とても自然な形では その時々に子供のように喜怒哀楽が起こりますが、
大人になるほど、自然な感情は抑えるようになります。
周囲への影響を配慮してのことで、社会的にそれを求められることも少なくありません。
家庭や学校でそのように教育もされます。
 
人前で出さないことが美徳のように思われてしまって
過度に抑圧してしまいますと、
内側のエネルギーが出るところを失って内圧が上がり
具合が悪くなってしまいます。
 
他者の負のエネルギーをもらってしまった時も同じことが起きます。
 
怒りを向けられたり、愚痴を聞いたり、した時によく起こります。
特に元々溜め込んだものが沢山あると それが同調しますので
思いっきり具合が悪くなります。
 
 
具合が悪くなるその感情は相手のもののようで実は自分の中にあるものです。

(多くの人が同じものを共有しています)同じものに同調してしまうのですね。
でもそれで、それが自分の中にあることがわかります。
普段は奥の方に隠されているので 無いように感じていたりします。
でも、外側の波動につられて ひょっこり顔を出します
「いますよ~」って。
 
そういう時はラッキー
何に拒否しているのかを見つけると 手放すのが簡単になります。
 
嫌だ  という摩擦の感情
抵抗する摩擦の感情を手放します 
ただ、それがある
という認識だけにしていきます。
あるがままにさせておく  のです。
 
この世界に良いも悪いもない ただ起きることが起きているだけ
 
何かしてあげなければならない ということもないし、奪われることもない。
あなたは自分がすることを選べます。
したくなければしなくてもいいのです。
 
 
そうすると、やらされる  という意識がなくなっていきます。
 
いい人でいるために自分自身を犠牲にしていると
自分も他人も好きになれません。
 
まず 自分自身を愛する事
それができて、他者も愛することができるようになります。
 
全ての出来事に責任を取ることなどできません。
一つの出来事ですら 誰の責任でもありません。
ただ、起きることは起きるのです。
過剰に自分自身に責任を課さないでください。
罪悪感は手放していきます。
 
あなたの責任ではありません。
あなたが責任を負いたいなら止めません。
でも この世界は 起きることが起きるように出来ているのです。
それは思い通りにはなりません。
 
流れに任せると  勝手に解決することも多々あります。
ジタバタしない方がいいのです
気を揉ます大きく構えて下さいね。
 
ただ眺める練習してみませんか?
あるがままにさせておく。
 
解放して 治まっていきます。
自然体で行きましょう。
コスモス

信頼

その昔、私がまだ悩みだらけだった頃、

スピリチュアルなお話会で講師の方がこうおっしゃいました

「神とあなたの関係は、あなたとあなたのご両親の関係と同じなんです

あなたがご両親をどう思っているか は あなたが神をどう思っているかと同じです

そこに信頼関係があるのか 不信感に満ちているのか・・・」

これを聞いた時、とてもショックでしたね

「ダメじゃん」と思いました。

当時私は両親が嫌いだったのです。

機能不全家族と言いますか

私の病気は親の接し方が原因だったということもあり

私は親に怒りを持っていました。

なぜこんなに苦しまなければいけないのか

私は神にも怒りを持っていたと思います。

そんな

信頼感どころか 拒否感しかない相手と

信頼関係など築けるわけがありません。

「ガーン、神との断絶だぁ・・・」

「終わってるやん・・・」

と 思いましたが

終ってはいませんでした。

それから、カルマの浄化を始めます。

その時は強力な浄化の光を通したのですが、

大きなつまりが取れました。

不思議なことに夢で父と和解したのです。

何が起きたのか分かりませんでした。

目覚めると解放で泣きじゃくっていて、

しばらく泣き続けて それが夢だったことに気付きました

「なんだ、夢じゃん」

呆然としていました。

その瞬間から 私の中の親に対する怒りが消えました。

「あの人たちは子育ては上手じゃなかったけど、彼らなりに一生懸命育てようとしたんだ」と思いました。

自分たちのような苦労はさせまい として 甘やかしたり とか(笑)

苦労させまい失敗させまい として いろんなことを禁じたり とか (^_^;)

ひもじい思いをさせまいと 必死で働いて 子供がどんなことを感じていたか に気付く余裕がなかった。

でも、自分自身も寄り添ってもらったことなどなかったのですから

それを知らないのは無理もないことなんでしょうね。

彼らは私たちより何倍も辛い思いをしていました。

どうやってそれを責めることができるでしょうか。

「反抗してごめんなさい。責めてごめんね」と 思いました。

こんなに必死に こんなに一生懸命やってきたのに 何が悪かったの?と思ったでしょうね

一番いい方法が分からなかったんですよね

自分も親を信頼したことはなかったのでしょう。

カルマは連鎖していくのです。

でも、それは終わりに出来ます。

自分の所で終わりにできるものなのです。

 

怒りは 悲しみから来ていて

それらを解放して手放してしまうと 

そこには 愛 が残ります。

怒りや悲しみの手放し方が分からない方は

瞑想やEFT療法をお薦めいたします。

その苦しい感情から解放されて

愛で神と繋がってください。

 

今、私は猫を飼っているのですが、

その子たちを見ていてよくわかることがあります。

信頼を寄せて委ねてくる子と

警戒してくる子では

してあげられることが何倍も違います

神様は きっと もっともっと沢山与えたいと思っているかもです

でも、私たちが警戒していると遠慮して

嫌がることはしないであげよう と そっとしていてくれるのかもしれません。

私たちは変化に戸惑いますからね。

無意識に「私たちが怖がらないことしかしてくれなくていい」と

発信しているのかもです。

私たちが喜べば 沢山の豊かさが舞い降りてきます

受け取ったものを喜ぶ 可愛がられ上手になれるといいですね!

そうでもないことは、そっとスルーしましょう。

小さな喜びを大きく増幅させる

あなたの波動が あなたを豊かにします。

そうさせないカルマの感情を瞑想でお掃除しています。

ハッピーな毎日を。

ゴールドタラ

豊かさをもたらす ゴールドタラ です。

 

朝夕が肌寒く感じるようになってきましたね。

10月も半ばです。

秋桜は花盛りでしょうか。

秋桜

10月16日は亡き母の誕生日なのですが、秋桜が好きだった母を連れて秋桜畑へ何度か行きました。

10月16日は毎年秋晴れでした。「私の誕生日はいつも晴れなの」とよく母が言っていました

最期の方は 車椅子だったかな。

身体が不自由になってからは 旅行好きだった母も出かけるのを億劫がるようになっていました。

それで小さな秋桜の鉢植えを買ってきたりして 母の部屋に置いたりしたりしました。

春は桜 秋は秋桜です。どちらも桜ですね 

 

母は病気をする前は すごい働き者で、

もう過剰に働く人だったのですが、

休むということやゆったりした時間を楽しむことがとても苦手でした。

これは働いていないと不安になる というカルマからの衝動です。

前半生、戦後の日本の中で 周囲のご家庭も貧しかった中で

更に貧しい家庭の長女として生きていたからでした。

家族のために働き続けなければならない 

お金が無いことはとても辛い  という思いがこびりついてとれなかったのです。

 

戦争 という体験は 多くの庶民に苦しいトラウマを与えました。

そのカルマを背に 努力をして豊かさを手にしていきましたが、

カルマはその後も残り続けたんですね。

多くの日本人たちは得ても得ても 安心しきれなかったのです。

また どんな不幸がやってくるか わからない  と。

 

この世界に不信感を持って 怖れを軸に生きると

満たされる ということがありません。

不安は無尽蔵に湧き上がってくるからです。

 

私たちが生きているのは 過去でも未来でもありません

ただ、今 この瞬間にしか存在しません。

私たちが取り組めるのは 今 この瞬間だけなのです。

今 という真実を冷静に受け止めることから始まります。

どんな辛いことも 今の私が それをどう受け止めるか で

あなたの見ている世界は 不安なものにも 大丈夫なものにも 変わることができるのです。

 

出来事は 波のようなものです

上がったり下がったりします

一喜一憂が激しすぎると疲れてしまいますね。

まぁ 成り行きを眺めましょう

真の解決策は冷静な観察力から生まれます。

感情に呑まれないように

手に負えないことは サレンダー(降参)していいですよ。

この世界(ユニバース)が起こしていることは

ちっぽけな一人の人間にはコントロールできません

でも、流れは 不必要なものを淘汰していきます。

個々の都合はお構いなしにですが。

流れを読んでください。

 

私達人類は 新しい意識の世界へと進化していきます。

そうでなければ摩擦の苦しみと付き合うことになります

世界をこちらに合わさせるのではなく

私たちが柔軟に世界に沿って 共存していくのです

世界のバランスが 私たちの環境を守ります

バランスがとても大事です

エネルギーバランスです

この世界を構成するもの

すべてが あなた自身です

世界は あなた そのものです。

あなたの内側に豊かさを満たしてください。

お金や物質は必要ありません。

幸せに感じるものへ意識を向けるのです。

 

愛の波動を持った存在

悟りというものが崇高な境地で

選ばれた人間、高尚な人物にしかできないことだと思っているなら

それは間違いです。

悟りというのは 余計なものがくっついていない

純粋な意識の状態で

我々がくっついたカルマを落とすことで全ての人が

持っているもの なのです。

 

一番大切なものを大切にしていく

末節の枝葉にとらわれない

本質の純粋な愛 の波動になった瞬間

その人は純粋で美しい愛そのものになるのです。

 

もちろん、肉体がある間は

肉体の意識、自我 と同居していますので

エゴの意識や煩悩の感情は発生します。

 

でもその感情たちに呑まれるか、

他者にぶつけることなく手放すことができるか で

生き方は大きく変わります。

カルマの感情が出ている時は

ただ解放して手放せばよいだけです。

 

まだカルマの感情が大きい間は

解放が先決です。

詰まって噴き出しそうな大量のカルマのエネルギーを抱えたまま

それを出さないなんて不可能だからです。

まずはお掃除をしてお部屋(内側の世界)を片付けましょう

 

初めは大掃除かもしれません。

大きく出て行くほどに

内側に詰まったものは減ります。

沢山でたね! よかったね~

ピンクの光のサムネイル画像

マゼンダの光は愛の波動

ラブマントラの愛の波動 愛の光に身を浸してください。

あるがままの美

私はどうしてこんな風なんだろう?

と悩むことがおありでしょうか?

 

植物

肉食動物
 
草食動物
 
回遊魚
 
 
いろんな生き物がいます。それぞれの性質があります。
どの生物が素晴らしくて
どの生物が忌まわしい
とかいう問題ではなくて
それぞれがそのように生まれて
それぞれの生涯を全うする   ということ。
同じにはできません。
そこに良いも悪いもありません
 
私達人間にも
与えられた要素、与えられたカルマがそれぞれにあります。
宿命は選べるか?といえば選べないし、
経験も選べるようで選べない
なるようになっていくのです。
意図する事すらプログラム、カルマか宿命かもしれないのです。
思い通りにならない ということを受け止めるのが
人生の課題 悟りの道 でもあります。
 
あるがままを 受け止めきった時
そこには 存在の喜びが輝き始めます
 
ああ、生きているんだな と shineconfidentshine tulip
 
あるがままに咲く潔さは美しいものです
何も飾る必要もありません。
誰かに見せるために咲いているのではありません
あなたが存在を謳歌する ということです
 
なずな
 

待望の瞑想リトリート

お待たせいたしました。
11月連休にELM瞑想マスター ボブ・フィックス氏による九州地区(長崎県 雲仙休暇村)瞑想リートリート開催いたします。
 
意識の変換を求められる 新時代に向けて 新たな境地を開きませんか?
空を体験するELM瞑想の合宿型リトリート、非日常体験 瞑想の醍醐味をご実感いただけます。
超スペシャルな瞑想体験をご堪能ください。
詳細ページはこちらの⇓ 雲仙紅葉画像をクリックしてください。
雲仙紅葉

それにしても見事な紅葉!リトリート時は紅葉ピークです。
めっちゃ楽しみ~ lovely maple

執着の苦しみ

瞑想で執着の思いは取れますか? というご質問がありましたので
回答を書かせていただきます。
 
 
 
瞑想で 煩悩や執着は消えていきますね。
 
ただ、苦しみはある程度通過します。
出て行ってくれないと無くなりませんが、出る時に苦しいです。
日常的に瞑想をしていると、瞑想時に出てくれる分は 意識に上がらないことも多いので
その分が楽になります。
 
解放の苦しみは必要な苦しみ と言えると思います。
 
苦しみが無ければ懲りずに執着しつづけてしまうでしょう。
 
エゴの思いは強いです。
 
ただ、執着するものは 失う運命にあります。
執着が怒り、悲しみ、恨み を 生みます。
 
持ち続けるか 手放すか は 私達次第なのです。
 
摩擦の感情(カルマ)は それがどういうことなのかを教えてくれているのです。
 
手放してください。
愛に変わるまで。

中秋の名月

中秋の名月、美しかったですね。

アトリエ霽月の『霽月』せいげつ は、雨上がりの澄んだ夜空に光り輝く眩しいような満月のことです。

そんな天候の条件に左右される 名月は何年に一度見られるのかな と思いつつ

今年の名月を見ました。

中秋の名月

都会の名月は 夜景の中にありますね。

スマホカメラでは くっきり写らないのがちょっと残念。

 

サロンの名前を霽月にした経緯をお話しましょう

元々私は 自分が明るすぎる太陽にはそぐわないと思っていたんです

月と太陽(陰陽)だと 月側のグループだと感じていたんですね。

夜のグループです。

燦燦と光り輝く太陽ではなく 暗闇の中に居て 辺りを照らす役目

でも、もっと以前、最初は、満月ですらなかったですね。

消入りそうな細い三日月に惹かれていました。

それが自分の自己イメージにしっくりくる感じだったんです。

スピリチュアルを学ぶにつれて だんだん光か強くなって

静かな心で夜の静けさを照らす などというのは自分にピッタリな感じ

だと思っていたのです。

それで最初はハンドルネームに静月 という名前を使っていました。

静かな月 青い光 そんなものがとてもしっくりと感じられていました。

ですが、瞑想をするようになってもっと意識が変わりました。

月は月でも 闇を消してしまうような強い光

霽月 というのがあるんだ と知って それは私の憧れになっていました。

瞑想教師になったころ、それを名乗るのは大それたことのように感じて

まだまだ自分にはそぐわしくないとも思っていたのですが、

憧れでなく それが私ですと言えるほどになると自分で先に設定をしたのでした。

実力は 後からでもついてくるものです。

経験を積んで いつの頃からか自信をもてるようにもなっていきました。

そして、どんどん 理解していったのです。

悟りは 今の自分自身の生き方 そのものでもあります。

そしてそれすらも意識しないほど 当たり前の自然な在り方

何も特別なことはありません。

何者にもならなくても 存在そのものが輝いていることに気付いたのです。

命がある という輝きです。

生きていることを喜んで謳歌している輝きです。

特に何が出来たから というわけではありません。

ただ、自分が好きな事をしているだけです。

そして、嫌なことがあったとしても それはそれ。

排除などしなくても 自分の命の輝きはそがれることはありません。

 

この境地は羽が生えたように軽くて自由なのです。

とらわれていた頃の重さ など もう思い出すこともないくらい遠いものになっていました。

でも、知っていはいるのです。闇はどんなものかも。

そこに戻ることはありません。

今の方が心地よいからです。

 

1人でも多くの方が 軽さと自由さを実感してくださいますように。

楽しく平和な悟りの意識へ

ようこそおいでくださいました。

一緒に楽しく 今日という日を歩みましょう

瞑想と 瞑想の場、教えの場に触れてください。

 

11月に九州で 瞑想合宿があります。

現在場所の交渉中です。

決まり次第告知いたしますので どうぞお楽しみに。shine

 

オンライン瞑想会

水曜日夜はオンライン瞑想会の日です。
本日もご参加くださったみなさま ありがとうございました。

水曜日に毎週開催するようになりまして 1時間の簡単な瞑想会ではありますが

皆さんとお会いできるのが楽しみになっています。

 

瞑想は、継続すればするほど、状態は良くなっていきます。

塵も積もれば山となる・・・の逆で、山のように積もったカルマの塵がどんどん減っていき、

何もない 空 真我そのもの になります。

昔の修行者たちは それを目指して 森の中の洞窟で瞑想を続けたのでしょうが、

現代人は俗世に居ながら 悟れる というのは 本当にすごい進化だな と思います。

 

煩悩は努力して滅するもの ではないですね。

瞑想を続けた 浄化の結果 現れる境地です。

今起きている解放を 否定しないでください。

それは単なるプロセスに過ぎないのです。

自分が感じている感情は感じてはいけないものなどではありません。

それは身体に起きる 生命体の反応です。

とても自然なことだったのです。

出てくる感情が 歪んでいる時、

そこには強い抑圧が存在しています。

自分、あるいは 環境による抑圧

解放時には抑圧ごと押し流されることもあります。

大いなる流れは 摩擦を起こすものを押し流してしまいます。

摩擦を起こすものにしがみついていると それと一緒に押し流されるので

手放して身軽になってくださいね。

 

私たちは 本当は何も所有していません。

この世界にある物質は すべて 世界からの借り物です。

この体さえも。

 

死は 閉じ込められた身体から解放されることでもあります。

だけど、身体を持っている時にしかできないことも沢山あるので

今の身体を持ってできる体験を謳歌してください。

急がずともお迎えはいずれ必ずやって来るものですから

苦悩は手放して 楽しむことをしてくださいね。

あなたを制限するものは 何もありません。

あなたを制限しているものは あなたの中のルールです。

それは手放しても あまり困りません。

あなたを駆り立てるものは あなたの煩悩です。

それは手放すと 楽になります。

 

そして、

ジャッジ、判断 をやめて 

ただの観察者になってみましょう。

答えは 最後にわかるのです。

 

どんなものとも比べる必要はありません。

今にくつろいでくださいね clover

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