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スタッフブログ

気付いて欲しい事・枠の外側の世界

先にお知らせです。

9月のオンライン瞑想会、日程を追加しています。

前回のブログを訂正更新していますので ご参加されたい方はご確認くださいませ。

 

さて、本日のブログ

ノンデュアリティ・非二元を説く 心理セラピストの溝口あゆかさんの投稿をシェアさせてください。

悟りの本質を深く理解された方です。

私たちの世界観、私たちの認識 というものは 実はとても狭くなっている  ということに気が付くまでは難しいのですが、

気が付いてしまった人にとっては、もう狭い世界に戻ることはできません。そんな窮屈すぎるところに戻りたいなどと思えないですから。

何がそうなのか? ということには 枠を出るまでなかなかわかりませんが、

溝口さんのお話は 抽象的なものをとても的確にとらえていて 上手に表現してくださるので 伝わりやすいです

皆様もぜひご一読ください。

この世界観が掴めますと 悟りは近いですね。

まだわからなくてもガッカリしないでください。

そのうちわかるようになります。

 

あゆかさんの投稿をシェアいたします。Facebookに入っていない方もぜひお読みください

 

https://www.facebook.com/hisako.notsu/posts/3328845037154490

 

溝口あゆかさんは イギリスと日本を行き来しておられて両方の国でセラピストとして活躍されています。

私がEFT療法を知ったのも、あゆかさんのお話を聞いたからでした。

「悟っても(心の)傷があれば痛いものです。

痛みは癒すしかない。それに効果的なのが EFT療法」

そうです。そしてELM瞑想も。

EFT療法とELM瞑想、アプローチは違いますが 両方とも癒す効果が大きいのです。

EFT療法はフォーカスしてカルマをあぶり出して意図的に排出する手法

ELM瞑想は 無意識化の負のエネルギーを排出して 自覚のないまま 負のエネルギーが抜けていきます。

トラウマが強烈な方は 解放が痛みを伴うので、

局部的な治療としてEFT療法が痛みを取り除きます。

この効果は体験してみてとても不思議でした。

封印していた感情が 具体的に出てきたり、

止まったり、消えたり しました。

効果が大きい分、扱うセラピストの経験と技が物を言うと思います。

私はこの手法は割と得意なんです。

瞑想をお教えしていく中で カルマの解放が強い方にはお薦めしています。

人が幸せになるために制限など作る必要はありません。

私たちの精神は 宇宙のように広いものなのですから。

決して言葉などにもとらわれないでください。

真理は言葉では言い表せません。

それは 体感でしか知ることができないのです。

 

とらわれない体感

限りない自由と 広大な意識

そこにあるのは 愛 です。

 

溝口あゆかさんのブログ ⇓ も ぜひご覧ください。

オープンアウェアネスダイアログのサムネイル画像

 

認識のない世界は 最初は戸惑いますが

だんだんわかって来ると、大変面白いものです。

恐怖が剥がれ落ちる時が

あなたの新しい誕生日となるでしょう。

今を生きる

9月のオンライン瞑想会

26日はオンライン瞑想会でした。

お忙しい中ご参加くださいました皆様、ありがとうございました。

瞑想の話をするのは 私もとても楽しい時間です。

 

毎回21時開始ですが、少し早めにルームを開いています。

参加者さんが集まるまでお喋りしつつお待ちして、

21時過ぎ 参加者さんが揃ったところでみなさんと一緒に1回瞑想をします。

22時になったら 一旦区切りをつけて、その後は自由参加のQ&Aタイムです。

22時半くらいまでご質問にお答えしますので、疑問や不安がある方はぜひご活用ください。

対面カウンセリングだと5000円かかりますから 利用して下れば幸いです。

今月はこのスタイルで行います。

基本的に無料ですが ドネーションをしたい という方があれば、最後に記載された口座にお振込みいただけますと

大変励みになります。(決して強制ではございません)

 

このオンライン瞑想会は 瞑想習慣をもっと楽しく続けることが目的です

どんどんご活用ください。

瞑想は、一人でするよりも複数の仲間と一緒にする方が 瞑想の波動が大きくなります。

どうやら瞑想の波動は 共振すると拡大増幅するみたい。

私は深い感覚になりやすいです。

実験的にしていたオンライン瞑想会、

更に回数を増やしてみようと思います。

 

9月の予定は、

5日(土)21時~

9日(水)21時~

15日(火)21時~

23日(水)21時~

30日(水)21時~

を予定しています。

今月は各日20分前くらいから待機していますので 接続に自信の無い方は早めにお入りください。

21時までは雑談タイムです(笑)

音声の出し方などが分からない方は、zoomのチャットで文字でコミュニケーションが取れます。

それもわからない場合は21時まででしたら、ラインやFacebookのメッセンジャーで対応できます。

zoomは、慣れたら簡単です。

 

zoomの登録は パソコンならこちらのサイトから ⇒  https://zoom.us/

スマホは zoom アプリをダウンロードして登録を済ませて下さい。

パソコンの方がより臨場感があり電波も安定するので GOOD です。

無料で使えます

 

未経験者向けの瞑想音楽を使ったオンライン瞑想会は希望者があれば開きますので、

オンラインでされたい方はご連絡くださいませ。 初開催は 参加費無料でしようと思っています。

 

何分にも アナログ人間がウロウロしながらパソコン操作しておりますので、

暖かい目で見てやってくださいませ。 (;^ω^A

実は参加費の管理(マメな対応)も 苦手とするところ。。。

 

ドネーションを と言って下さる奇特なみなさまありがとうございます。

どうぞこちらの口座にドネーション頂けましたら 大変喜びます。

ゆうちょ銀行 記号17460 番号76465631

(他行からの振り込み)ナナヨンハチ支店 普通 7646563

 

真我の気付きは 教えに触れることも大きな一歩となります。

枠を超えて 新しいとらえ方を取り入れてください。

瞑想教師が ガイド役を務めさせていただきます。

 

1日瞑想会ELMワンデイリトリート は 9月20日日知曜日です。 

席数に制限がありますのでお早めにお申込みくださいませ。

満席になりましたら 9月中に2回目の1日瞑想会を設けます

 

好きと嫌いの科学

好きなもの、きらいなもの、

それは、、、好いたって嫌ったって どっちでもいいんですよ。

嫌いたいなら 嫌ったっていい。ダメってわけじゃないんです。

 

でも 嫌いなものがあると嫌な気分になりますよね。嫌ってる本人が嫌な気分になるんです。

そしてその嫌な気分を向けられてる対象も 嫌な気分になります

それが自分自身だとしたら ダブル嫌な気分 shock shock

他人が嫌いなだけでも嫌な気分なのに? 嫌な気分になりたいのか?

なりたいのかも・・・。。。???

 

相手のせい というより、これは嫌っている本人の問題だったりします。

あなたが見る世界は、あなたが意味を持たせて作っている世界観なのです。

どんな世界で暮らしているかを、自分自身が意味付けして作っている。

 

「意味がわからないわ!」と思う方もおられるかもしれません。

自我の視点から見るだけだと 意味がわからない。 全く別次元からの視点で話をしています。

ここ(意味について)を突っ込んで話すと長いので これはちょっと置いておき 話を進めましょう。

 

なぜ 嫌いなのか?を分析してみます。

生理的にキライ なんて言葉がありますが、本当は理由があります。

娘が父親を邪険にするホルモン的な理由もあるでしょう。

それは生物学的に守られたDNAの情報です

DNAは感情の記憶も保持しています。

心の奥深くにしまい込んだ原因 瞑想者たちはそれをカルマと呼んでいます。

過去にそれでとても辛かった体験 あるいは過去世で苦しんだ痛みの記憶

先祖の業、強く刻み込まれたルール DNAに乗った情報の一つでもあります。

それらは反応として身体に染み込んでいて、その記憶にまつわる事柄に拒否反応を作ります。

嫌だ と決めたことに反応しています。

これは嫌だと思う理由が消えると 消滅する反応です。
(理解と体験でDNA情報も書き替えられます)

 

自分が嫌い  と思っていたのは 思い違いなんです。

欲しいものが手に入らないのは この自分のせいだ と思っていたでしょ?

違います。

自我のマインドは手に入らない理由を探しだそうとするんです。

でも、理由なんて1つじゃない。

別方向から見れば、

それは まだあなたのものになる運命にはなかった。

それはあなたの下から去る宿命だった

それは あなたがカルマを解放するための体験だった

それはあなたにとって 大切な学びの過程だった

とも言えます。

そして どんなにそれを留めておきたかったとしても

執着するものはあなたから離れていきます。

悲しいことに執着が強ければ強いほど、去ってしまいます。

去るものは愛で見送ってください。

それらが行きたがる方向に自然にさせておきます。

それが調和の流れです。

目の前に在るもの それは全て流れの中にいます。

あるがままにさせておいてください。

あなたがどんな理由や正当性を持ち出したとしても

大いなる流れは止められないし、あなたが発する波動次第で

周囲のものは流れます。反発するもの、引き寄せられるもの。

それは自然の法則通りです。

それを知らずに文句を言ったところでどうしようもない。

 

本当に望むような現実を求めるなら

この世界の波動と流れ、エネルギーバランスを無視してはできません。

あなたは 宇宙の法則をご存じでしょうか。

フラクタル渦巻き

 

次回へ続く

 

 

自分が嫌い と思ってしまう方へのメッセージ その3

 
みんなが既に持っている命、生きているということが、
実は素晴らしい奇跡なんだ!と体感した時に 本当の幸せな生き方がスタートします。 

頭での理解ではありません。 体感です。 命のエネルギーを感じること
それは感動的に幸福です。

カルマの感情に埋もれている間は それを実感することは難しいかもしれません。

実は、これに気付くには、
一度命を失いかけて 「死にたくない 」 を体験するととても分かりやすかったりします。
「死ぬかも?怖い!」 という恐怖で カルマが一気に解放されてしまうからでしょうか。
あれやこれやの欲なんかが吹き飛んでしまいますね。
 
今あるもの、多くの人はそれがずっと当たり前にありすぎてありがたみを実感出来なくなっていたりします。
無いから欲しいと思うわけで、ずっとあったものなんて 欠乏感ないですから 大事とも欲しいとも思わない
無くて困ったことなどないですものね。
すでにあるものは、得ても「やった~!」 という高揚感はえられません。
すでに持ちすぎている人の苦悩は、
困ったことが無さ過ぎると マインドはすることを失って どうでもいいことでもしたくなる
欠乏感探しを始めます。
多くのもの、富とか名声とか権力とか、すでに手にしてしまった人が 人生が面白くなくなる ということを言われるのを聞いた時、
なるほどな と思いました。
なんでも願いが叶ってしまうと 生きてても  あんまり充実感が無いけど?って思っちゃう。
その手にしたものがすぐにでもなくなりそうな人は 違います。
必死でなくさないように努力し続けなければならないかもしれません。
執着が強ければ恐れも強くなります。
かなりのエネルギーを要します。
 
普遍の幸せ は 失うことはありません。
存在を謳歌し、死ぬことが無いという確信と共にあります。
(肉体は滅びても魂は死にません)
 
現世において、
幸せを感じる基準は 人様々なので どの状態がベスト という具体的な形はありません。
全てはバランスですので あなたはあなたの丁度いいところを探す必要があります。
それは他人が判断するものではありません。
 
丁度良い というところが見つかっていない方は
今までのとらえ方や生き方や行動をちょっとずつ変えてみていいと思います。
あなたが信じているものが本当にあなたを幸せにするのか?
よーく観察してくださいね。
 
愛から来るものと 執着や欲から来るものは エネルギー(波動)が違います。
 
欲は 自分には多すぎるエネルギーを集めてしまい、あなたはその維持に疲れ果てます。
執着は 過ぎ去るものを留めておこうと 流れと格闘することになります。
流れに逆らうのは大変な事。
 
あなたが あなたに丁度いい幸せを作り出せる行動に変えますと、
嬉しいことが増えてきたり、人から優しくしてもらったりが増えるので 
毎日はとても幸せになっていきます。
波動が因 で それによって現れる状況が果 という因果の法則を利用します
因は行動だけではありません。
気持ち すなわち 波動が大事なんです。
 
これまでの価値観は 何者かになることや今より向上することを求められる社会でした。
でも、それはもう時代遅れです。
今は、物質的に発展途上ではありません。これ以上発展して どれだけのものを維持しようというのでしょうか?
多く持ちすぎることは苦しみに繋がります。
旧時代の価値観を握りしめていると、摩擦だらけになってしまいます。
だから断捨離が流行っているのですが。。
 
シンプルは身軽です。
波動を基準に生きますと
何者にもならなくても幸せに生きていられます。
今日一日の幸せを自分で作る。
それが明日の幸せにつながります。
結果はあとからついて来ますから、とりあえずは、試してみてください。
体験しなければ何もわかりませんから。
 
 
条件付けしなくていい  と、開き直って下さい。
長所短所や得手不得手は、それぞれ個性がちがうので、みな、千差万別のものを持っています。
人が持っているものを羨ましく思ったりしますが、
自分はその人にないものを持っています。

自分の長所って、当たり前にありすぎてありがたみが無かったりします。
他の人にも普通にあると思い込んでいたりしますが
そうではありません

人(マインドの意識)は常に自分の足らないところを探したがります。
そういう自我の心の仕組みがあるからです。

欲張らなくても幸せになれます。
むしろ、手放せば手放すほど自由で軽くなり、幸せは舞い込みやすくなるんです。

これを実践していきます。

何が来るかを神様(ユニバース、大いなる存在)に委ねてみましょう。
ユニバースは 信頼を寄せる者の期待に応えます

「私は幸せになります。」と宣言して下さい
ユニバースは必要なものを寄越してきます。
流れが全てを整えていく  ということが起こります。
(最初はスパンが長いので気長にね)

この奇跡を見たとき、生きてるってホントに面白い!!と思うようになりますよ。

疑いながらでもいいので、(笑) ちょっとそれを半分信じてみて下さい。
あなたの意識は世界を変えます
スピリチュアルの世界へようこそ!
 
あなたが 宇宙です
白い仏陀




 

 

 

 

 

自分が嫌い と思ってしまう方へのメッセージ その2

このままの自分ではダメ、何かが足らない と感じているのは
過去の悲しみと怒りの感情であるカルマ、あるいは 愛の欠乏感 です
その時に充分味わい尽くせなかった感情
これは、満足を味わい尽くせなかった のではなく、
絶望を味わいつくせなかった時に起こります。
絶望感を回避して身の上に起きたことから逃れたい と思ってしまうことで起こります。
そう、誰にでも起きてしまう可能性があります。
 
受け止めきれなかった現実、これでいい と承認されない不安感を引きずっています。
涙が枯れ果てるまで味わい尽くさなかった悲しみ
エネルギーが出て来なくなるまで怒り尽くさなかった怒り
逃れることが出来なかった出来事を受け止め
怒り悲しみ尽くして 再び立ち上がる という課題がまだ済んでいません。
終っていないネガティブ感情は 内側に残り、
 
ずっとその時のことが続いているかのような錯覚にいますが
実際は、もうそのことは終わって過ぎ去ってしまったものなのです。
今ではないもの。過去の出来事の幻影です。
 
過去の心の傷の痛みは、癒す他ありません。
忘れようと思っても傷むものは傷みます。
 
傷の痛みは 傷が癒えて 消えていきます。
 
「まだ痛いし!それに、それがまた起きたらどうするの!?」
 
それは、
また起きるかもしれないし起きないかもしれません。
 
あなたが期待していれば(あるかもしれないと思えば思うほど)
起きる可能性は高まります。
引き寄せの法則をご存じの方には今更ですが、
避けたいと思うイメージも 逆に来てしまいます。
 
 
過去の苦い思い出、
あれはあの時たまたま起きたことです
なんらかのカルマ、自分以外のカルマが発動しただけ
そう
たまたま、このカルマを被る宿命だった
 
真相はなんでもいい。
もう、それが起きることを期待するのはやめにします。
過去がなんであれ、これからの私は幸せを創り出す名人になるのですから。
 
内側に潜んでいるネガティブイメージは
瞑想がお掃除を進めていきます。
なので、あるものを無いものにするフリもしなくていいんです。
瞑想で自然にそれはなくなります。
そう、時間をかけて カルマは消えていきます。
 
あなたに何度でも言います。
あなたはもう大丈夫です。
あなたに必要なものは与えられる。
あってもなくてもどうでもいいものは動きませんが
あなたに必要なものが与えられるのです。
今のあなたに丁度いいものをユニバースがセレクトして寄越しているのです。
 
「これが?」と思うあなたは今 この体験によって学ぶことがあります。
学びが停滞すれば次のステージはスタートしません。
 
あなたに必要な学びは何なのでしょう?
 
この答えは とても抽象的ですが、
それは摩擦が教えてくれます。
カルマの摩擦があるところを手放して癒していくことで
流れがスムーズに流れていくことができます。
言葉にするとしたら、 
カルマの摩擦を手放し、あるがままの真の愛を知る 
 
これがどんなものか は 体験がないとなかなかつかみどころがありませんが、
でも、本当はどの魂もそのことを知っています。
 
 
私も、あなたも、何もかも 全てひっくるめると
この世界は 今の状況で全体が丁度よく調和します。
そのようなバランスを取る世界で生きているのです
個体にとっては、好ましい事もあれば、好ましくないこともある 
全てを包括した世界に生まれたのです。
全てを自我が要求する好ましい事だけに変えることは不可能です
自我の要求は際限がありませんしね。
 
では、満足ポイントはどこにあるのか?
それは、これで良しのハードルを下げることです。
 
自我の意識は納得しないかもしれません。
自我の願望は最後は失望する経験をします。
思い通りにならない世界で生きているからです。
 
屋根のある家があって雨にぬれず、
帰れる家がある
今日、飢えていない。
冷蔵庫に食べられるものが入っている
お布団で眠ることができる
 
生きていくのに足らないことはさほど多くはありません。
 
うんと先の事なんてわからないもの。
心配で弱るよりも起きてから全力で対応する
起きた時は状況がはっきりしてますから あまり迷いません。
 
今 この瞬間をどんなふうに幸せだととらえるかは
あなた次第なのです。
 
すべては あるがままで良し。
あるがままに生きて良い
思い込みから解き放たれる時
条件付けには  関係なく、存在を愛する  ということが出来るようになると、
真我の愛 という素敵な感覚を 全霊で実感するようになります。

日輪

その3へ続く・・・

 

 

 

 

 

自分が嫌い と思ってしまう方へのメッセージ その1

自分が嫌い!という方にお会いして、お伝えしたかったことを書きます。
 
そのお気持ち、私にもよくわかります。
かつて、私も自分が大嫌いだった時期がありました。
14歳くらいから35歳くらいまでがそうでした。
 20年て!(笑)
しかもその後数年も 「さほどでも」 という程度でした。coldsweats01
スピリチュアルの宇宙の法則を知るまではね(苦笑
(ああ、なんともったいない年月!)(苦笑)
(いやいや、20年そこそこで済んでよかった!)(笑)
一生で終わらない人もいますからね coldsweats01
今生で終わらなければ来世持ち越しです。(持ち越し組、来世がんば!)
 
自分が嫌い
その中にはまり込んでいる時は、なかなか抜け出し方がわかりません。
ひたすら生きづらい。
一番近い存在で、離れようもなく、ずっとキライな人と一緒にいるなんて 
幸せになるのはずごく難しそう・・・。
 
そんな大キライな自分自身のことを考えると心が千々に乱れますよね。
だんだん混乱してきて どうしたらいいかわからなくなってきます。
結論の出ない問答を繰り変えすような。
なぜこの人(自分)は理想の人になれないのだろうか?
 
ちゃんとやろうとしているのになかなかできなかったり、
制御不能のことが出てきたり、不本意な病気になったり、
運命を呪いたくなるばかりです。
自分が嫌いな時の心理は、
ほんとに息苦しい感じ。頭で処理しきれなくなって
なんだか とても狭い所に立っているような
隠れたいのに隠れる場所がないような 
かなりやるせない気分の日々です。
 
そんなところに落ちこんでいる方、
本当におつかれさまでした。
もうそんな勘違いに苦しめられる日は終わりです。
 
自分を嫌っている理由が、
無意味なものだと知れば、嫌うことはやめる他ありません。
 
肉体は魂の乗り物  と言われますが、自分が乗っている車(乗り換え不可)が嫌いだと、旅がずっと嫌なものになってしまいます。 

 
乗り換え不可な自分の乗り物がポンコツに思えて
他者の車はあんなにカッコイイのに
私のはなんでこんなのなの? とイライラ
そんな楽しくない日々にどうしてはまり込んでいるのか
解説してみます。
 
かつて、
否定された記憶は トラウマになっているものですね。
 
子供の頃、お母さんの期待に応えようと一生懸命がんばってみたものの、
お母さんは、他のことで頭がいっぱいで こちらを向いてくれなかった とか
お母さん自身もなにかとても高い要求水準で 
自分に対しても 子供に大師っても 人並み以上の成果を得ないと満足できない方だった とか
理想形になることが幸せを掴む条件のように思っていたのかもしれません。
お母さんも何らかの強いコンプレックスがあってのことでしょう。
何か誇れるものに 飢えているんです。
コンプレックスが強い人ほど、必死になって 圧を強く出してきます。
弱さに比例して 恐れが攻撃的な反応を創り出します。
得られないことは自我のアイデンティティの死を意味しますから
必至にならざるを得ません。
これらのことが意識下で起こります。
必死な反応は衝動として起こり抵抗し難いほどの圧で噴き出して
自分を追い詰めます。
 
それは、お母さんの親、おばあさんやその先祖たちがずっと引き継いできたものかもしれません。
それ以外でも大人からのカルマの呪いに傷ついた過去があったかもしれません。
カルマはチェーンのようです。
これを家族連鎖と言います。
 
でも、その傷の縛りはあなたで終わりになります。
 
そもそも
条件をクリアすることがが幸せになる方法   ではないのです。
 
この体は、今生を過ごすのに自分で選んだ身体と宿命だったのです。
この体で幸せになる方法を見つけ出すのが今生の課題です。
 
多くの皆さんが、条件に満たないことが満足でない理由だと思い込んでいますが、違います。
みな、満足でない理由、幸せでない理由を 現在の条件のせいにすり替えてしまっているんです。
 
これは、条件をクリアしてしまうと、どうやらこれが原因じゃなかった  と気付きます。
いくら条件を手に入れても、幸せが持続しません。
問題は次々に起きていくし、理想の状況はなかなか持続しません。
いとも簡単に手に入ってしまうほど、感動はそれほどでもなく
だから余計にクリアしにくい条件を取り込んで
幸せでないことに納得しようとしているのかもしれません。
 
条件は、手にいれたその瞬間としばらくの満足でしかないんです。
 
では、何が私たちを幸せにするか?  ですが、
ここが悟りのポイントですね。

長くなりそうなので 次回に続きます
 

 

 

 

 

ライブペインティング

8月22日

福岡市中央区にある 圓應寺の 光姫忌 という法要イベントにて

ライブペインティングを奉納しました。

ライブペインティング

今回の画題は、お寺を立てた方 黒田光さまです。

黒田光

先のNHK大河ドラマでは中谷美紀さんが演じておられました。

黒田官兵衛の正室です。

黒田官兵衛さんは側室を持たず、光さんお一人を生涯大事にされた とか。

戦乱の世ですごい運命にもまれながらも

純愛は いつの世にも美しいですね。

お寺に残る光さまの肖像画は晩年のものなので

円応寺

出家された後ですが

黒田光

今回のライブペインティングでは まだ若い頃を描いてみました。

時代考証とか 着物の着方とか

大名の妻たちの生活を 色々調べました、

黒田家は 質素な生活を守っていたようですので あまり華美なものは着なかった けど、

スラッとして美しかった光さんを想像して素敵な女性像ができました。

 

今回のライブの制限時間1時間でしたが 色付けまでできて良かったです

円応寺

終っていくカルマ

ELM瞑想の特徴で、意識の深い部分、無意識層の浄化が顕著に現れる ということがあります。
特に深い悩みをお持ちの方、自分ではなかなか意識が変えられない という方の深層心理の浄化 トラウマからの解放などに 大きな効果を上げます。
苦しみの多い方は 今生に多くのカルマを解放する という宿命がありますが、このようなタイプの方は瞑想を始めた当初にわかりやすく解放が起きことが多いのです。(瞑想の伝授を受け始める前に解放がきつくて来られていることも多いですが)


今日はそんなカルマの多いタイプの瞑想初心者の方へのアドバイスです。

順調なカルマの解放が始まっています。これはラッキーです。やっと苦しみから解放されるルートに乗った ということです。


苦しさは、封印していた過去の感情で、解放する瞬間に表面を通過することで 感情を感じる ということが起きます。

それは一過性のものなのですが、抵抗して出さないようにするとダラダラと長引きます
それらは見ても全く問題ありませんし、むしろ、出て行っている量がわかりやすいので 正常に浄化がすすんでいることが確認できます。


元々、ネガティブ感情は味わうことによって手放せて行くものですから 通過するものを見たり感じたりしても慌てないでください。
それらは避けるべきものではなく、感じて終わっていくものです。
最後の一絞りがでるまでは、「まだあるよ~(~_~;)」  と感じてますが、本当に無くなった  と感じる時が来ますので心配ご無用です。

感情が解放されていくにつれ、客観的な捉え方や、赦せる  という気持ちが代わりに入ってきます。 

このことに抵抗をしなければしないほど スムーズに終わっていくのです。
この負の感情を終わらせることができるのはあなた自身だけですので、元々カルマの多い方はちょっと頑張りどころかもしれませんが、
もし、苦しくてキツい時は 教師がサポートいたしますので どうか心配なさらないでください。
避けるよりも 越える方がずっと簡単で楽なのです。

越え方にはコツがあります。

抵抗したり出来事をコントロールしようとしないでください。

自分自身の思いや感情もコントロールしなくていいです。

ただ、何が起きているか 観察し続けてください。

不安ならばそれを教師にご報告ください。 その道を一緒に歩き あなたの瞑想とその効果をサポートします。

歩くのはあなた自身ですが、一緒に歩く人がいると心強いものです。

みなさん共通の体験も多々ありますので その道行きも楽しんでください。

カモメ

あるがままの私

あるがままの私 って どんな私だと思いますか?

自分に無理をさせられない というあなたは 

かなりあるがまま かもしれません。

理想があっても理想でない自分

そんな自分に無理をさせて理想的な自分でいるのは

かなりあるがまま ではない でしょうね。

でもそうじゃない自分は嫌い 

そんな風に思っている方は

なぜ理想でなければならないのか?

その理由をよく見てみてください。

いつの間にか 理由なんて分からなくなっていると思うけど、

そこには理由があるのです。

「そうでないと愛されないから」 というのが 大きな理由の一つかと思います。

そうでなくても そうであっても、

他者からは、愛される時は愛されるし 愛されない時は愛されません。

自分が この人 と思った相手から

それが 異性であろうと 同性であろうと 親であろうと、

相手の愛が大きければ愛されますし、そうでなければ愛してくれないかもしれません。

愛することが苦手な人から愛されようとするのは すごく難しいことです。

更に、

愛されたいと願うあまり、愛されている事と、執着や依存されていることを混同してしまいます。

 

本当は 他者から愛されるかどうか というのは、そんなに大きな問題ではないんです。

というのも、愛を求める というのは、自分自身を愛せていないことを

他者からの愛で補いたいという心理からくるのです。

自分のことを愛せている人は 他者からの愛はそれほど重要ではありません。

あれば嬉しいけど なくても大丈夫 なのです。

必須 ではなくなります。

そして、あるがままの自分を愛することができるようになると、

他者のあるがままにも愛を向けることができるようになります。

みんな 自分自身を大事にしていい ということがわかるからです。

いえ、みな、すべての存在は そのままで尊い ということを

全身全霊で感じることができると

この世界中の全てを愛をとらえることができます。

私も私以外のすべても 区別することなく すべてが尊く、

ありとあらゆる自由が与えられていることを知ります。

良く見えることもそうでないことも

本当は良いも悪いも無いということも。

ただ、存在が いろんな体験をしているだけだ と。

 

あなたも これまでの人生で いろんなことを体験して

そしてこれからも いろんなことを体験するでしょう。

そのあらゆる時を あなたは自由に選択していくのです。

何かにとらわれていても とらわれていなくても

 

もし何か(の思い込み)にとらわれていたとしたら、

それをやってみて 結果を体験するでしょう。

そして、今度はどんなことを体験してみたいかを また選ぶのです。

 

あるがままの自分を愛する ということを

やってみたいと思いませんか?

 

とてもハッピーになれます。heart04happy01

あるがままの世界を愛するようになると

不幸を体験できなくなってしまいます。

 

やってみたい と 思う方は

ぜひ 瞑想を始めてください。

瞑想と意識の愛の変容 サポートさせていただきます。

あなたの中のとらわれが瞑想で外れて行きます。

何がとらわれだったか に 気付く体験も なかなか醍醐味です。

 

瞑想者 という生き方 なかなか楽しいものです。 

すごく奥が深いですからね shine

精霊を送る

京都の五山送り火、今年の様子が京都新聞に大きく出ていたようで

動画も見ることができました。

写真をクリックすると動画ページを見ることができます

 

大文字2020

 

例年の華々しさはありませんが、京都の人々の精霊を送る思いが込められていて感動的です。

私達人間は 小さな自我の視点からは 物事の表面的な一面をとらえがちですが、

感じる ということを多く使うようになってくると 物事の本質や

内側、裏側にある波動やエネルギーを感じ取ることができるようになります。

内側で自分の体験や感覚を通して 共鳴できるようになるのです。

共鳴ですので、その波動を体験している方が同調しやすいですから

経験値の高い人の方が共鳴は楽です。

 

ただ、カルマの感情がいっぱい詰まっていたり、強烈なエネルギーを持っていたら、

内側の波動はその感情で一杯一杯になってしまうので、

外側の波動に共鳴どころではなくなってしまいます。

内側にあるカルマの強い波動だけが同じ波動に反応して

それに焦点を当ててしまいます。

強いカルマを持っているポイントだけが目に着くのです。

かつての可哀相な自分と結び付けて強く同情してしまう とか 感情移入 

してしまいます。

この世界にあるその部分しか目に入りません。

「なんてひどい世の中なんだ!」

「私やその人を苦しめるそれ(対象)が許せない」

「ひどいものを排除したい!」

という気持ちになります。

 

平和運動、例えば 反戦運動をされている人の中で この

過去の否定から来る 排除したい気持ち が アクションの原動力になっておられる方々の多くは

この 過去の苦しみを まだ手放すことが出来ていません。

この場合 強い否定感が常に伴い、戦いモードになってしまうので、

このタイプの人々の周辺には 怒りの感情 いさかいや摩擦が起こります

平和運動をしているのですが 心は平和ではありません。

「こんなひどいことがあるうちは、私の心は平和にはなれない」

と思っていますが

実はちょっと違っていて、心の内にある心の傷がある限りは 私は平和になれない というのが本当のところです。

もちろん、目的を達して問題が解決できた時は達成感があるし、満足します。

でも

目の前の問題が 解決して消えた時には 次の解決すべき問題を探して またそれに取り組み始めます。

「これがあるうちは 私の心は平和にはなれない」ポジションを取ります。

本当にキリがありません

このタイプのカルマを抱えている方によく見受けられるのが

同じ志の者 同志の間でも よく摩擦が起きます。

基本的に闘争的です。

怒りのエネルギーが常に同居しているので仕方ありません。

傷付きやすく 怒り易いのです。

活動家の方々の全員がそうだ とは言いませんが このタイプの方は多いです。

怒りのエネルギーや 闘争 が内側にある時は

常に環境が戦いの場 になっていきます。

反戦運動をしているのに、常に戦ってしまっています。

実際は 嫌悪する対象を排除しても 安心しません。

気になる問題は次から次へと現れて なかなかなくなりませんし、

現世はずっと不公平で平和ではない世の中が続きます

この世界は平和も平和でないことも沢山そんざいしています。 常に。

平和でない場面

これは そのご本人がフォーカスする世界観なのです。

これを見る時、(気になって仕方がない時)

ヒリヒリとした心の傷を癒すことが第一の課題です

 

本当の平和を 手にしてほしいと願ってやみません。

本当の平和は 外側にあるのではなく、

あなたの内側にあり、

その内側の平和が あなたの周囲に具現化するのです。

心を平和に。 

本当の平和運動をしてみませんか?

精霊も それを見守ってくれています。shine

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