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瞑想あれこれ

エゴ

エゴというのは 個の都合 です。

個の利益や安全を最優先します。

エゴが強い人 というのは 自分の思い通りにしたい人 する人 です。

 

これを悪い と言っているのではありません。

エゴは肉体を護るためにそうすることが(自分にとって)正しいと信じているので

そうしています。

 

エゴの強さは 生まれつき与えられたものなので

自分のエゴが強いとか弱い ということにはコンプレックスや罪悪感を持たないでください。

 

私たちの性質 というのは 与えられたものですので そこに個人の責任 という問題ではないのです。

 

エゴは盲目的に発揮すると個の都合しか見ません。もちろんこれはベストな判断ではありません。

なぜなら 私たちはこの世界と共に その中で生かされているのです。

自分を包むものを無視してエゴを通すと摩擦が起きます。

他者がそうしても摩擦は起きます。

 

私たちは心地よく暮らすためにはエゴの攻防をするのではなく

調和する折り合い地点を見つけます。

避ける という方法もその一つですし 

受け取らない 

話し合う

断る  などの方法があります。

自分自身がエゴに飲まれていたり、カルマの感情に絡まれていると 

状況の冷静な判断は難しいです。

エゴやカルマで動いてしまいます。

 

また、エゴやカルマの波動は 言葉に出さなくてもエネルギー(パワー)を持っているので ただその思いを持っているだけで伝わってしまいます。

 

ですから まず大事なのは自分自身のエゴやカルマを手放すことが 

自然の調和力を邪魔せず 最大限に自然の調和として整っていくことになるのです。

 

エゴの意識は なかなか 自分以外のものを信頼しません。

カルマはまだないものまで恐れてしまいます。

その恐れは過去の幻影なのです。

 

瞑想をして カルマを手放し、エゴを緩めると

今の状況はカルマに着色されることがなくなっていきます。

ただ、その出来事の真実だけを把握することがとてもしやすくなるのです。

 

ただ、エゴはなかなか 慣れない習慣を取り入れたがりません。

自分のエゴのパワーを奪われることをとても恐れているのです。

 

エゴはエゴ自体が存在を主張します。

私は私! ここにいるのよ! 認めなさい! 絶対譲らないわ! と

周囲を屈服させたいと思っていたりします。

 

それは まるで 裸の王様なのです。

自分の目の前を整えることに必死になって 自分自身と後姿が見えていないのです。

裸の王様

 

瞑想は 自分自身と取り巻く世界を俯瞰的に見る神的視線を発達させます。

全体を同時に見るのです。感じ取る五感を発揮して。

そして

客観的な判断で 全体の調和を取り 居心地の良い世界を選択していきます。

 

あなたの中のエゴをなだめ、調和と平和、穏やかさを好む意識へと変化します

戦いはカルマの衝動でもありますから。

やがて

エゴは消え マインド(思い)はあなたの幸せを実現する良き協力者になっていきます。

幸せの在りかは ハートが知っています。

エゴを手放した時に 世界から祝福と愛が舞い降りてきます。

 

コントロールを手放して あるがままに流れを見守ってください。

清流

 

 

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