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子育て

反抗期?

SNSのみなさんの投稿を見ていると時々しばしばとても好い事が書いてあって嬉しくなります。

ある方の投稿で 「反抗期って子供が親に逆らう時期、ではなくて、親が子供の成長に抵抗する時期なんですね」って書いてあって、

あ~、そうよ、そうそう。って笑いました。

私も子供の成長の際には抵抗を感じる時があって、

自分のやり方が受け入れてもらいにくい時とかに「う~む」と「どうしたらいいのじゃ」と困惑する事がありました。長女次女共に高校生の頃ですね。

当時の私は丁度、『あるがままにさせておく』という取り組みをしていたので

ああしろこうしろ と口を出すことを必死にガマンしていました。

と言っても しばしば 自分の考えを言ってしまうようなことはありましたので

これはジッと見ていたら、ぜったい言ってしまう と思いましたので、a

あまり見すぎないように頑張っていましたね。

小学生の間は まだ幼いので生活のルールなど、いろんなことを教える時期だと思いますけど、

中学高校になって来ると(若いですが)もう子供(児童)ではないので

自分で考えて行動させる、自分のすることに責任を持たせる ということをしていました。

これは、この頃、私も自分の仕事を再開する取り組みをしていたので家事や子供の世話が行き届かないということも一因でしたが、

子供のすることに口出しをしすぎて良いことなど何にもない ということは分かっていたので

放っておく というよりは、いろいろ娘たちに頼む ということをしていました。

一番最初は、してもらうことは 逆に手間がかかったりします。

やり方を教えたり、ちょっとの労力だけで出来るようにお膳立てしたりと下準備がかかりましたからね。

でも、子供自身が自分たちの生活を自分で回せるようになる ということは大人になって行く上で大事な事だと考え、親がなんでもやってしまわない ということが私自身にも必要でしたので頑張りました。

そんなこんな経過があり、長女が大学2年の頃、私はチェンマイでの2ヶ月の瞑想教師コースに行ってしまうのです。

当時の最初の夫は 家事をしてくれる人ではなかったのですが、娘たちが食事を作れるようになっていたので 大丈夫だ と思ったんですね。

何事もなく平穏無事?というわけではありませんでしたが(笑)

私は途中で帰らされることもなく 瞑想教師の資格を取って帰国しました。

2011年のことです。

正直言うと、私は子育ては苦手だったんですね。

子供が大好き とは言えなかった。

私の母はずっと「子育ては大変だ。子供はすごく手がかかって親の自由はなくなる」なんてことを私に言って聞かせていたので、小さな子供は苦手だったんですよ。

でも、実際に結婚して産んでみると、それはそれは可愛かった。

確かに子育て、超寝不足になりますし「え”え”~っ」って言うほど大変な時期もあるんですが、

手がかかる時期ほど 子供って可愛いので、これはしんどさもチャラだな なんて思った。

ただ、自分の性格に問題を感じていましたので、充分覚悟してかからないと ちゃんと育てられないかもしれない って 危惧してたんですよ。

なので、ずっと家に籠って子育てだけする ことは避けました。

保育園に預けて仕事をしたんです。

そのくらいの時間が自分には合っていたと 思いますし、

子育てが上手な保育士さんに預けることは 安心の一つでもあったんですね。

担任の先生は素晴らしい方も「ん?」という方もおられましたが、

多くの子供たちと関わりながら育った娘たちは とても健全に育ってくれて

私はそれが一番幸せなことだと思っています。

何かに抜きんでていようがいまいが、

大きな欠点があろうがなかろうが

その個性を持って 自由に羽ばたいて欲しい 成功も失敗も 自分の意志で選んで

人生を味わい尽くしてほしいのです。

私自身がエゴが強い子供だったので、そもそも人の言う事をあまり聞かない方なので

親が言う事を聞かそうとしたら余計に悪いことになる ということは分かっていました。

反発していた頃は わざと言われる事と反対のことをしていたこともありますし(ひどいshock

私のことを勝手に決めるな!って思ってたんですね。

嫌な事は絶対できないし、納得しないで言う事を聞く ってことはあり得ない という

超面倒くさい小賢しい子供で、(-_-;)

いや、まだ親とのバトルが あれだけだったのは 辛抱強いいい親だったんじゃないか って ほんと思いますよ。coldsweats01

子供は思い通りにしようとすればするほど、反抗します。

自分が生んだかもしれないけど、別の魂だ ということをしっかり理解した方がいいですよね。

成功や安全だけがすばらしいこと なのではないのです。

特に若い魂、いろんなイレギュラーを味わう時期なので 

揉まれた方がいいです。

決して枠にはめないであげてください。

世間に出れば それなりに頭を打って 角が取れて行きます。

 

そう、角が取れないと生きづらいですよ。

そのとんがった エゴというトゲトゲで他者を攻撃したり、自分がヒリヒリしたりして

守ろうと思えば思うほど生きづらい。

枠は首輪のように自分を締め付けます。

自由は、物理的なものではありません。

あなたの意識が自由かどうかが大事です。

目をつむって、世界を感じる時、無限に広がれる自由さです。

 

どんな物理的不自由があろうとも

魂が自由ならば あなたのストレスは霧が晴れるように取れて行きます。

本当は自由だった 制限を設けていたのは 私の意識だった。

誰かから言いつけられたかもしれないそのルール

採用するもしないも あなたの自由なのです。
 

あ、法律?

それは、法律の場合は、破るとペナルティーがある というだけのことです。

ペナルティーあるなら 引き受けて自由でいればいいんじゃないでしょうか。

私はそう思っていましたね。

どういう結果であろうとも なるようになっていくものなのです。

あなたの意識が 愛である限り、あなたの周りには愛しか集まりません

愛じゃないものがあったとしても 愛に戻って行けばいいだけなのです

 

子供にそう教えたかったんですね。

伝わっているのかどうかわかりませんけれども 

自由で素敵な大人でいてください。

マーガレット

子供の反抗期はおめでとう

三ヶ日が終わり 今日からお勤めの方も多い事と思います。

良いお正月を過ごされましたか?

我が家は 去年あたりから温泉にハマり出した夫と年末年始 元旦から温泉ドライブでした。

温泉マニアとしては最高のお正月 (笑)

その昔、自分の実家は商売をしておりましたので 一時は年中無休だったこともあり

正月行事はかなりいい加減な家庭でしたので 自分も正月の流儀は疎いのですが

最初の嫁ぎ先が出雲地方の伝統を踏襲していましたので 実は島根流は割と知っていたりします。

でも お正月の風習というのは 地方地方で随分違っているのですよね。

ここ福岡ではまた違った慣習があるようですが、あまり詳しくは知りません。

12月に 時間の余裕があったら またいつかそう言う事も習ってみたいな と 思ったりします。

今年は 今の主人の実家流のお雑煮を初めて作ってみました。

関東風で千葉の『はば海苔』という海苔を入れるのだそうで、夫がそれを取り寄せてくれました。

御出汁はカツオを使いましたが、鶏肉を入れます。白菜や大根、青菜、ニンジン、焼いたお餅

器にこんがり焼いたお餅を入れて汁と具材を盛り、食べる時に海苔を入れます。

ここで気が付いたのが、その『はば海苔』、島根の板わかめを同じ味でした。

はば海苔は近年手に入りにくくなっているそうなので、板わかめで代用できそうな気がしました。

あ、それと乾燥岩海苔も入れましたが美味しかったです。

伝統食も良いものですね。いろんなところのお雑煮、食べてみたいものです。

 

さて お風呂に入ったり食べたり と ゆっくりしまくり のお正月だったので 
ブログに書くようなテーマが なかなか思い浮かばなかったのですが、

今日は1日 妹の通院に付き合っていたので 子育ての苦労を1日がかりで聞いていました。

自分の所はもうすっかり子育ては終わり、むしろ子供に説教や心配をされる立場なので

すっかり忘れていましたが、(^_^;)

思い出しました。子供をどう扱ったらいいかわからず悩む というお母さんの悩み。

そうですよね。小さい時は一心に守ってやろうと我も忘れて 子供の世話をしてきて

気が付くと子供が反抗的な態度。

お母さんは悩みます。。。「なぜ?あんなに可愛くて素直だったのに?」とか思ったりして。

いろいろ、子供の欠点や足らないところが目について 心配でたまらない とか

そのままじゃいけないから 口うるさく言って改善させる とか。

そんな取り組みに四苦八苦したりして。。。

 

子育てがすっかり終わった立場から言いますと、

欠点を矯正する必要はありません。

口うるさく言うのは逆効果。

その時は従っても 子供に自我と力がついてくると覆されます。

お子さんに反抗期がやって来たら、

「ああ、よかった~~!うちの子はとても正常に成長してるわ~」と 喜んでください。

反抗期は遅くてもいずれ来ますし、来なければ外に出せなかった負のエネルギーが内側に籠って
あまりよろしいことになりません。

なので、すごく生意気な口をきいたり、反発してきたら、

「おおそうか、お前もそんな口が利けるようになったんだね。」

「じゃあ、そろそろ自分のすることに責任を持つ ということをできるということだね」と

何か責任を持つ仕事(家事もしくは自分の世話)を一つさせてあげることにしましょう。

口出しはされないけれど、結果の責任を取る ことです。

何か責任を持つ のは 大人の入口です。

最初は失敗したり できなかったりすることも多々あるでしょう。

でも、結果には責任を持つのです。

自分のことを自分で出来なくて自分が困る というのが一番いいでしょう。

人間 困らなければ成長しませんから。

それに、困らなくてしない という選択がある ということも 親が受け入れる必要があります。

しなくて困るのは親だけ な場合 子供はしません。

当然だと思いませんか?

親のために何か頑張ってくれている時は ありがとう って言いましょうね。

もし、お母さん、お父さんがそれを言えなかったら 子供さんだけにありがとうを要求してはいけません。 それは とても理不尽なこと だからです。

 

そうそう、子供は親の言う事はあまり聞きませんが、

親のする通りにします。

もし 親御さんが子供さんにどんな風にかなって欲しい理想を お持ちなら、

その理想通りに生きてみてください。

その生き方は見習われます。

本当に、そんなことまで真似しなくていいのに ってくらい

親のする通りに子供はします。

なので、もし 子供に不満を言いたくなったら、
自分がこれまで何をどんなふうにしてきたかを思い出してみてください。

自分ができないことを要求してはいけないと思いますし、
特性が違う場合 パートナーさんの特性を受け継いでいる場合もありますし、

違いを認めることができるかどうか で、

親御さん自身がお子さんにどれだけ大切に思われるか も 決まって来るのだと思います。

何が大事 なのかは 個々で違いがあるので、何が大事とか 何ができるかは問題じゃありません。

自分自身を愛し 他者を尊重したり 愛したりできるかどうかが

本当に互いを大事にし合える基本なのです。

個の価値観にとらわれていては この世界は見えません。

本当の幸せは あなたの生き方が作り出すものなのです。

見え方や物質にとらわれているうちは 表面的な悩みは尽きません。

あなた自身の 本質の愛が どこにあるか を探してみてくださいね。

見えなくなっていたら それが悩みの原因です。

新しい時代

自粛が緩んでボチボチといろんなものが動き始めていますね。

福岡県では北九州で早速コロナが2次発生しているようですが、子供のクラスターではほとんど無症状なようです。
静かにコロナの抗体が子供たちの身体に出来ているとしたら、

進化が進んでる ということですね。

大人は子供に敵いません。

新しい人類 と言えば、

最近Facebbokで繋がっているお友達が凄い!ニュータイプのアーティストが出てきた!と動画をシェアしていたので、見てみたら 度肝を抜かれました。

すごいJazzセンスと演奏テクニックの青年ミュージシャン(若干22歳)

藤井風(ふじい かぜ)くん、
藤井風

『何なん』 で昨年シングルデビューされたようですが、

youtubeを検索するとなんと中学生の頃から音楽動画を配信してる。

中学生とは思えないハイレベルの演奏 
更に、デビューの曲の『何なん』て、ハイヤーセルフのことを歌っているんだそうなwww

キターーーーーー ヽ(・∀・)ノーーーー という感じです(笑)

もう面白すぎる。。。

 

漢字の書き取りとか 計算問題とか 体育とか 歴史の年号とか 

もうほんとにどうでもいいです。(笑)

(藤井風くんの成績のことは全く知りませんが)

英語がペラペラなようですが、これも楽曲のために勉強したとか?

もう集中力が半端ないので もしかしてアスペルガー系かしら? と思ってしまうほど。

 

そう、世間では摩擦を起こしがちなアスペ傾向のみなさんは、ほんとすごいんです。これはほんとに才能です。

人と同じにしなきゃいけないなんて 誰が決めたんだ~ と叫びたくなりますねぇ、

絵描きもですが、人と同じに絶対できなかった人種の一人といたしましては、

個性がそのまま個性として認められる世の中になって欲しいと思うんです。

「ああ、あの人はそうだね」だけで済んでしまう。。同じになんてできないですよ。強制はもう暴力に近い。

そのためには、まず先生やお母さんはお子さんを良い子に育てようと思わないでください。

子供は愛情をかければ、自然に良い子に育ちます。

ほんとに。テーブルマナーを完璧にできるより、ボランティアしてみたいと思う人であってほしい。

何をしてればいいか じゃなくて 何をしたいか です。

もしテーブルマナーとかが必要な立場になったら、その時 習えばいい。

(私がちょっと苦手なのは そういう社交マナーを心得ていない人を田舎者扱いしたり、見下す側の方々で、どうも話が合いません。)

若い人たちは 自分がそうしたい時に後先考えずに動ける人になっていいと思うのでした。

摩擦起こしても、砕け散っても、そこから優しさを芽生えさせるような

熟成した大人になってください。

壁はぶち破るためにあるんだ。

新しい人類を応援します。good

 

感情というお天気

前日の話題の続き、自立と自信  

これは最初からあるものではありません。
小さな子供の頃、まだ自我が芽生えるまでは 怖れを持っていません。
警戒しないといけないものとそうでないものの区別もつかないので、怪我をすることもあるでしょう。

当の本人はそんな記憶も残っていないことも多く、苦労するのは親の方です。

親は子供を護りたいという本能がありますので必死で子供を保護しますね。

これは自然な親子の愛情ですが、行き過ぎてくるとちょっと質が変わってきます。

親たちは心配したり、フォローが大変なので、子供の行動を制限しようとし始めます。

子供が痛い思いをしないように と 思っていますが、キツく制限をかけて子供と摩擦を起こすことも。。。(反抗期は子供にとって自然な成長です)

実際は、自分がオロオロ あるいは イライラしたくないため という理由でコントロールしようとしてしまいます。

子供がオイタしないように、脅かしたり怖がらせて 行動を制限してコントロールを図ったりします。

これはあまりよろしくない方法です。

子供の無意識の怖れを助長してしまうのです。その後の人生を長く縛ってしまう恐れになってしまうことも多々。

小さいな子供は、大人のような反応ではないので、

その場では、手や足を引っ込めて良い子になったように見えますが、

実際は 心に大きな怖れを刻んでしまっていることも多いのです。

ですから、大人の都合でコントロールするのに 脅かすのはやめましょう。

本当にしてはいけないこと(命に関わること)以外は、制限しなくていいように、

環境の方を整えます。

子供が自由に暴れまわって大丈夫なところで子育てしてください。

特に幼児期、大切です。

怪我をするものを子供の手の届かないところに置く

壊されると困るものは触れないように仕舞う など。

子供がいけないことをする のではなく、

子供を制限しないといけない所に置くことが問題です。

制限は必要最小限に限ります。体験ができないことは とても残念なのです。

失敗して泣くのは 当人じゃないか!? と思われるとおもいます。

そうです。泣かせてください。

子供が泣くことを止めないで ください。

子供は泣くのが仕事です。あやすこともいいです。慰めることも。

一番いいのは泣き止むまでただ寄り添うことです。

わがままで泣いていたら 放っておいて大丈夫です。

思いっきり泣いて感情表現ができて育つと、分別(ふんべつ)のある人に育ちます。

充分泣けなかった人はちょっと気の毒です。

心の奥底に悲しみの残りがそのまま残ってしまいます。

 

上手に育ててもらえなかった という 大人の皆さん、

頭を抱えることはありません。

これは 大人になってからでも残りを出してしまうことは出来るのです。

瞑想(特にELM瞑想はパワフル)で、これらの感情は昇華されていきます。

さらに手放すには

子供も大人も カッコ悪いとか言わないで 泣きたい時は泣きましょう。

思いっきり泣いて 泣き疲れるまで泣いてしまえば、心は空(くう)になっていけるのです。

しっかり泣いてしまえば、

泣くことに気が済んだな という感じになって 凛とした気持ちが立ちます。

そして世界がクリアに見えてくるのです。

怒りは悲しみと同列にあります。無抵抗なら悲しみ、抵抗するパワーを持っていれば怒り となります。

それらのどちらも 自分が感情と向き合い、しっかり味わうと、抜けていくものです。(他者へはぶつけません)ただ、それがある ということを認めてしまえばいいのです。

 

あるがまま 自然体で生きることは

あなたの心を真っ直ぐにする ということです。

 

たとえ、自分の中に曲がった心を見つけても、自分を責める必要はありません。

それはこれまでにやり残してきた心の圧迫が作り出した歪みです

それがある ということを受け止め、自分の苦しさを受け止め

苦しい自分を労わりましょう。(いままでよくこの感情と一緒に頑張ってきたね、おつかれさま)

耐えられない感情の嵐も 過ぎ去れば静けさが戻ります。

止まない嵐はありません。

お天気は日々変わります。

 

自然体でいてください。

 

誰かが機嫌が悪いのは 誰かのせいではありません。

お天気は変わるものです。

天使の梯子

子供

子供 って 天からの授かり物ですね。

預った親は責任感と愛情で胸がいっぱいです

私自身は 普通のお母さんとはちょっと違っていて

アーティストなんてものになろうとしていたので

子供を欲しがることを自分にさせていなかった ということもあり

子供を産むのは 自分の望み というわけではなかったので

長女を妊娠出産した時は なんだか不思議な気分でした。

それに、自分が子供の頃から、母が「子育てなんてしんどいことだらけ」

「子供がいるから自分は自由にできない」なんてことを言うものですから

子供を持つことはそれほど憧れにはならなかったんです。

で、子供を産んでみたら 確かに大変ではあるのですが

もうメチャメチャ可愛くて仕方ない に変わりました。

「な~んだ、可愛い方が勝ってるじゃん!」て思いました。

2歳違いで二人目が生まれて、まだまだ赤ちゃん2人みたいな育児が始まると

ちょっと大変になってきて 余裕が無くなってきました。

良い嫁をしようとしたり、良い妻をしようとしていたこともあって

けっこう一杯一杯になって ついに限界が来てしまった時、

子供に感情をぶつけそうになったり、ちょっとしたことでイライラしたり

子供を叩きそうになったり

そういう自分が子供を育てたらダメだ と思ったことがありました。

 

元々、ストレスが大きくなると鬱になりやすいこともあって

バイトをする ということにして 子供を保育園に預けて

仕事とカウンセリングに行く時間を作りました。 

 

当時の写真(私以外に撮る人がいなかったのでほとんど自分の写真はありませんが、親戚の中で映っている写真)を見ると、とても険しい表情をしているので

見るとドキっとします。

 

出来ることならそこに行ってその私を抱きしめたい!

そんなに無理しなくていいんだよ~

 

ストレス症状が出だすと ちょっとまともではなくなるので

自分自身も困っていました。

こんな私が子育てしたら、自分と同じ悩みを抱える人(メンヘル)に育ってしまう

それは絶対避けたいことでした。

 

落ち込むのは一人でいる時間だけにするよう頑張りました。

子供の前では元気に振舞います。

でも、苦しさはこぼれ落ちてしまいますね。

長女がちょっとだけそういうところがあって

繊細で傷つきやすいけど強がってるところがあります。

 

子供にどう生きて欲しいかは

教育することじゃなくて

親がどんなふうに生きるかが見本になります。

 

子供が成人するころ、やっとどうすればよかったのかわかるんですが(苦笑

 

どの親も若くて未熟ですから 本当はもっと年配の人やいろんな人が子育てに関わった方がいいんですね。

安心できるママさんサークルやゆとりのある保育所が日本に増えるといいな と思っています。

 

私の子供たちを育ててくれた保母さんたちは 愛情深い素晴らしい先生が何人もいました。

それで私の娘は 素敵な大人に育ってくれました。

私だけではこんな素敵に育てられなかったと思います。

保育園や幼稚園や小学校や中学校、

円満な人格の先生 愛情深い先生方が携わってくださって

先生方が気持ちに余裕を持てる勤務体制をとれる教育のシステムへと

政府は整えて欲しいのです。

 

未来を担う子供に鞭打ってはいけません。

豊かさとは 心の豊かさに他なりません。

全体に守られ、全体に貢献できる人を育てる社会

人間を大事にする社会が求められています。

 

一人一人が本当の豊かさに目覚める時代が来ると思います。

子供が幸せな世界は 豊かな世界となります。

笑顔が世界を救います

あなたの笑顔から始まります。

子どもの笑顔

子供

先日、思春期のお子さんをお持ちのお母さんが 子供が言うことを聞かないので困ってしまう と言っておられたので ちょっとそれに関するお話をしてみたいと思います。

 

40年以上 昔になりますが

中学生になったばかりの私はなぜか朝は機嫌が悪く、

毎朝 母に口答えをして怒りながらドアを荒々しくバタン!と閉めて学校に出かける という日が続いていました。

バタン!と力任せにドアを閉めて

家を後にする時は もう機嫌が直っています。

ドアのバタン!で 怒りがスッと抜けるのを感じていました。

( ´ー`)フゥー...

機嫌が直って、歩きながら

どうして自分は毎朝母に憎まれ口を言うのだろう?と思っていました。

何を言われたのかもう記憶にはありません。

母に問題があってもなくても 私は母に当たっていました。

なにしろ毎朝の儀式でしたから。

私の母は 娘のことは 無頓着な人だったので

あまりうるさくあれこれ言われることはありませんでした。

むしろ、本当に無関心だったんじゃないか と思うほど

干渉はなかったのですが

私は母に当たって 何かスッキリするのが気持ちよかったのでした。

母に甘えていたので当たれたのでしょうね。

そんなことをしても母は私を見捨てることが無い という信頼もあっただろうと思います。

自分が学校でいじめられたり、抱えているストレスの発散をそんなところでしていたのだと思います。

世の中のお母様たち、本当にご苦労様です。

そしてありがとうございます。

 

思春期当時の私は それはもうかなりの跳ねっ返り娘で

しかも 妙に小賢しい子供でしたので

何にも出来ないくせに大人への批判は全開で

自分がしようとすることに口出しされることは大嫌いでした。

何でも自分で決めたい(無意識に)そう思ってたと思います

一々指図なんてされようものなら、わざとその逆をするほどの反抗期でございまして、

なぜ、そんなことになっていたのか というと、ただいろんな変化や自分に対する感覚がつかめないイライラを持っていたんですね。

思春期とはそういう時期なのだと思います。

 

もし、あなたの子供が扱いにくかったら、それはそのお子さんはとても健全で素直で元気がいい ということですし

もし、あなたのお子さんが 何の問題も起こさず、素直で聞き分けのいいお子さんだったら

それはそのお子さんがとても優しい心の持ち主で自分よりも他者に心を配る人物だ ということです。

 

これは個性の問題なので教育でも変わりませんしどちらがいい という話ではないんです。

 

後者のお子さんはとても育てやすいのですが、

子供らしさを発揮する機会が少なくなってしまうため

大人になってから 抑圧されたものを持て余すことがあります。

生きることにちょっと苦労してしまう人も少なくありません。

 

ですから 子供の頃 問題がある事をお母さんは悩まないでください。

どうにかして子供の頃から大人のようにふるまうことを強いないであげてくださいね。

 

人は皆 周りとの摩擦に直面しながら 成長して行きます。

まわりの大人の方が 摩擦を起こさない態度を子供に強制してしまいますと

子供は自然な成長ができなくなってしまいます。

感情の発散は 思い切りしてしまうのがいいんです。

泣いていたら 大泣きさせて泣き止むまでそのままにしておいてください。

泣き止んだ時には一つ大人になっていますから。

 

この世界との摩擦を自分で感じさせてください。

その時、お母さんがわざわざ摩擦になる必要はないんです。

でも、お母さんと子供がぶつかり合ってしまう時は

自分がどう生きたいのか を しっかり見つめてください。

そして子供を自分の従属物 ではなく

一人の個性ある大人として

その意思を本人に見つめさせてください。

自分の生き方は自分にしか決められません。

 

あなたはどんな生き方をしたいのか?

 

本人に自分自身の気持ちを見つめさせてください。

幸せになりたくない人間はいませんが、間違って幸せにならないものを選んでしまうことがあります。

でもそれは 他者が選ぶのではなく、自分で失敗を体験して

この世界を知っていくことが必要です。

 

失敗することを恐れない

問題を乗り越えて克服できる強さと賢さを

育ててください。

 

子供たちは 純粋な眼で

大人の変な習慣に疑問を持っています。

新しい世界は より改善されるでしょう

自分で感じて

自分で考えて

自分で選ぶ

そして 乗り越える勇気

これらは 自由な魂でないとできないのです。

 

子供たちの生命力とエネルギーと知恵を信頼してください。

少なくとも 大人より脳は柔らかく、多くの事を記憶できるんです。

知らないことを馬鹿にしないで

多くの体験ができるようサポートしてあげてください。

 

お母さんが分からない時、答えを出す必要はありません。

あなたならきっと 一番いい答えを見つけることができる と

信じてあげられることが

最大の勇気となるのです。

 

10歳を越えたら

自分の事は自分でできるように

出来るだけ多くの事を自分でさせてください。

お母さんがいなくても困らない というくらいだと上出来です(笑)

色んなことを一緒にやってみましょう。

仕方なしに でも構いません。

やらなきゃいけない状況になればできるようになります。

お母さんの子離れも大事ですね!

 

愛 

愛は とても優しい思い なのですが
ただただ優しいだけのことじゃない
 ということは皆さんもご存じかと思います。
それは
愛のムチ とか? coldsweats01
ムチはどう見ても愛じゃないですけど(笑)
厳しい言葉は 愛であることも多いですよね。wink
 
その人のためなら 甘やかさずに叱ることもあるし、怒ることもあります。
怒りたいわけではなく、その人に叱ってくれる人が必要なら叱ります

手に負えない時はやめときますけど。(笑)
 
叱る というのはある意味信頼があるからできるとも言えます。
それを受け止めて成長してくれる という信頼
すぐにわからなくても、いずれかならず理解する という信頼 です。
 
神様も私たちにそんな愛を向けていますね。
 
必要な体験を与えて 自分で気付いて行くのを待ってくれます。
 
多くの成長のきっかけを与えて 見守っていますね。
 
すごく応援してると思います。
同じ観点で、私たちが他者に愛を向ける時、
相手(の魂の成長)にとってベストな行動がとれますと、結果が出ます。
 
あなたが、エゴではなく 愛を向けると
相手は必ず成長します。
 
見守られる本人は 手放し難いものを手放す時には少なからず苦しんだりもしますが、
それは産みの苦しみですので 無言で、いえ、有言でも応援 です
「がんばれ、乗り越えろ!幸せをつかめ!」と。
 
でも、本人が抵抗している時は時間が必要です。
必要な時間を待つ というのも大きな信頼ですよね 
 
そうでない時は、エゴで急かしたりしますが、
そんな独りよがりな愛はうまく流れませんので、
 
私たちが何かをコントロールしようとするよりも、大いなる流れに
「お任せしますよ」と言った方がずっと仕事が早いんです。(笑)
 
流れを信頼し始めると、多くのサポートたちが動き始めますよ!
 
サポートさん(守護霊とか)のやり方は、途中経過が少々荒っぽいんですが(笑) ちゃんと着地します。
 
ガーディアンエンジェル などと呼ばれるこのサポートさんは
霊なのか 神なのか 天使なのか 気のせいなのか 
はっきりしたことは証明できませんが
目に見えない力や意識が 私たちに働きかけていることは確かです。
もしかしたらそれは私達自身が発している波動そのもののことかもしれないです。
だからこそ 愛に立っていたい。
 
私たちはただ、心を穏やかに 自分を幸せにしておくことだけで十分なのです。
瞑想して命を感じる。生きていることを喜んでいるだけで、
世界にパワーを与えます。
喜びの波動は力です。
 
ハッピーな気持ちが復活して来たら 
周りの人に優しい気持ちを向けてください。
 

その愛が 豊かさをもたらすのです。
 
秋桜

 

 

 

 

愛を思い出す

空のお話をすると 全てがぶっ飛んでしまいますね。
良いも悪いもなく苦悩も悩みも消え去ってしまいます。
 
しかしながら 身体を持つこの世界では 
身体の感情に揺さぶられることも多いです。
 
そんな感情のことを書いてみます。
 
人の心は複雑なようで実はとてもシンプルです。
愛されたい という思いです。
全ての問題(カルマ)がここか満たされないために発生します。

 
カルマが無ければ子供は本来無条件に親から愛されますが、カルマはそれを邪魔します。
何らかの事情や感情が挟まってくる場合です。
親が真っ直ぐに子供を愛せない事情。。。
 
特別なことではありません。
実際は満たされていないケースの方が断然多いのです。
 
それで、親が素直に子供を愛せず、愛の足らないまま大人になってしまった子供は、インナーチャイルドが満たされておらず、
まだまだ愛情が足りないよ~、もっと愛してほしい~ というメッセージ(承認欲求)が起き続けます
でも、
残念ながらそれはなかなか 叶いません。
 
大人になってからは、愛することができる人がたくさん愛を受けとる法則性がある からです。
自分が発したものしか返ってこないんですね。
愛を欲しがっている人は自分が愛することを忘れています。
でも、沢山の体験の中で少しづつ思い出していくこともできます。
 
愛に触れないまま人生が続くこともあります。
 
それに気付くには多くの年数がかかることも多いです。
いえ、何度も生れ変らないとわからないことかもしれません。
愛が足りなくてもがく人生に嫌気がさして
自分から愛になることに気付いて
与える幸せになろうとするまで
その苦悩は続きます。
 
ただ、周りに愛することができる人がいると、そこから人の愛し方を学びますので 
愛せる親を持つと愛せる人になるのは簡単です。
 
親だけが見本ではありません。
先生や友達や、恋人や子供、それ以外にも 関りのあるすべての人から学びます。
愛することができる人の周囲の多くの人が愛に目覚め始めます。
 
愛は共鳴して癒し、伝染していきます。
 
あなたはもう愛に感染しましたか?
 
この世界に愛が蔓延しますと 愛されない人はいなくなるでしょう。
 
あ、これは言葉がちょっと違っていますね。
正確に言うと、
愛されないと思い込んでる人はいなくなります。

 

 

教育制度の模索

お子さんをお持ちの親御さんは

子供たちの将来がとても気がかりです。

愛する我が子ですからそれは当然のことでもありましょう。

自分の子供たちが出来る限り幸せな未来を持ってくれるように

それぞれの親御さんが願っています。

そして精一杯そのサポートをしようとします。

それを親の務めだと認識していらっしゃる方が大多数です。

私も例外ではありませんでした。

自分の幸せはもとより、子供が幸せであってくれればそれでいい。

たとえ自分が幸せでなくても 子供には幸せに生きて欲しい

そんな風にも思っていたと思います。

 

今は亡き母は 典型的な献身の母でした。

自分の幸せなど見ていません。

ただ必死に毎日働き続けて、子供たちのために 家族のために

自分が受けたような苦しみを繰り返さないように と 尽くし続けた一生を送りました。

その生き方は 限りなくありがたく、 そして迷惑でした。

いえ、迷惑などと言ってはバチが当たりますね。

彼女は 献身的に自分の大切な家族たちを苦しみから護ることで

大切な家族を逆に苦しめることになっていたことに気付かなかっただけでした。

自分が思い込んでいる世界が、

全く違うものだった ということを認める ということは、

自分が身を粉にして努力してきたことが全部 無駄だった と気付くようなものです。

そんな気が狂いそうな事実を受け止められるような強い心を持っている人はなかなかいません。

 

でも、受け入れられないからと言って、これまで通りのふるまいを続けることは

真実から取り残されるということでした。

自分のストーリーの中から抜け出すことができません。

真実を見ずに、独自のストーリーに話を置き換えて

彼女は思い通りにならない(努力が実らない)現実を生き続けなければなりませんでした。

不運を恨む ということはそういうことです。

 

今の教育制度は 前時代にとって大事だった生き方を教える場所となっています。

いかにこの世間を生き残っていくか その技術を教え込み、

そこから出ようとする芽を摘む場所になってしまっています。

もちろん、そうではないこれからの教育を見据える教育者も出てきています。

でも、政府や文部省、教育委員会はかつての軍隊のしくみとさほど変わりません。

権力という上からの圧に支配されたまま 旧態依然の教育を若者に押し付けて

新たな芽を摘み続け、新時代を阻止しようとしていまします。

 

これほどに学生が疲弊している時代がありましょうか。

進学制度や受験、教育費に圧迫された人生を

若者たちはなぜ強いられているのでしょうか。

これまでの消費社会はもう崩壊も時間の問題です。

資本主義の消費社会の中で生き残る生き方を身につけてもこれからの時代には役に立ちません。

そう、受験戦争に勝ち残ることは無意味 なんです。

財力を貯め込むことだけが身を護る方法だと思っている方は

そろそろ考えを改める必要があります。

 

私たちが苦しめられているお金に依存した社会は ほどなく終わって行きます。

それではその後 どう生きたらいいのか?

これを知らないと不安でたまらないと思いますが

それは、地震で多くを失った福島が最先端に立っています。

熊本もしかりです。

 

これまでと同じ仕組みの都市の復興では破綻は繰り返しになっていきますが、

人間も都市も進化できるんです。

かつて江戸が大火事の度に町が進化したように

この日本も災害ごとに進化できます。

 

蓄財だけが私たちを護るものではありません。

私たちは人間力で都市も民衆も復興します。

所有は 我々を縛り付け身動きがとれなくなる鎖のようなものです。

手放して物質界が自由に流動できるようになれば

私達全ての人間が幸福に生きるだけの資材はこの地球上に充分あるのです。

 

怖れや不安に駆られて独り占めすることで 流れから孤立してしまいます。

私たちはこの世界の持つエネルギーと恵みを使って コミュニティ全体が幸福に生きることができます。

そのような意識を持つコミュニティーを育てることが

現時点で生きる人間たちの課題です。

 

もし あなたが とらわれや不安や怖れを手放すことができれば

この世界はあなたのために存在し始めます。

 

世代交代するごとに 意識も進化します。

古い観念に縛られることのないよう

豊かに手放してください。

 

人々、特に若者たちは いつも幸福であることを追求してくれるでしょう。

次世代のリーダーたちを頼もしく応援する今日この頃です。

 

何がどう問題なのかを知りたい方に 参考になる情報です

お金のしくみを変容させるお話は、大西つねきさんのお話会 に ぜひ足をお運びください

大西つねきさんのHPはこちら

koji-kinさんのお話会もまた年内にあるかもなので 楽しみにお待ちください

反抗期の気持ち

プラムビレッジのリトリートの時、 ベテランの穏やかなシスターの法話の中で、

小中学校のお子さんをお持ちのお母様の 子供の反抗期の悩み が話題に出ました。

ある参加者の女性がベテランのシスターに お子さんの悩みを相談されたそうです。

 

「うちの子は、小さい頃はとても可愛くて素直で良い子だったのに 最近はなにかにつけて逆らって、本当にどうしたらいいのか ・・・

毎日毎日ものすごく親子喧嘩をして 私はあの子を愛せる気がしないんです。どうしたらいいでしょうか?」

という相談でした。

シスターは こう答えたそうです 

「お子さんは成長して変わっていくものです。いつまでも過去のままではないのです。変化を受け入れて ありのままのお嬢さんを受け止めていく必要がありますね」

すると 相談者は 「その答えでは私は満足できないわ」と言って立ち去られたそうです。

シスターはちょっと伏し目がちに 少しため息のまじった微笑みを浮かべ 一息置くと、

「一瞬一瞬変化していく世界をありのままに受け止めるしかありません。変化する世界を慈しむのです」  と おっしゃいました。

 

子供が反抗すると 親は困惑しますね。 どうして言うことを聞いてくれないの? 逆らわないで頂戴、あなたはお母さんを困らす悪い子ね!

なんてことを言ってしまうこともあるかも。 

 

でも、子供には子供の事情と気持ちがある ということを 大人が忘れていることも少なくないのです。

大人の価値観だけで物事を判断し、何があったのか尋ねもせずに表面的な判断で決めつけてしまうこと

これは親が急がして気持ちに余裕がない時によく起こります。 

「早くしなさい!何をぐずぐずしているの!」

また、子供の気持ちを無視して 何かを指示したり命令していないでしょうか?

子供が本当はすごく嫌なことを無理強いしているかもしれません。

親は自分の判断が正しいと思い込んでいるので 子供の直面している事情にまで思いが及びません。

頭ごなしに命令して言うことを聞かせようとする時、

子供は理不尽さを感じています。

また、逆らう子供に怒りが反応して大人げなく本気で怒って喧嘩したりするかもしれません。

子供の気持ちや事情を聴いてみる心の余裕など吹き飛んで 罪人のように扱ったり、しかりつけること ってないでしょうか?

「お母さんの言うことが守れない子は悪い子!」

 

とっさに言い返せない または言い返しても言い訳だと余計に怒られる。

すると子供は口をつぐんでしまいます。

特に小さい子は言葉が出ません。

責めると更に心を閉ざしてしまいます。

 

気持ちの優しい子供だと 一方的に不満を抑え込んで我慢してしまい だんだん口に出せない不満がどんどん溜まってしまうこともあります。

元気のいい子供は 嫌なことは徹底的に反抗します。「嫌だ!」 抑え込もうとすると全力で抵抗したり「うるせえ!クソババア!」

この言葉が出てきたら 不満はかなり重症です。これまで大人が力でねじ伏せてきた結果です。

子供の気持ちに向き合うことができていたら この言葉は出てきません。

 

子供の反抗は力いっぱいの抗議の表現です。

もちろん、子供も親の事情を理解していないこともあります。

子供には言えない事情だってあります。

でも、誤魔化せるほど 彼らはバカじゃありません。

大人の様子は、こちらが彼らを見るのと同じくらい、いえ、それ以上に観察されています。気付いていますか?

 

子供は親の事を愛しています。 親はこの世で一番の自分の味方、であってほしいのですが、

 そうではない場合、子供もとても悩みます。

子供は 本当はお母さんが大好きなのです。 愛しています。 

でも、それが裏切られた と 感じた時 愛は憎しみに変わってしまいます。

これはとても苦しい事です。

自分が一番愛している人が憎いと思ってしまう葛藤は本当に辛い事だと思います。

 

第一反抗期(2歳頃)と第二反抗期(思春期頃)がありますが、

これは身体と心の成長の過程で現れます。

子供の反抗は 正常な成長の一過程です。

自我が発達して 自分の判断でやりたい という時期があります。チャレンジしたいのです。

そういう時は 面倒でも本人の意思をできるだけ尊重してみてください。失敗してもいいんです。

失敗すれば成功しない方法を学びます。

どうしても無理な時は 叱りつけるよりも、ただ、思い通りにならないことに悔し涙を流させればいいのです。

この世は思い通りにならないことがいっぱいある世界ですから

思い通りにならないたびに癇癪をおこしてはいられないのです。

涙の数だけ この世を知り、強くなります。

自分で体験して学びます。 

大人もまた同じです。体験が人を成長させます。

年齢が高ければ大人である とは限りません。

心の成長には個人差があります。大人でない大人もいらっしゃいます。

本人にあまり自覚がありません。

 

子育てで 親ができることは 子供に我慢を強いることではなく、過保護にすることでもなく、ただ

この世界の苦労を乗り越える勇気と、見守っている愛を与えてください。

まだ未熟なお前でも できるようになるんだよ。

強くなろうと願えば 強い心になれるんだよ

急がなくていいよ

今はできなくても 悔しがることはない。

誰だって最初はできなかったんだから

お前が 何かをできようができまいが どんな時も私たちはお前を愛しているんだよ。

 

そう、大人である私たちも  神にこのように見守られています。

神とは 親であり、先祖であり、私たち自身の魂でもあります。

人は愛を感じて愛することができるようになります。

自分自身を愛することができれば 子供も 家族も 友人も 全ての人にも

愛を向けるようになります。

蓮葉の水滴

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