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スタッフブログ

自分と向き合う時間

毎日が忙殺されております (反省

忙しさを手放す が 目下の課題ですが なかなか難しいですね(笑)

沢山の用事をしようとしたり、沢山のことを抱え込んだり

沢山のことをコントロールしようとしたり

すごく欲張りになっているかもしれません。

流れに任せる というのは ある意味 放っておくことだったりします。

明らかに やりすぎじゃないか と反省していました。

空回り感 余計なお世話 過ぎたるは及ばざるがごとしです。

放っておく というのは なかなか難しいのですが

気持を引き締めて 必要以上に手を出さない を チャレンジしたいと思うのでした。

子育ての頃を思い出しました。

親という役目をちゃんとやらないといけない と思い込んでいる時

子供にちゃんとさせたいと見張っている時(失敗させたくない時)

必要以上にコントロールしたくなっています。

自然の学びは レールを引いたらいけません

子供は 失敗をして感じて考えて学びます。

失敗も学びです。邪魔したら元も子もありません。

せっかくの失敗の学びに 「なんてことするのよ!馬鹿ね!」なんて言ったらいけません

「良かったね!このことがあって 次は気を付けられるんよ。失敗しなかったらわからないもんね!」と笑ってください

もし おかあさんがそう言ったら 子供はその失敗をプラスにできるでしょう。

でも、もし「バカ!」とか

「何度言ったらわかるのよ!ほんとにバカじゃないのっ!」って罵られたら、

自分が価値のない人間ではないと思える言い訳を考えるのに必死になってしまいます。

もしくはただ自己評価を下げたり、どうせできない と気力を落とすかもしれません。

成功とか失敗とか 上手にできるとかできないとか 目先の出来事で人を測るのはいいことだと思いますか?

長~い目で見たら 誰が成功者で 誰が失意の人になるかなど わからないものです。

しかも、一つの失意で 人生が終わるわけではありません。

それも貴重な体験なのです

一番残念なのは 何も体験しないまま 終わってしまうことです

歓喜したり 絶望してみたり 激怒したり 号泣したり

ドラマチックな人生もすごいですし

あなたの顕在意識が求めていることと あなたの潜在意識が求めていることが

違う ってことに気付くこともまた

とても興味深い経験です。

人間て ほんとに面白い生き物なのです。

観察対象は 自分自身、身近な人、それ以外も

深く見つめれば見つめるほどに 面白く興味深いのです。

自分の本当に気持ち 観てみてください。

あなたの本当に望むことは 何なのか 

その理由は・・・?

 

流れと共に

流れと共に というタイトルで、投稿したはずの文章が 公開になっておらず、あわてて再投稿しましたところ、本文が消滅していました。Σ( ̄ロ ̄lll)ガーン

 

復旧ならず・・・

 

orz

消えたブログ内容は ある方が体験された不思議な流れの話だったのですが、

たぶん、それは公開しない方がいい ってことなんです。

こういう文章消滅事故、私の場合何度も何度~も あるのですよね

出すか出さないか ちょっと躊躇するような内容で、

微妙だけど 言いたい、出したい 出しちゃう! みたいなときに

流れに止められる ってことがあるんです。

 

絶対 見えない誰かがやってる感 eye

誰なんだ、なんでだよ~~ 苦労して書いたのにぃ・・・

でも、、たぶん出すと良からぬ展開になったかもしれないものを

阻止してくれたのでしょう・・・despair

私には、 ユニバース、大いなる存在  もしくは守護霊 守護神などなどが

意志を持ってやってるとしか思えないのです。。。

それほど 限定されたポイントで起きる

ということで 

気を取り直して

流れの話・・・

書きたいことが山ほど なのですが

明日5時半起きなので タイムオーバー!また 日を改めて書きたいと思います。

このところ少々忙しくしております。

しばし お待ちくださいませ。

ブログで取り扱ってほしいテーマ、ご質問、ご相談なども受付ますので

そのようなことも お問合せフォームでご連絡ください。happy01

それでは また!  毎日を面白がってお過ごしくださいtyphoon


 

 

傷付くことは無い

誰かがあなたの期待通りにしなかったとしても

あなたが誰かの期待通りにしなかったとしても

あなたは 何も悪くない

また 誰かも 何も悪くない

期待どおりにしようとするのは なぜ?

それは 相手の承認や愛が欲しいから。

期待に応えようとするのは・・・ 愛されたいから

あなたを あなたのままで愛してくれない人に

愛されるために?

それは本当に必要なのでしょうか?

あなたが 本当に愛される必要がある人 というのは、

親?恋人?家族?友人?先生?上司?世間?

 

いいえ、

唯一 あなたが 愛されることが必要なのは

あなた自身からです。

これはあなたの人生が楽しいか 生きづらいか が かかっています。

あなたが あなたを大事に出来ない時

他人はあなたを大切にしてくれようとしても

あなたはそれを受け取れないのです。

全ての存在は 神にとって 愛おしいもの

なぜなら、全ての存在は 神の一部だから

生き物が喜ぶ時 神もまた喜ぶ それは共鳴です。

なので神は 喜んでいる者を喜びます

大事なのは 誰かが多く所有・独占する事じゃない

より多くの喜びが世界を震わすこと。

あなたが 幸せでいることを選択したら

あなたが生きたいように生きることを選んだら

あなたはあなた以外の人も 自由に幸せでいて欲しいと思うようになるでしょう。

ご結婚

真子さまと小室さんのご結婚決まりましたね。

おめでとうございます。

20代の若い時間を3年も待ち続けてお互いの気持ちを冷めさせずに

このようなバッシングの激しい状況の中を耐えて意思を貫かれたのですから

これはおめでとうと言って充分なのでは と 私は思っています。

天皇家の在り方とか 血筋とか 品位とか 世間や国民の納得とかいろんなことを取り沙汰して

今もずっと破談にさせたいと思っている方々はおられますが、

私は当事者であるご本人の気持ちや努力を思うと 

1人の人間として 自由を選択する権利がある と思ってなりません。

もし そのような自由が許されないとしたら、それは某独裁国家と同じ不自由な国です。

国際間の世間体や国民を我慢させて縛り続けるのに必要だということで

1人、2人の生贄みたいな人が作られるのでしたら

そんな国は 崩壊しても仕方がない という気にもなります。

私も かなり自分を曲げられることができない性格だったので

若い頃は大人や世間との軋轢で苦しい思いをしたことがありましたが

それは意地を張っているというよりも

生きることをやめられなかった という感じだったと 今は思います。

彼らに生きることをやめさせる権利が 誰かにあるのでしょうか?

彼らもまた一人の人なのです。気が付いたらそこに生まれていた

皆さんと同じです。

思いを貫くという事がどれだけ大変で大切か ということも体験したでしょう。

その経験が 魂を磨く試練なのです。

貫くにしても諦めるにしても それをできるかできないかは

本人の宿命の中に組み込まれています。

それをやり果せるだけなのです。

それは誰も止めることができないでしょう。

このことと、最終的に幸福になるかどうかは また別問題です。

それはご本人の生き方次第。

自分も他者も大切にできるかどうかです。

人が歩く道を 引きずり下ろす権利を 誰も持ってはいません。

どうぞ 好きにさせてください。

身分もお金もサポートも要らない、自分たちでするのでどうぞ放っておいて と願う若者を

解き放つ愛を持つのも 良いのではないでしょうか。

人は自分の気分や自分都合に合わないものを排除したり攻撃したがりますが

そのような攻撃はまた自分にも向けられることがあります

出す波動は受け取る波動でもあることを忘れないでください

 

攻撃性や非難が起きた時

問いかける言葉はこうです

「その時、本当に都合が悪いのは誰なのでしょう?」と

自分自身にもそう問いかけてみるようにしています。

誰かを非難する時

何が都合悪くて そうしたいのか 真の理由を見つけた時

この世の真実が見えて参ります。

 

あなたが尊重され 自由でいたいならば 他者の思いを大切にしてください

あるがまま受け止める愛 それは神の愛と同じです。

競争社会

現代は競争社会でしたよね。

え?なんで過去形で表現?って。

その時代はぼちぼち終わっていくからです。

これまでの時代、ほとんどの人々が 優劣をつけられ、努力や向上心を求めるよう教育されてきました。

そうしなければならないと真剣に思い込んできましたか?

ですよね。 受験勉強頑張りましたね (笑) coldsweats01

なにかにつけて 人より秀でていなければ自分を誇ることが出来ない不安と同居してきませんでしたか?

 

私は元々絵を描くのが得意でしたが、

それ以外に 特に取柄が無いと思っていました。

頑張って期待に応えようとしなければ誰も私を認めない って思っていたんです。

取柄だった絵だって、芸大に進学してみると自分より優秀な学生が山ほどいました。

誇れるものを失ったような気分でしたね (^_^;)

そこでは私は 大したことない存在でした。

努力して1番になるには あまりにも才能が足らないことを痛感していましたね。

絵を描くことが だんだん苦しくなっていたんです。

他のことに逃げました。結婚したり 子供を産み育てたり。

途中で ママ友から「出産することを選んだ時点で一流になるレースからは脱落よ」と言われた時は

かなりショックだった記憶があります。(まだ野心は消えてなかった模様)(^_^;)

 

自分が元気になれたのは 人より優れていようとするのを止めた時です。

話が下手 とか あがり症とか 人前に出ることはほとんど苦痛で

容姿に自信が無い(ほぼ醜形恐怖症だった)とか 

片づけるのが下手(だらしない)とか

そそっかしいとか マヌケ とか

夫の前でも 自分が嫌いになって

面白い事が言えないとか お金も稼げないとか 品が無いとか ガサツとか

その他にも書けないこと? 色々あったんですが

そんな足らない所を テヘペロして 

ごめんなさい、こんな私だけど それでもいい人仲良くしてください って思って

何も隠さなくなってから 

欠点もいつの間にか薄れて行きました。

そうよ、欠点やコンプレックスの無い人など いないんですよね。

全ての場面で合格点で内面も円満 て人  いたら会ってみたいですけど

これまで普通の人しか みたことがありません。

いえ、むしろ 自分の欠点を隠さず認めて限りなく平和なオーラの方が素敵shine

瞑想仲間はそんなグループshine

 

このところ 注目しているYoutube動画があるのですが、

神様がみえる子供たち というチャンネル

3人(4人?)のお子さんを持つお母さんが配信しておられるのですが、

その子供たちが 霊視 ができる と言うか 神様とチャネリングできるんですよね。

お姿が見えて話ができる様子

特に3番目の とき君 は、先日7歳になったばかりの男の子なんですが、

6歳までは 神様が(身体の中に)同居していたそうで 話す内容が 実に神様的なのです。

話を聞いていても なんら違和感が無い 真理。 

これ、ホンモノやん。

人間の意識のお母さんが 色々質問するのに その子供がそれに答えるんですが、

5歳6歳の拙い言葉で どストレートに真理を表現するので ものすごいシンプルなんですよ。

お母さんが 幼子の言う事に素直に耳を傾けて 受け止める方なので実現した配信。

自我の意識の常識バリバリな人が親だったら ほぼ病院か児童相談所のカウンセリングとかに連れて行ってしまいますよね。

とき君の話、実に興味深いです。 

9月28日現在の最新動画も衝撃的なのでthunder シェアさせて頂きますね!

神様が見える子供たち 神様に好かれる人

8分半ほどの動画です

旧時代のマインドは 悶絶するかも ですね~(笑)

過去動画もいくつか悟りの意識を伝えてますね。

すごくシンプルに表現すると、

 笑顔が大事なんですheart01

魂の琴線に触れたなら 他の動画も見てみてくださいね

 

悟り

悟り って どんなものだと思いますか?

もうわかっている方は それはこの世界の全て みたいに感じているでしょうか?

まだまだ 遠い憧れ みたいに思っておられる方は 

本当のことがわかったら Σ(・ω・ノ)ノ!ビックリ かも。

だって、探すものでも 追い求めるものでもないから

 

それはずっとずっと前から もうあったもので、それなしに生きていることは不可能なほど

当たり前 というより この世界の本質だからです。

 

どうしてそれが見えなくなっているか というと

人間が言葉を持ってイメージを操り 思考するから 

と、言われています。

考えることをやめれば それはずっとそこにあるから。

命そのものに気付く ということでしょうか?

 

それは 真剣に生きる とか 生きていることを全身全霊で感じている とか

生きていることを愛(め)で、楽しんでいること

最大限に今生を生きている っていうこと かな?

とらわれはもう要らないのです

なぜ そのとらわれを採用して 自ら牢屋に入っているのか。

思い込みと言うのはすごいものですね。突破するのにどれほどの勇気とエネルギーを使うでしょうか?

まるでパラシュート無しのスカイダイビングみたいに恐怖を感じます

そんな幻想。。。

思い込みを消す・・・ある意味 自我の死 なので 死ぬほど怖いのかも。。。

 

そうそう、谷川俊太郎の詩を 思い出しました

ちょっとご紹介します

 

生きる
谷川俊太郎

生きているということ
いま生きているということ
それはのどがかわくということ
木もれ陽がまぶしいということ
ふっと或るメロディを思い出すということ
くしゃみすること
あなたと手をつなぐこと

生きているということ
いま生きているということ
それはミニスカート
それはプラネタリウム
それはヨハン・シュトラウス
それはピカソ
それはアルプス
すべての美しいものに出会うということ
そして
かくされた悪を注意深くこばむこと

生きているということ
いま生きているということ
泣けるということ
笑えるということ
怒れるということ
自由ということ

生きているということ
いま生きているということ
いま遠くで犬が吠えるということ
いま地球が廻っているということ
いまどこかで産声があがるということ
いまどこかで兵士が傷つくということ
いまぶらんこがゆれているということ
いまいまが過ぎてゆくこと

生きているということ
いま生きているということ
鳥ははばたくということ
海はとどろくということ
かたつむりははうということ
人は愛するということ
あなたの手のぬくみ
いのちということ

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無くなって初めてわかる幸せ

ある時 「何が羨ましいか」の話が出て

ある人が「美人は羨ましいと思わないけど、健康な人が羨ましい」と言いました

「健康だった時は美人が羨ましかったけどね」 とも

喪失体験って 何のためにあるのでしょうか?

陰と陽 光と闇のコントラスト

それがこの世界ですね

お天気を見てみましょう

晴れと雨 どちらがいいでしょう?

どちらかだけ だと 大変です

死活問題です。

私たちは 失って初めて幸せを知ります。

そして 幸せを大事にする ということを学びます。

負の体験は無駄ではありません。

失ったものは戻りませんが

今あるものを大切にすることは出来ます。

 

年齢ですが、

今のあなたは 今後の人生において

一番若いあなたです。

これから経験できる一番若い時を

どんな風に生きますか?

 

今も過去もない

あなたの命を 眺めてみてください

あなたは何かを意図してもしなくても生きています

生きている時間を大切にすることは

今 あるものを喜ぶことではないでしょうか?

失って知る 大切なもの それは何なのでしょうね?

失う前に気付くと喜びや幸せが増えると思います。

いずれは全てを手放す時が来ます

今 あるものを 活かすも捨て置くも あなた次第。

無いものを探すばかりの時間は惜しいです。

あるものを謳歌しませんか?

この世界(現象界)の流れを 楽しんでみましょう

 

与えられるもの

ユニバース(神)は我々にいろんなものを与えています。

まず この体

五体があって五感があって それ以上のものもあったりなかったり

それから 環境 体験 出逢い

これらの移ろいゆくものは 『ご縁』て呼ばれています。

私たちの今生という魂の旅に必要な要素がたっぷりと用意されています。

私たちの自我の意識にとって

好ましいもの 好ましくないと感じられるもの が あります

でもそれらすべてが 与えられた宿命で

私たちはその材料を駆使して 今生を楽しく旅できるのです

「え?全く楽しくないんですが? 親はひどくて 出来事もひどくて 何をしても邪魔が入って、、これまで散々だった!」 と言う方

この世界には ある意味 裏 があるんですよ。

裏 っていうのは言葉的にどうかと思いますけど、

要は 目に見えていない 深い所の暗黙のルール いや、法則

それを 子供の頃に教えてもらえる環境にいる人と

教えてもらえない環境で育つ人とがいるんです。

教えてもらえる人 というのは

親御さんや 育ててくれた人が この世の原理をよ~く知っていて

そのことを日々 折に触れて 子供に優しく教えてくれる人だった時、

それは言葉だけではなく 愛と言うエネルギーでも伝えてきます。。。

そんなところで育った子供は この世の法則を当たり前のこととして

自然と調和して生きる ということができます。

たぶん、縄文時代の人々 とか、ネイティブアメリカン とか

ハワイの先住民族、など 長い時代を自然と調和して生きてきて民族はそのことを良く知っておられます。

でも、問題は 強烈なエゴを持ち込んで 調和を荒らしてしまったり

人間の欲望を煽ってお金へ依存しだしたころから この世の物質は

貪りの対象になってしまったのが 現在の地球上で起こっていることです。

今の世界のシステムはすごいですね。

購買意欲を掻き立てるために あらゆるテクニックが駆使されますし、

不安を煽ったり、戦争をしてカルマを増やしたりして

お金が動くのに都合のいい世界の構造を作っちゃった人がいるんですよね。

これは1人の人がやったのではなくて、

人間のエゴ 集団のカルマ。

満たされない思いのカルマが憑依しています。

これまでの世界は 貪りが主流の世界だったと言えます。

でも、もうその循環は終わりにしたいのです。

なぜわざわざ不幸な状況を好んで取り入れるのでしょうか?

それは「知らない」からです

人間は不思議です。

大変知能が高い生き物で経験値を積み上げて文明を発達させるのですが

本当に大事なものが抜け落ちることがあります

言葉を操ることでイメージも操れるので

集団で催眠術をかけられたみたいに 価値観を共有しますが

現代の資本主義社会では経済が素晴らしいものだと思い込んで その中で勝者になろうと取り組んでいる

貧困への怖れから 自分以外の貧困を創り出す ということにあまり疑問をもたずに?

来世はそこに生まれるかもしれないのに?

「来世なんて信じてませんけど?」 って、本当にあったら

その時は改心するかもですが。

まぁ、どう解釈して何を選択するかは自由なんです。

この世界では。

で、法則通りの現実を見て 学ぶ。

こういうやり方で生きて この結果 何世代か長いスパンで時代を味わいますよね。

他者の人生も参考にしていいんです。

自分が出来ないことは 他者が担当してやってくれますし。

 

本当に大事な事って なんだと思いますか?

壮大な宝探しみたいです。

ヒントがどこにあるかわからない宝探しを人類は続けているんでしょうね

応えはすぐには出ません

一つではないかもしれません。沢山の種類の宝がありますから

 

あなたの望むことと 与えられるものが違う ってこともままあります。

皆 人生をかけて 答えを見つけるんでしょうね

早く見つけると 残りの人生がとても豊かです

カルマは解放されて消える

本日23日秋分の日

秋らしくなってまいりましたね。

そして、本日は木曜日恒例のオンライン瞑想会がありました。

マントラをお持ちの方のためのオンライン瞑想会です。

伝授を受けて ELM瞑想及びフルフィルメント瞑想のマントラをお持ちの方はご参加頂けますので

ご参加されたい方は アトリエ霽月までお問合せください。 

 

今日は瞑想前に カルマの解放についてお話しさせていただきました。

カルマは過去のネガティブ感情の記憶で、細胞の中にあります。

カルマは 解放されてなくなります。

自分が感じることは 必要があって出てきていますので

それに間違いや良い悪いというものではありません。

ただ、蓄積されたエネルギーが 何らかの表現をしながらでていくのですが

素直にストレートに出る場合は パッと出てスーッと抜けていく

割とスムーズな感じで 時間も短いです。

でも、その感情を出したらダメ ということにして

フタなどを被せてしまうと(ルールで禁じてしまうと)

出て行こうとするエネルギーは隙間をみつけて 形を変えて出ようとします。

歪んだ感情 屈折した感情 が それです

いじめなんかはとても屈折していますね。

大人の前ではいい子や優等生を演じないといけない とか

大人に対して 口答えや反論ができない とか

本当の思いを否定される というようなことが続くと

思いは屈折していきます。

抑圧された感情です

そんな 抑圧だらけの環境で

本音を封じて 素直な感情を見せられずに 生かされていると

大変生きづらいです。

感じちゃダメ と 自分の感受性を否定され続けて

感じることができなくなった人は 生きていることが虚しくてしかたありません。

自分が何を感じているか 分からなくなってしまうことも多々あります。

その人らしさは まるで地下牢に閉じ込められているかのように

脱出する術が見つかりません。

どんな風に感じるかは 他人が決めることではありません。

自分自身が感じていることが あなたの感情です

それは 良いも悪いもありません

それ なのです。

自分の気持ちを否定せずに あるがままに認めることができると、

苦悩は徐々に薄れ、目の前の出来事に どう対処すればいいかを

考えられるようになってきます。

対処の方向性はいろんなものがありますが、

もし あなたが 今後平和で幸せな体験を望むなら

あなたは あなたが愛でいることを選んでください。

他者がどう在るかは他者の選択なので それは自分が決めることはできません。

あなたが選ぶことができるのは あなた自身の在り方です。

嫌なことがあると、最初は ショックだったり、不快だったり、悲しかったり、怒りを感じたりします

それが解放です。痛みや発熱なども解放です。 暴れたりするような破壊的な衝動も解放ですね。(破壊の神シバの担当です)

それらは 外部にとばっちりや被害者をつくることもあるかもしれません。

誰かを傷つけると カルマを解放すると同時に新たなカルマを作ってしまうので気を付けてください。

カルマのエネルギーは 生き物でないものにぶつけましょう。

解放の仕方に困って 抑圧されたエネルギーを

攻撃や 非難や 否定や 疎外 などで出してしまうと厄介です

あなたが人に投げかける波動は あなたが受け取ることになるものです。

最初にあっちから来た からといって

あなたから同じものを投げかえしたりしないようにしましょう。

(無意識にしてることも多いです)

外から降ってきたカルマの矢は地面に落として終わりにしよう

ここで投げ返さなければ終わりになります。

我慢 というよりは 場所を選んで解放します。

発散とか表現でその爆発的なエネルギーは出てくれます。

火山も小噴火で小出しにすれば大爆発にはならないですから。

 

最初に 正直な気持ち  「あの野郎、超ムカつく!」

怒りを 認める   「そうだ、私は怒ってる」

理解して受け止める  「あんな事があったのだから 無理もないな。そりゃ腹立つよね」

共感する  「気持ち、わかるよ」「怒るのは自然な反応だよね」

労わる  「嫌だったよね。よしよしヾ(・ω・`)ナデナデ」

相手に対する理解  「あちらも追いつめられてたんだろうね」「疲れて余裕がなかったのかもよ?」「たぶん事情を知らなかったんだよ」などなど

私が逆の立場でもそんな風にしたかも・・・

あるがままを受け止め、冷静になれた時 はじめて 

どうすればいいかを考えます。

本当の調和、本当の愛 は 全てを癒して 摩擦を消してしまいます。

感情的なうちに行動を決めない。 冷静になるまで答えを出さなくていいのです

少し待ってみませんか?

流れを観察してみましょう

流れは常にバランスを取り続けます。

人間の都合ではない自然の調和を取ります。

とても大きな力で。

自然は 自然でない歪みを 摩擦のあるものを取り除こうとするのです。

あなたが 自然と同じ方向を向く時

世界はあなたの追い風となります。

カルマは順当に終わっていきます

カルマが残っていると嘆く必要はありません。

もし あなたが先祖が残したカルマをとても沢山引き受けていたとしても

カルマを解放して終わるごとに あなたは祝福を受けることになります。

そう、引き受け損 なんてことはないんです。

この祝福は どんな形でやってくるでしょうか?

それはわかりません。

でも、慶び事であることは確かです。

私が見たものとしては

お母さんがカルマを手放すと 子供がすごく良い成績を取ってきたり

進路が開けたり、超ラッキーなことが起きる というパターンと

ものすごく幸せな気持ちになる 愛を受け取る というパターンがありました。

病気が快復する というのもありましたね。

でも、その結果は当事者には選べないので ぜんぶサプライズなのです。

そんなことあるわけない!って思っている人、

その期待通りになりますから安心してください。

いや、私はラッキー来るよ! そう思っている人のところに

流れはやって来ます。 流れを止めるのは 思い です。

無理に祈らなくていいです。

不思議なもので、執着のエネルギーが入った途端 遠ざけてしまいます

何なのでしょうね? 不思議 執着は ちょっと臭い匂いでもするんでしょうか??

コツを得た人は 全部 神任せ です。

あ、神というのは ユニバース のことです。この世界そのもの

全体の流れはあるものが流れているので その中で生きている私たちは

好ましいものも好ましくないものも 選り好み出来ない部分があります。

これまでに人間が沢山溜め込んだゴミは 微生物が分解してくれる以上の自然淘汰される仕組み以上のものは やはり散らかした人間が掃除する必要があるでしょう。

人間は、汚すこともできるし、お掃除することだってできるのです。

あなたは 自分の身体を どう生かしますか?

ゴミ製造機として生きるのか 空気清浄機として生きるのか

どちらだって選べます。(この場合のゴミは波動のことでもあります)

身体が動く動かない とは別問題だったりします。

身体が動くなら 積極的に体を使えばいいですが、

動かない人には別の役割があります。

身体が動く人を応援する係です。

手を添える のではなく 心を添える 

感謝ですね。shineshine
 

この世界のしくみに 無頓着であることは 

せっかくの嬉しい事を取り逃している 感じ?

そんなの知らなかった~~!! っていうのが現代人ですから

知ることはとても大事なんですね。

 

もし 「どうやって感謝なんかできるんだよ!annoy」って人がいたら

⇓ この動画を聞いてみてくれませんか? 何か思い違いが見つかるかもしれません。(12分の動画)

神様が見える子供たちが話す 病気の治し方
 

無理をすることはありません

あなたに出来ることは沢山あるのです。

身体が動いても動かなくても 

何か持っていても 何も持っていなくても

あなたに出来ることは 沢山あるのです。

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