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スタッフブログ

見えない鎖

みなさんは 何かに縛られている と感じたことがありますか?

あれをしちゃダメ これはいけないこと それをしたらアウト  

なんて 制限 いつのまにか沢山持ってたりしませんか?

それはいつから採用した制限でしょうか?

「いやいや、ルールとか、常識ってものがあるでしょうが。」 と言いたくなるかもしれません

私は元々 かなり小生意気な子供時代を過ごしまして

大人の言う制限が不自由でなりませんでした。

もう全くいい子じゃありません。 いや、いい子だったところもあります。(笑)

自分が困らないことに関しては大人の言うルールは遵守しておりました

でも、自分がそれを我慢できないこと が 結構ありまして

全く自制心が効かない ということが多々ありました。

たとえば じっとしていること とか

何らかの衝動を我慢すること

ほぼ 無理で 母はよく私に「あんたは辛抱できない性格だね」と言いました

できないものはできません。

そんなこんな幼少期学童期を経まして、15歳のある日

環境の変化で 急に体重が増加したことがありまして、

自分の見た目が変わったことにショックを受けまして

食べることをやめたんです。自主的に。

炭水化物を全く食べなくなった。

なんか当時レタスしか食べなかった という記憶・・・もうかなり忘れたけど coldsweats01 

で、なんと1ヶ月で10kg体重を落としちゃったんですよ。

若かったですから 相当無茶したようです。

それで体は丈夫だったので 体調を崩すこともなく

ぶっ壊れたのは食欲中枢でした。

過度の飢餓状態で体は飢餓回避のために 貪欲な食欲をもたらしたわけです

どんな制限をも突破する食欲。。。 その後の結果は大変な事になります

いわゆる摂食障害という状態

この状態は 意識でずっと制限する願望を外さなかったので

制限したいエゴを生命維持の本能が長い間戦うこととなりました。

10年以上の黒歴史 となります。

意識の上でのルール 「痩せていなければならない」が

自然の在り方に逆らった結果 過剰な欲求を生み出してしまったわけです。

これは本物の飢餓状態。

かなり地獄です。

不自然なルールを採用すると 自然の流れに摩擦を起こします。

不自然なルールを強行すると それに反する圧が高まります。

一杯一杯まで伸ばしたゴムが元に戻る時、静かにゼロに向かう なんてことはありません。

ビヨ~ン ギュイ~ン バシッ annoy  ガシャーン バキッimpact イタタタタ crying

何が起きたっ!?

見えないエネルギーは 存在しないものではありません。

すごいエネルギーです

伸ばしきったゴムが切れる時、何かが破壊されることも珍しくありません。

自然は 自然体に戻る という作用があります。

あなたは 無理なルールに自分自身を押し込めたりしていないでしょうか?

それは物心ついたころからの当たり前だったとしても

無理な圧は あなたを歪めます。(もう)キツい
 

静かに圧を緩めていきませんか?

エゴはなかなか理想を諦めてくれなかったりしますが

その理想が 極端なほど かかっている負荷は大きいのです

その理想、本当に必要ですか?

瞑想者は そういった理想、圧や負荷 をどんどん手放していきます。

エゴの意識はそれに抵抗するかもしれません。

ルールの方が正しいと思い込んでると 罪悪感や怖れ、嫌悪 といった

感情が湧くかもしれません。

でも、そのルールの方がカルマだったりします。

あなたを自然体に置いてください。

そのままのあなたでいいのです。

植物たちや動物たちは 何の迷いもなく自然体であろうとします。

四角四面だけが 美 ではありません。

自然の豊かさを想像してください。

ありのままで美しいのです。

無秩序ではありません。

愛をもって調和してください。

あなたの波動が 愛 になる時、

あなたの周りにあるトゲが消えていきます。

愛から自分を護らなければならない という必要が生じないからです

愛は あらゆるカルマを癒してしまいます。

あなたは もう苦しい選択をしなくていいのです。

そして あなたの中のルールを手放して 愛になってください。

あなたを縛る鎖は 無い と知った瞬間から

あなたは自由です

仏陀の瞑想

6月

こんにちは2度目の緊急事態宣言の最中、早くも今年が半分近く過ぎております。

私は先月末頃にお誕生日が来まして 高齢者の域に仲間入り?(笑) 年金給付まであと5年

そうか、みんな平等に歳をとっていくのだなぁ と

感慨深い今日この頃です(笑)

年金はまだまだ先でいいかも。

加齢による不具合は 特に目に出ておりまして

何しろ、ずっと遠視気味に見えすぎていた左右2.0から 

作品は細密画?とも言える特殊なジャンルに関わっておりまして

何かと視力に不自由を感じるようになりました。裸眼で見えない。

厚めの凸レンズを装備しての制作で机に張り付く日々です。

これ、平均的な日常生活には必要ない作業 ですけどね(笑)

絵は 見えれば描けるようで 顕微鏡で手術するお医者さんに親近感 

私の日常はマニアックすぎる日々です(笑)

そんな作業を以前は裸眼で出来ていたのかと思うと なかなか感心しますね

失って初めて知るありがたみ(視力) です。

 

他にも ずっとあったのでありがたみを忘れているものが沢山あるんだろうな と思います。

人間のマインドは足らないことを探すのが仕事 と感じてるので

マインドはついつい足らないこと 不満な事 出来ないことにスポットを当ててしまいますが

我々がどれだけ多くの事柄を自由にできるか 改めて数え直したら すごく沢山の幸福があることに気付かされます。

身体があること 移動できること 食べることができること

眠ることができること 息ができること

誰かに触れることができること 笑顔を作れること

愛を感じることができること

緑を見ることができること

朝陽や夕陽の色 空のグラデーションを見ること

花や果物のいい匂い

洗濯したてのシャツ

小鳥のさえずり

猫の ニャー

地球の広さや大きさを感じること

星のまたたき 

瞑想 

お風呂、温泉

風の感触と温度

腐葉土のやわらかさ

何もしないこと 何もしない時間

選ぶことができること

意識の突破

笑い

ああ、そういえば そんなポエムもありましたね。

谷川俊太郎さんの詩とか。

私は感じることが仕事です

単純作業も好きです。

毎日 自分がどう生きるかを選択することができる

悩むことも 悩まないことも 選ぶことができる

やりたい時は思いっきり悩む。

そんな機会はほとんど減ったけど(笑)

皆さんもぜひ 何物にも縛られない を体験してほしい

あなたが手放せないものは

あなたが 手放したくないものだ ということを

自覚するだけで

あなたはいつも自由意思だということに気付きます。

全ては無いけど どれもだれのものでもない

この世界があなた で どんな世界を作るかが あなたの人生観なのだ ということを

私たちは気付くだけでよいのです。

そして 

どれもOK。

欲はきりがないけど、欲を捨てると 豊かさがいっぱい。

そのままでいい生き方

私たちはいつからか いつも向上しないといけない と思うようになっていました。

日本が戦後復興して 高度成長を遂げた時の名残でしょうか

頑張って 努力して もっと良くなろう

貧困と飢えから脱出したい(したかった 物資が何もなかった時代)

他者から見下されみじめな立場に留まらぬよう

頑張って人を見降ろせるようなところまで・・・

その当時はぐうたらのんびり過ごすことは 悪 と忌み嫌われていました

みんな生き残っていくことに必死だったのです。

日本人は努力の虜になっていました。

もっと もっと もっと・・・

お国のため が 己のため に すり替わって。

こんな風になったのは戦争のカルマです。

戦争で命の危機に晒され続けると 心は殺伐として

生存競争に必死になってしまいます。

背に腹は代えられぬ 非情でも生き残らねば

今、時代が変わり、誰も戦争は良くないことだ と普通に思える時代になって

そして更に新しい『全体調和の時代』へと進化していく アセンションに直面しています。

それは善悪で判断し 悪を排除する方法では成功しません。

悪とは何ぞや?

それはひとえに 自分に都合の悪い事 に他なりません。

自分に都合の悪い事 全体に都合の悪い事

支配者に都合の悪い事 それらは 悪 と呼ばれてきました。

かつての時代では 身分の高い者ものに逆らうと処罰されましたし

法律は権力者が作っていました。不公平なことが当たり前の正しさでした。そういう時代がありました。

今は民主主義社会ですが、完全に平等な世の中でしょうか? 

答は言わずもがな いいえ です。

現代は 資本主義社会で お金のあるなしで権力を得ようとします。

まだ多くの人々が権力の奪い合いを続けています。

あるいは 表面化しない支配。経済による支配がなされていることも聞いたことがあるかと思います。

でも、そんなシステムから もう抜けようと思い始めた人々がいたるところに発生し、

新たなウェーブをおこしています。

温暖化阻止の運動をしているグレタさんは まだその域ではないと私は感じています・

彼女はとても戦っているので その姿勢は旧時代的に感じます。

この世界は あらたな基準が浮上しています。

それは全体調和 ワンネス 非二元 と呼ばれます

全体が 愛で繋がっている世界です。

個々に分かれていた魂は、

意識の中で いつでも全体と繋がります。

赦し 思い遣り 尊重 信頼 連帯感

それが次世代の高度文明の指針になってゆきます。  

誰も否定されない世界

そこでは誰も戦う必要が無く

誰もが奪わなくても与えられるのです。

欲望を発揮する場合は この限りではありませんが、

愛の代償に何かを奪う必要はなくなってしまします

愛に満たされている人は人から奪おうと思わないからです。

ルール

私たちは日々ストーリーの中で生きています

ストーリーの中の主人公の自分は

いろんな経験と記憶を持って いろんな思いを持って生きています。

でも、そのストーリーが幸福ならいいのですが

大半の方は 困難や苦悩へスポットを当てて 

ネガティブなストーリーの人生を生きてしまいます。

これは仕方がありません。

本来マインドはネガティブを見つけ出すための仕組みなのでどうしてもそちらに注目してしまうのが人間の性質でもあるのです。

マインドが掴むネガティブを掴みすぎないためにはコツがいるんです。

つまり ポジティブに生きるには その方法を知ることと努力が必要です

それを知らずにポジティブに生きられていないのは当たり前のことなのです。

 

人生の中のポジティブとネガティブの出来事の割合は 人によって違うでしょう

どちらかだけ なんてことは絶対あり得ません。

ネガティブな体験はみな経験しています。

ただ、その体験を越えてたくましく成長する人と

ネガティブをこえられないまま 傷として引きずり続けていく人には大きな差が生じます

良い悪いの話ではありません。ただ結果にそれぞれの違いが出るだけです

親がポジティブだとその影響を受けてポジティブが当たり前になるラッキーな方もいらっしゃるでしょう。

でもそれはほんの一部の人 大半の方々は ネガティブに悩みます

ネガティブループに気付いた人や 元気がある人は越えることを選択しますが、

気付く前に目をそらして 出来事に向き合うことをやめてしまった時

それは越えられないおおきな壁 カルマとして残ってしまいます。

あなたが幸せになりたいなら それは踏み越える必要があるでしょう。

一番簡単なのは 

そもそも ストーリーなど無いのだ と知ること。

越える壁もなければ、あなたを縛る鎖も無い

あなたを裁くルールも 実体などないので、

裁いているのは あなた自身だった と気付くことなのです

裁いていたのは 私??

そう それを思い込みと言います。

今までの世界は外側からそのルールが絶対だと教え込まれたかもしれません。

両親や 学校の先生から

自分で作ったルールもあるかもしれません。

社会の中で他者を共存していくには 摩擦を回避する方が生きやすいので

この社会の標準値を知っておくことは

とても役に立ちます。

そう、役に立てることができる

でもそれは絶対ではないんです。

法律で決められたことも ただ、そのルールを破るとペナルティがつく というだけのこと。

いくらやっちゃいけない と言われても、過失で越えちゃう時もある

また とめられない人もいるし、それを大事と思わない人もいる。

ただ、みんなのことを思えば 無理にしない という選択は『愛』なのでしょう。

この 愛 が大事です。 それは自分自身と世界を調和させる波動です

更に、愛の波動でいると 自分自身が幸福でいられます。

でも、ルールを守ることが 自分を裏切ることだったら 

その時は どうするか? 自分で選択できます。

なぜなら、私たちは実際 鎖で繋がれているわけでも 檻に入れられてるわけもないのですから。

ただ、この社会は 恐怖で縛られている ということはあると思います。

実際には存在しない檻や鎖のようなイメージ(悪い結果や漠然とした不安)に縛られています。

それは思い込み  もしくは 過去に経験した恐怖や痛みの幻影 です。

その実体はない鎖 が 存在しない ということに気付いた者から

鎖の無い生活になっていきます。

鎖が無いと 荒くれ者がうじゃうじゃいる無法地帯になると思っていますか?

あなたは 法律がないと ひどいことばかりしますか?

もしあなたが幸せを望んでいるなら そんなことはしないでしょう?

幸せでいたいなら あなたは愛を選ぶでしょう。

この世界を幸せに生きる基準は 愛だけで十分です。

他者を悪人のように扱うと その人は攻撃性や怒りをこちらに向けます

他者を善人のように扱うと その人はこちらに敬意を向けます

あなたが自分自身の愛を失っているとしたら それはとても損をしていると思いませんか?

 

もし、この社会に矛盾を感じたら

何が愛で 何が愛でないのかを しっかりと観察してください

真実が見えてきます

果たして 正義は愛なのか そうでないのか

それは立場で変わります。

正義は普遍ではありません。

愛は 普遍です

あなたの心の中にあるものは 愛なのかそ例外のものなのか

じっと見つめる時間が必要です。

あなたのために 愛を選択してください。

スイレン白 桜のはなびら

怒り

怒りは 人間の自然な感情です

犬や猫やその他の動物たちにもあります

自分に不都合な事や 危機感を感じた時、敵から自身を守るために威嚇します。

動物はその場で怒りは放出され、感情はほどなく終了します。

そのことでずっと怒っている 時間が短いと思います。

ずっとイライラするようなこともあるかもしれません。

体調が悪い時、体調の不快さと感情の荒れを混同していたり

体調が悪いために刺激してほしくなくて

周囲の存在に牙を剥きます。

「そっとしといてよ!」

嫌だと意思表示しているにも関わらず 踏み込んでこられると

噛みつきます。

意思表示していなかったとしても 噛みつくかもしれません。

「そっとしといてよ」 

人間なら言葉で伝えられますが、

大半の 人間は なかなかできていません。

元気なふりをしなければならないからでしょうか?

人間界はなかなか複雑です。

怒りを感じているのに 感じていないフリをしなければならず

感情を押し込めて無理に笑っていたり、

いい人のフリをしていると、

神経はビリビリと逆撫でされて 限界が来たら爆発!

でも爆発できるのはまだいいんです。 そこでガス抜きされてるから。

内圧が高まれば ガス抜き 起きますね。

それは自然です

ちょっと問題なのは 内部で異常発酵してて

外部の刺激が大して無いにもかかわらず

内側でどんどん怒りが発生してしまう時。

これ、カルマの仕業ですね。

この怒りは過去の感情の記憶です。

今起きたことは大したことではないのにカルマが反応して

かなり許せない、相当許せない、もう絶対許せない、鬼畜の仕業~!みたいに思えてくる。

反応に立ち合っちゃった関係者は身震いしてますね。

「うわ~っ、怒らせちゃったよ」

今は 本当は誰も悪くありません。

もしかしたら 前も誰も悪くなかったのかもしれません。

そう、ただタイミングが悪かっただけだったり、

うまくいかない ということが起きただけ。

うまく行かせることだけをコミットしているとうまく行かない事象に激怒してしまったり。

いえいえ、この世界は 思い通りにならないことを受け止める修行の場 みたいなものですから

うまくいかないなりに工夫する楽しさを見つけてください。

気が短い人は 世界が思い通りになる と勘違いしています。

なりません。

いえ、成る場合もあります。

にこやかに世界を信頼すれば あなたの望む世界に住むことになります。

怒りを 上手に浄化させて思い通りにならないことも良い流れに向けましょう。

あなたの余裕と笑顔が 大きな流れに合流します。

あなたが あなたのいる世界を調和させるのです。

摩擦は天に任せましょう。

その感情は自然です 解放されて昇華されます。

「そうかそうか、嫌だったね」と自我の私に言ってあげるのです。

共感力 他人にも自分にも使います。

愛ある目で見てあげてください。

みんな健気に頑張ってます

犬とヤギHAG

 

自粛生活

我が家では 日常の買い物は 夫の運転で車で行くのですが、

道路がガラガラで改めて驚かされます。

おお、自粛されてる~

みなさんがどれだけ真面目に外出自粛しているのか 尊敬します。 日本人はやっぱり真面目です。

私は元々そんなに人混みの中には行かないのと、現在注文制作追い込みで 必然的に引きこもり生活です。

どうかすると何日も玄関から外に出ないほど。

でも退屈とは無縁で、ほとんど仕事に追われています wobbly

引きこもり ではなく カンヅメ というやつです (苦笑)

描いている絵は、なかなか良い出来になりそうなので こうご期待です。5月中に仕上げたいところ。

ここ何年か 絵の制作にはあまり時間が取れないのが悩みでしたが、

コロナのおかげで 絵に没頭する時間が出来ています。

お陰様で徐々に 作品のクオリティが戻って来ているので

この調子で頑張ってみたいと思っています。

ただ、一人でず~と閉じこもっているのは苦手なんですが、

教室や瞑想会などで生徒さんが来て下さるのと オンラインで会話するので 

全然引きこもりな気がしません。 

徐々に自分に好都合な仕事環境が整ってきているのは 自力でコントロールしようとするのをやめたからではないか と思ったりします。

あれをしておかないと、これをしておかないと と 状況と格闘してジタバタしたり

自分が作ったルールに縛られるよりも 自由な方が ずっといいのかもしれない

私の場合は 真面目さを手放した方が流れがいいのかもしれないと思うようになりました。

何をどうするのがいいのかは 人によってそれぞれ必要な事が違う と思いますが、

常識にとらわれないことも大事 と思う今日この頃です。

なので、そういう感じで「それはこうした方がいいよ」「あれはああしたほうがいいよ」というような

具体的なアドバイスは 実は違うんじゃないかと思うことも多々です。

流れに任せるとか 本人に任せる というのは 自力やマニュアルを信じているうちはなかなか手放しにくいのですが

本当にそれは必要なのか? と そぎ落とすチャレンジも 実は大事だったりします。

何も掴まないニュートラルな自分で 「それは本当に必要なのか?」「やりたいのか?やりたくないのか?」と

ハートに問いかける しれが主流になる時代が これからやってくるのだと思います。

やりたい人はどんどんやって やりたくない人はやめてみる

それほど自由でいいんじゃないでしょうか。

自分にムチ打って 他者も責める なんてやりかたは そろそろ手放して

「なるようになるさ」「楽に生きよう」「あるがままでいいんだよ」

そんなやすらぎと共に生きたい 今日この頃です。

なんともならない という思い込みも手放してみましょう

今 ここに 安らぐと 本当になるようになる 

何も執着しなければ 必要なものだけ 残っていくのです。

必要なものは与えられる 

そう感じると この世界に感謝しかなくなるのです。

 

大昔の 洞窟で瞑想していたヨギたちは 何を感じていたのかしら

壮大な自由と 自分自身を受け止める豊かな時間

鳥の声と 風や雨の音 曇り空のグレーのグラデーション

塗れた緑の つややかさ。

豊かな自然は ただ沢山の愛を与えてきます。

今日も瞑想して そんな自然を感じてみましょう。

都会にいても 私たちは自然と共に生きているのです。

蓮葉の露

clover clover clover 

6月の1日瞑想会は、第1日曜日と第4日曜日の月2回あります。

人数を少な目で開催しますので 参加ご希望の方はお早めにお知らせください

自粛生活

こんにちは。

日本各地も緊急事態宣言が拡がって、自粛生活ですね。

不便に感じておられる方も多いかと思われます。

先日 ある方が ご不安な事も多いでしょうと

元気づけるおもしろ動画を送って下さって

動画はまぁ私が割と好きな方言動画でしたが、難易度が高かったので 面白いを越えてわからない部分が多々。

ここは現地育ちではないというハンデ(笑)

「大阪弁と京都弁と河内弁はいけるで!」 と 威勢を張ってみましたが (笑)

そや、最近 バレリーナ芸人にハマってるねん。

そんで、YouTube開いたら バレエ動画押しになってしもて・・・という状況です。

話題が明後日の方に飛んでしまいます。(関西ノリ)

いや、そういう話ではなくて、 ご不安な事でしょう というのが全くピンと来なかった というのが正直なところです。

コロナは、罹ってしまった方や ご身内をコロナでなくされた方にとっては 大変脅威であったことでしょう。

心中いかばかりか お察しいたします。コロナの影響で経済がひっ迫している皆様も多いので

早く終息してほしいですね ということは私も思います。

ただ、人間が必要な気づきを得て、意識が変わらないうちは

コロナや自然災害や その他諸々の試練は終息しない ということがわかっているので

私は 人々がむやみに不安がらないようにお声かけしたり

世界の流れについてご説明するのが自分の役目だとも心得ております。

なので、私のことを気遣ってくださった方が ご不安を感じていらっしゃるのだな と

どんなお返事をしようか と考えていました。

私の考え方ややり方は唯一の正解というわけではないし、それぞれに状況が様々なので

取り組み方は千差万別で当人にしかわからないことも多々あるのですが

要は、ただ不安がっても何も良いことは無い のです。

波動を下げることは一番避けたいことでもあります。

これまで通りの生活をしようと思ったら それは不便には違いないのですが

これまでの社会スタイルが行き詰ったのが今の世界なので

私たちは新しい生活スタイルを工夫して作っていく必要があるんですね。

それはこれまでのような画一的なスタイルではなく、

それぞれの好みや感性によってさまざまなスタイルで自分にあったものを選んでいく必要があるのです。

更に、それは誰かによって与えられるものではなく、

自分で選んでいくことでもあり、また

他者が必要なものは協力し、自分が必要なものは周囲の協力によって分配される という 信頼関係に基づく

協力、共存を意味するのです。

それは GIVE & TAKE のような取引ではなく

一方的に与え、また一方的に与えられる といった 全体の流れの中にいる という自覚によって成り立つ認識です

「どこかで人に親切にしたら、自分も誰かに親切にしてもらうことになる」という 引き寄せの法則と同じもの

でも、これは渇望の意識からしたら、与えられる時も渇望の意識のものになるので注意

一方的に与える無償の愛の意識が(かかわった時に)どちらも心地よい ということがわかります。

そして、

自分自身の身の安全 という事に関しては、

この体や健康に執着しすぎていたり、経験に良い悪いを持ち込むと 恐れが生じて「感染」などを憎悪したり恐怖したりするのですが、

この感染という現象もまた 人生の学びの機会ですので

自分にそれが必要ならば どう避けても なる時はなってしまうので 

自分の運命を受け止める という意識でおりますと

逆にかかるリスクが減ります。(その意識はすでに学びが済んでいる状態ですので)

自分と他者を比較する必要はありません

自分自身の体験を一つづつポジティブに変換して

工夫して暮らしやすくしたり 毎日を明るい気持ちにシフトアップする工夫が必要なのです。

あなたの生活を明るくするのは政府でも家族でも友人でもなく

あなた自身なのです。

先のことまで考えなくてもいいです。

これだけ予測不可能なことが起きる状況では先のことは考えることは不可能に近いです。

今日一日を気持ちよく過ごす、今この瞬間に微笑む

それだけであなたの生活は変わります。

今の波動は次の瞬間の流れを変えるからです。

自分がカルマの発振源でいるより 愛の発振源になった方がずっとハッピーなのです。

もし、あなたが置かれている状況が笑顔になるのが難しい状況ならば

必要な事は取り組んで下さい。そして少しでも深刻さは手放して息を抜いてください。

なるようになるものです。

(神様が判断した)必要のないものは 過ぎ去っていきます。

本当にあなたに必要なものが残っていきます。

愛あるものに相応しいあなたでいてください。

あなたと同じ波動がそこに残ります。

そして あなたは 本当に望むものを見つける時が来るのです。

試練(辛い体験、カルマの感情の体験)は 忌み嫌う必要はありません。

それは必要ならば起き、そうでなければ起きません。

あなたの心が平和でありますように clover

雪割草

助けが必要な時は オンラインセッション、オンラインカウンセリングをご利用下さい。

アトリエ霽月 オンラインセッション申込みサイト coubic

 

 

自分がすることを選ぶ

GWと母の日の浮かれ気分も束の間、

仏画教室と制作と表装の日々が戻っております。

連日の仏画への取り組みです。

(月)(火)の仏画教室は例のごとく写真を撮るミッションは完全にスルーされました。(T_T)

木曜日の表装研修は かろうじて最後に時間の余裕があったため撮影成功

表装研修

仏画の生徒さんがお一人、表装研修に加わったので

私は写真を撮る余裕ができました smile

表装のお師匠さんは 新しい弟子ができて嬉しそう 

楽しそうにご指導されていました。happy01

私の表装作業はこちら

弥勒菩薩 裏打ち

弥勒菩薩を再度描き直して裏打ち、増し裏までして乾かし中です

最初は難しかった表装作業も 6年も経つと随分手が慣れてきました。

この大きさはかなり難易度高め。

表装以外にも

今月は5月中に仕上げないといけない仏画がいくつかあり

忙しい月になりそうです。

急がない絵も何枚かあって 忙しいの好きなのか??と思うほど coldsweats01

そういうつもりはないのですが 

確かに退屈は苦手なので

何もすることが無い という状況になったことがないかも

ごくたまに 「特にしたいことがないんです」と言う方がいらっしゃいますが

その時間を私にください! と言いたくなります。

したいことがみつからない というのは、やりたいことをする ということがこれまで全然出来なかったか

もしくは、 やり尽くしたか・・・

そう言った知人の一人は、 感じることをシャットダウンしていました。

本当はやりたいことって絶対あるんですよ。 それに価値を置いていないだけなのかも。

何もしない っていうのも やりたいことかもしれませんし。

人の関心を引くようなことだけが価値ある事じゃありません。

その時々にやりたいことは常に変化もします。

 

日々は、

どうでもいいけどしないといけないこと(日常のルーティン)

気持よく過ごすために必要な事(お掃除とかお片付け)

生きていくのに必要な事(経済活動)

何らかの役割

興味のある事(趣味とかライフワーク)

リクレーション

などなどいろんなすることがありますが、

何に優先順位を置くかで毎日の気分は変わりますよね

ついつい「しなければならないこと」に忙殺されていませんか?

そこで疲弊してしまうと興味があることにも意識がむかなくなってしまいます。

まず 自分を休ませたり楽しませることをおろそかにしないで

積極的に取り入れてくださいね

自分に課している鎖は解いていいんです。

それで疲弊してしまっていると感じたら

放り出していいんです。

もうやめた!と宣言していいんです

それをしたくないと思ったら、

それをやめることが あなたのしたいことです。

あなたがすることは あなたにしか決められません。

してもしなくても 本当はどっちでもいいんです。

自由に選んでください。

そのかわり、他者の自由さも認めればいいんです

あなたが許すなら みんなが自由にできます。

 

今週末 瞑想者のための1日瞑想会があります。

まだ席がありますので 久々の方も、ぜひおいでください。

母の日

母の日、良いお天気でしたね。

福岡は緊急事態宣言を前に概ね出控え傾向ですが


ケーキを作るのが得意な次女が いちごが沢山のったタルトを持ってきてくれました。


みすずとのサムネイル画像

感激です lovely 苺山盛りイチゴタルト

イチゴタルトのサムネイル画像


次女が作るケーキは 甘さ控えめで美味しいのです。


お誕生日や 色々なお祝い事が楽しみになる という


みんなが幸せになる時間が幸せ と言う次女は幸せ上手 

heart01 happy01 heart01 happy01


どんな時も 幸せに生きる技 磨きたいですね!


誰かの笑顔で自分も嬉しくなって 笑顔倍増 shine


そういうところは私と一緒かな heart04


次女ちゃん、ありがとう~ lovely


小さな幸せを集めると 世界が幸せになります


私は毎日の幸せに何ができるかな?


一番簡単なことは やっぱり 笑顔ですね! happy01 heart04 happy01


深刻さは脇に置いて 笑顔になってみましょう


運気 急上昇ですup 

不安から離れる

悟り というものが 何が違うのか をちょっと考えました。

悟りに至ると、不安や恐怖から離れます。

恐怖は、過去に体験した感情 あるいは過去にイメージして感じた感情

不安は 未来にそれが来るのではないか という怖れ

その不安や恐怖というものは

過去や未来に感じているもので

今この瞬間にあるものではありません。

過去の恐怖を引きずっている場合

PTSDなどは本当に身体の方が反応してしまうのでなかなか厄介ですが 

そんな過去の記憶は癒すことで消えて行きます。

未来への不安

それはまだ来ていないことなので

実は対処することができません。

未来に対する備えが 無意味だと言っているわけではありません。

その備えが 恐怖に基づくものである必要が無い ということです。

未来に必要な準備はしておいてもいいのですが、

未来に不安や恐怖を持っていて 良い事など何も無いのです。

予測していてもいなくても

避けたいと願っていてもいなくても

起きることは起きるのです。

実際に起きないと対処できませんし、

準備した通り、予想した通りのことが起きるとも限りませんし

どれだけコントロールしようとしても

コントロールできないこともありますし、

それはやはり 起きてから対処するしかないこともあるのです。

起きる時は起きる。誰が悪いわけでもない。

その時にイライラして誰かを責めたり、

イライラに任せて喧嘩してみたり、八つ当たりしてみたり

それは事態を悪化させるだけなのです。

恐怖に支配されてはなりません。

本当に危機から脱出したいなら 冷静になってください。

冷静に 今起きていることを観察するのです。

不安なイメージを膨らませて、幻想や悪意を被せてとらえてはなりません。

あなたが 冷静で そして更に 愛を持っていれば

関係者は癒され、事態は平和へと向かうのです。

本当に平和を体験したいなら あなたの心の内を平和と愛で満たしてください。

あなたの内側が愛であるほど あなたの体験は愛に癒されて美しいものへと変わって行くでしょう。

どんなにこじれた事態も 愛は流れを変えるのです。

一見非力に見える愛を見くびってはいけません。

世界を救うのは 一人一人が内側に育む愛です。

あなた自身の愛です。

それはあなたを癒し、他者も癒します。

愛は 本当に地球を救います。

これからの地球は 愛なしに生存することはできません。

愛でないもの調和できず破綻へと向かってしまうからです。

愛でないものを憎む必要はありません。

憎しみそのものが 愛ではないものだからです。

あなたは いつでも 愛でいてください。

あなたが 内側の愛に気付けば、

それはもう枯れることがありません。

愛は無限の生命エネルギーなのです。

枯れてしまうものは 愛ではありません。

それはきっと犠牲でしょう。

愛は形あるものではありません。目に見えません。

人に自慢できるようなものでも、人と比較できるようなものでもありません。

ただ内側からほんのりあなたを温め、他者も温めます。

そんな体温のような愛を大事に育めばいいだけです。

他者の与えようと与えまいと

それはあなたの内側から外へ出たがっています。

怖れや不安を手放せた時

愛は 蓋されることなく あふれ出て来るでしょう。

あなたは愛でできているからです。

あなたの身体も魂も 愛でできています。

ピンクの光

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