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ダルマ

見える景色

このところ少々間が空きがちなブログです

お待ちくださってありがとうございます。

瞑想の教え というものがありまして、

これは古代インドの経典 ヴェーダ というものが元になっております。

仏教の基本概念もそれに基づいています。

なぜなら、お釈迦さまが インドの王子様だったので

生まれ育った地域の文化圏 で 当時の聖者たちはヴェーダを学んでいるわけです。

ベースがヒンズー教というわけですね。

シバとかビシュヌとかブラフマーとか出てきます。

日本人にはなじみが薄いですが。

専門科、もしくはマニアな方はご存じかと。。

ブラフマー

ブラフマー 創造の神

顔が4つ 蓮台に乗る

 

ヴィシュヌのサムネイル画像

ヴィシュヌ 維持者

5匹の蛇(コブラ)を背負う

 

シバ神


シバ神 破壊の神

青い皮膚 豹の毛皮を纏う 

 さすがインド、神様も濃いですね~

でも、これはこういう姿をした神様がいる という訳ではなくて

世界を保っている

創造 → 維持 → 破壊 → 創造 → 維持 → 破壊 → 繰り返し

という サイクルを 神の意志 として擬人化してとらえているんです。

ビジュアルにするとインパクト強いですから 教えが把握しやすい ってことですね。

シバやブラフマーやビシュヌのお話は膨大にありますので ここでは超大雑把な説明ですけど。

ヴェーダは この世界の成り立ちや構造や人間のこと魂のこと波動の事 ありとあらゆることが書かれています。

ただ、大昔の人が書いたものなので 現代の概念と文化が違う ということもあり、

物語形式になっている とのことでした。

それはいつもボブがレクチャーで聞かせてくれるのですが、そのお話で この世界の成り立ちや秩序がどうなっているのか 腑に落ちて行ったことが多々あります。

ヴェーダそのものは私も 自分で全部読んだ訳ではなく、一部のお話を教えてもらった程度なので 専門科の方からすると 表現がおかしい とか思われるかも知れませんが。

瞑想的には この世界がどんなものなのかをザックリとでも把握すると 無駄な悩みを持たなくなります。

だって、悩み続けるのは無駄だ ということがわかるからです。

人間のエゴがどれだけ抵抗しようが なるようにしかならない 巨大な世界を相手にしているわけですから 一々引っかからずに受け流してゆく方がずっと健全だからです。

目の前に起きている出来事は 巨大な世界のほんの一部の接点で、
どうして も こうして も どうでもいいほど 起きるべくして起きているだけ なのです

なのに それに罪悪感など持つ必要はないし、必要なのは起きてもいないことを心配する事でも 起きたことを後悔する事でも 起こした犯人を責めることでもなく、

どうバランス取って うまくやるか だけ なんですよ。

だから 自分がこれでいいか なんて 誰かに聞いたり 確かめたりする必要はありません。

あなたも私も 在るように居る だけなので この世界の波を自分の感覚を使って バランスを取ってください。

そうですね、うまくバランスを取れるかは 経験値もあると思います。

他者との摩擦は 自分がどれだけ尖った摩擦を持っているか で起きることが変わります。

あっちとこっちの いわゆる波動同士の摩擦なわけですから

荒々しい波動で煽っているのは 自分 かもしれないのです。

「私は穏やかにしたいのにあちらときたら!!」なんて憤慨しているお方、

その攻撃性に気付いていないのは非常に残念なので 先ずは 自分が発する波動がどんなものか 気付く必要があるので

自分の周りでどんな波立ちがあるかを観察してください。

それは 関係者であるあなたも共有している波動なのです。

(鏡の法則)

あなたの周りが穏やかであれば あなたが穏やか ということですね。

好みと 出しているものは違うのでご注意ください。

 

基本は 愛であること を念頭におきますと、とても優しい波動になりますよ。

自分が荒らした世界も 他者が荒らした世界も 私が愛に戻す と思って

バランスを取りますね。

そんな大変な事出来ない? と 思ったあなた、

それは間違いです。

大変でもなんでもなく、 むしろ何もしない だけなのですから。

そうそう、やり返さない、 何もしない。

あるがままにさせておく。

あなたは ただ、見守るだけ

特に何かをする必要はありません。

何かしたかったらしてもいいですが。

しなくてもいいんです。

それが穏やか。

どうですか?

穏やか  いいですね

愛のありか

コロナが出て来てから 世界は随分様子が変わってきました。

何がどのくらい変わるのかがわからないので 社会はとても不安定な感じです。

これまでのシステムが崩壊しつつあるので 成り立たなくなってきた業種も多く

沢山の人々が困惑していますね。

これからの生活 どうすればいいの? と。

早く元に戻ればいいのに という声を お聞きすることも多いのですが、

残念ながら 元に戻ることは無い と思われます。

私はそう思います。

なぜかと言いますと、これまでの人間のシステムが自然のサイクルをあまりにも無視して資源を貪っているので

今までの人間の社会システムは永続することは不可能で、遅かれ早かれ終わりがくることが言われ続けてきました。それがますます現実的になってきていますね。

その代表が 温暖化や自然災害です。

人間が本当に未来も長く生き残るためには 自然と共存する方法を再構築せねばなりません。

そのためにはこれまでの無謀な自然破壊の上に成り立っている世界の発展を手放す必要があったのです。

これからどうすればいいのかは 誰が考えるのでしょうか?

それは みんなが です。

やりたいようにするのがよろしい と言われたとしても

1人1人が自分の都合やエゴの要求を主張しても今までと何も変わりません。

そう、エゴの意識では 奪い合いが終わらないのです。

 

あなたを包んでいるあなたの世界ごと あなたを守る ということが必要なのです。

あなたを守るためには あなたの済む環境 この地球の自然資源がこれからも永続するように

気を付けながら使う必要があるのです。

自然が少ない都会に住んでいても 私たちは自然の恵みに生かされていて

それを無視することはできません。

自然を大切にする意識に必要なことがあります。

それには他者や世界全体を大切に扱うことです。

人々と奪い合う関係をやめて 共存する意識。

命全体は大きな家族のようなものなのです。

他者を大事にするには まず自分を大切にすることを知らねばできません。

あなたが幸せを選択し、他者の幸せを尊重する。

これは何を持っているかが重要なのではないのです。

あなたの意識がどれだけ世界全体と繋がっているか 

愛の関わりであるか が 大事です。

そして、個人的なとらわれを手放して 多くのみなさんが幸せになればなるほど

この世界は全体が調和していきます。

奪い合う必要はないんです。

愛は 与えれば与えるほど あなたの所に愛が集まってくるのです。

目の前の物質だけを見ないでください。

自分の意識がエゴが優位な時は 「愛なんて」 と思ってしまいますが、

本当に意識が愛になってくると 幸せな事ばかり目につくようになってくるのです。

 

あなたの豊かさはあなたの愛にあります。

愛はもらうものではありません。 あなた自身の愛を開くだけのことなのです。

あなたの愛が豊かに開くほど あなたのところに豊かな愛が集まってくるのです。

愛の代わりに物質を集めることをしても永遠に愛は開きません。

あなたの愛は あなたの愛ある微笑みから世界に拡がって行くのです。

 

あなたはまず あなた自身を愛してください。

あなたの魂は 愛で出来ているのです

あなたの周りの人の魂も 愛で出来ています。

全ての命は 愛でできています。

龍宮の滝

命と愛と

今年もあと1ヶ月を切りました。

月日が過ぎるのは早いですね。

自分自身も年齢を重ねるほどにじかんが過ぎるのが早く感じるようになり

本当に1年があっという間です。

意識とは不思議というか、興味深いですよね。

生まれて、日々成長して 自我が芽生えて いろんな体験をしていろんな感情を味わう。

それも年齢と共に皆それぞれに年齢どおりの発達をして世代を経験します。

その年代になってみると、親や祖父母や年長者の言っていたことが すごくよく分かるようになります。

そして思います。 皆 平等に歳をとるんですね。

そして、寿命が来たら みんな死にます。

色々 健康グッズとか 若返りサプリとか アンチエイジング なんてことがあって

多くの人々がいろんなものを買いますけれども

瞑想でもアンチエイジングすごい効果ありますが、やっぱり年齢と共にそれ相応の老化というものがあります。

ただ、人よりちょっと老化がゆっくりになるだけ。

老年期になれば 行動がゆっくりになってきて 覚えられる量がちょっと減って来て

忘れるまでの時間が短くなって すぐに思い出せなくなってくる。

瞑想をするようになって しない人と大きく違いがあるとしたら

そういう変化に対して 焦りを持たなくなり、

まぁ、そうですよね。 と 自分の身に起きていることを受け止めることに抵抗がなくなってくる ということ。

不安を持っていても持たなくても 宿命は宿命のとおり発動しますから

避けられないものに怯えてもねぇ。。無駄に恐れることを手放す・・・

たぶん その運命は 人に起きることなら私だけしか体験しないことじゃないだろうし、

どこかの誰かも同じ思いをしたことなんでしょう。

たまたまそれが 私の宿命の中にもあっただけ。

もしそれが うんと辛いことだったら それは私の魂が磨かれたいので引き受けたんでしょう。

ああ、こんな辛い事、他の人だったらきっととても耐えられないかもしれない。

その役は私でよかった。私だったら 受け止めることができるから。

私が辛いことを経験することで 自分の一族のカルマの浄化が終わるなら

それはみんなのために良かったこと。

カルマの苦しみを手放して

愛になれた時には 私自身の心が救われて平和になる。

その役を引き受けたおかげで 私の意識は限りなく愛と平和になっていく。

手放すということを教えてくれたすべての先輩方 すべてのご縁ある人々に感謝

この境地になってから 自分の命は ここから永遠に愛であるということを感じます。

終わりの無い愛 世界を愛し 世界と流れと命を信頼すること

そこには 終わりは無いのです。

この肉体を脱いでも 愛はそのまま続きます。

啓発とは そのような意識でしょうか。

個 という単位は もはや重要ではないのです。

この命は 世界の現われ。 愛の現われ。

舞鶴公園の蓮

 

大いなる存在

今日、生徒さんからノンデュアリティの話題をいただきまして

ああ、そうだった と 原点に立ち戻りました。

「私はいない」 この世界は境目のないただひとつの存在 

エゴは 私 僕 俺 自分 と 自分自身という認識に縛られておりますが、

私 というものは 実体は ないんですね。

私の身体や思考が ただ発生して 状態としてあるだけで。

 

でも、このとらえ方は エゴにはなかなか理解しにくいので、

「え?私いるじゃん!」ってなってしまいます。

ここにこうして 怒っているのは誰だって言うの! などと。

それもただ反応が起きてるだけ ってことなんですが、

自我の認識は 自分がいるというのが大前提にある世界観なので

そこを外して ものが考えられない。

ああ、こうやって、思考を駆使して日本語を操って 感情を持って

ジタバタと生きている私。 平気な顔したり、 人をなだめたり、

良い人ぶったり? 今日は何が食べたいだとか 好きな人がいるとかいないとか

そんなことをしているこれは 人間という生き物とそこに宿った意識

どんな風に生きるかは 育った環境の中で学んで 脳みその中にいっぱい記憶を詰め込んで

社会とか国家というコミュニティの中で生きている生き物。

過去という記憶と 未来という想像を抱え 好きな事をしたり諦めたり

自分が取り込んだ価値観に制限されながら生きている生き物

生まれて 死んで 沢山生まれて 沢山死んで

人間は地球上で今一番たくさん繁殖している生物だけど、

増えすぎると環境を食い尽くして 淘汰されるのかな?

そんな大きな流れの中で

目先の事にとらわれて窮屈さを感じながら生きることもできれば

意識を拡げて 身体からもっと広く拡がった意識でいきることもできる

そんな生き物に乗ってこの世界を眺めている意識

それは ここからまた あそこにもどっていくのでしょう。

今 何かにとらわれていることが バカバカしくなりませんか?

そのとらわれは あなたの中で発生している幻想にすぎません。

泣いても笑っても この体は生きて そして死んで 命は帰るのです。

大いなる源へ。

次の身体はまた無数に生み出されています

私たち一人一人は大きな命の一すじの輝きに過ぎません。

何度も輝くのだろうか

生きたいように生きませんか?制限など手放して。

流れと新しい時代

人々が支え合う ということは ともすれば共依存に移行しやすいのですが、

共依存を防ぐためには 人に頼らない ではなく

自分が地に足をつけて生きる

トラブルと向き合う 

善処する 

  に尽きます 

 

責任のなすりつけ合いなど本当に無駄な作業で

「そんなことをする暇があったら 目の前の事態に対してできることをしろ」 というところです。

そう、それは自分の自我に言う言葉です

できるかどうか なんて やってみないとわからないものです。

 

自分の力のみでは 無理かもしれません

でも、あなたの周りには 協力しようという人がでてくるでしょう

それはあなたがこれまでどれだけ人を手助けしたか にもよります。

他者へ差し伸べる手は 自分に差し伸べられる手 と同じです。

差伸べられなかった時 自分がどれだけ人に温かかったかを振り返ります。

 

これからの人生は今この瞬間に創造しています。

過去はともあれ 今 何をするかが大事なのです。

そして、無理な事は手放して なるようにさせます。

活性化するものもあれば、消滅するものもあります。

 

もし誰かが何かをしてくれないと苛立ったら

それはあなたの中に 依存の気持ちがある ということです。

私はしてあげて、あの人はしてくれないのはおかしいじゃないか と思うなら、

あなたはしてあげ過ぎなのです。

そのことをするかしないか は あなたの意志と責任において するかどうかを決めてください

あなたは あなたのしたいこと しようと思う事しかしなくていいです。

 

全体のことを考えたら 自分だけのしたいしたくないじゃ済まないんだよ と思う場合

それは全体を思うあなたがしたいことなのです。

全体のせいではありません。

あなたはその役目を引き受けている

だけどそれは辞めることができます。

もうできません と言えばいいのです。

もちろん あなたに依存している環境たちは混乱するでしょう

その混乱を避けたいのならば そこにいることも可能です

 

でももうそれはやめたいのならば そこから抜けなければなりません

あなたが抜ければ 一時は混乱するかもしれませんが

全体は抜けたところを修復にかかるでしょう。

代わりをいれるか メンバーで補い合うか

あなたは できないことまでし続けることはありません。

可能ならば できる後始末をすればいいです

カルマは飛び出し、全体は修復するのです

形は変わるかもしれません

それは必要な事なのです。

あなたが悪いのはありません。

必要な事が起きているだけです。

 

新しい時代は 常に新しい展開です。

古い伝統の中に良いものがあれば残されるでしょう。

でも、もはや古いスタイルのままでは 維持できない流れなのです。

この世界は常に対流して変化し続けます。

これまでもこれからも。

慣れ親しんだ状況を手放すのは寂しいと感じるかもしれません

でもその執着は あなたを幸せにしません。

新しいスタイルをどうぞ 楽しんでください。

あなた自身が閉ざすことさえしなければ 

世界はあなたを喜ばせようとあらゆるものを提案してくるでしょう。

なにかをしてくれるのではありません。するのはあなたです。

あなたは あなたを幸せにします。その意図が必要です。

 

良し悪しの基準

何かが良いとか悪いとか

その基準て どこにあると思いますか?

 

私達人間は、ついつい あれがいいそれは良くないと 何かにつけてジャッジするのが好きですが

それはマインドがやっていることなんです。

マインド = 思考  です。

そのマインドにはいろんな基準が入っていて 

それぞれの頭の中にある基準のラインは、人それぞれだったりします。

なので、誰かがすることに驚いたりショックを受けたり、疲弊したりして

「ええ~~っ、、、そんなことするなんて信じられない!非常識な!!!」なんて

思うことが起こります。

そう、あの人は私と違う基準を持ってるんですよ。

それは あの人にとって してもいいことだった。

されてもいいことだった。。。

と言うものの 逆にされた時って びっくりするくらい怒ったりするんですけど。(笑)

されたら怒るのにするのは平気 

「あなたの物は私の物、私の物は私の物」的な?自己中思考と言いますか (笑)

最初はみんなそうなんですけどね、子供時代、分別がつく前は、自己中な見方しかできない

自分の気持ちしかわからない時ですね。

更に 何かをされて怒っている時、 人の批判は己の鏡

怒りを相手にぶつけてみると「オマエモナー」って幻の声が聞こえたりします。 (私だけかな?)

でも、この世の学びって するのもされるのも いずれは経験するので

そのうち気付くのです。

体験してみて初めてわかる気持ち

その両方を体験して世界を理解するんですよ。

経験って大事ですよね。

 

たまに 経験しても尚 一方的な気持ちしかわからない人いますけど、

そういう人は学びが終わりませんから 何度も何度も同じ摩擦を経験することになります。

おやおや? もし あなたが何度も同じ体験ばかりしてます とおっしゃるなら、

それはユニバース(この世界)の メッセージを見逃しているかもしれません。

宇宙の法則は 押し並べて平等に働いています。

エネルギーのあるところに 事象は起きるのです

自分が原因のことも 周りが原因のこともすべて関係者に必要な学びです。

皆で体験を共有してますからね。迷惑をかけたちかけられたり

それを許して手放す時

あなたの真の自由が訪れます。

摩擦の感情は瞑想で手放しましょう。

普段から瞑想をしていると 手放すのがスムーズになります。

 

そして重要なのは手放す時、産みの苦しみみたいな大きな解放の時は、

できるだけ抵抗しないで起きるままにさせておいてください。

下手にコントロールするよりも早く終ります。

カルマは解放されるほどに 内側からどんどん減っていくのです。

 

その人の一生分のかるまは バケツ1杯だよ

とボブは言います。

終らないカルマはないのです。

あなたが 終える と決めると

流れはあなたからカルマを引き出し、終わらせていくのです。

流れの行きつく先は 広大な海です。

海のような魂のふるさと

あなたは命そのものだったということを思い出します。

天使の梯子

カルマは解放されて消える

本日23日秋分の日

秋らしくなってまいりましたね。

そして、本日は木曜日恒例のオンライン瞑想会がありました。

マントラをお持ちの方のためのオンライン瞑想会です。

伝授を受けて ELM瞑想及びフルフィルメント瞑想のマントラをお持ちの方はご参加頂けますので

ご参加されたい方は アトリエ霽月までお問合せください。 

 

今日は瞑想前に カルマの解放についてお話しさせていただきました。

カルマは過去のネガティブ感情の記憶で、細胞の中にあります。

カルマは 解放されてなくなります。

自分が感じることは 必要があって出てきていますので

それに間違いや良い悪いというものではありません。

ただ、蓄積されたエネルギーが 何らかの表現をしながらでていくのですが

素直にストレートに出る場合は パッと出てスーッと抜けていく

割とスムーズな感じで 時間も短いです。

でも、その感情を出したらダメ ということにして

フタなどを被せてしまうと(ルールで禁じてしまうと)

出て行こうとするエネルギーは隙間をみつけて 形を変えて出ようとします。

歪んだ感情 屈折した感情 が それです

いじめなんかはとても屈折していますね。

大人の前ではいい子や優等生を演じないといけない とか

大人に対して 口答えや反論ができない とか

本当の思いを否定される というようなことが続くと

思いは屈折していきます。

抑圧された感情です

そんな 抑圧だらけの環境で

本音を封じて 素直な感情を見せられずに 生かされていると

大変生きづらいです。

感じちゃダメ と 自分の感受性を否定され続けて

感じることができなくなった人は 生きていることが虚しくてしかたありません。

自分が何を感じているか 分からなくなってしまうことも多々あります。

その人らしさは まるで地下牢に閉じ込められているかのように

脱出する術が見つかりません。

どんな風に感じるかは 他人が決めることではありません。

自分自身が感じていることが あなたの感情です

それは 良いも悪いもありません

それ なのです。

自分の気持ちを否定せずに あるがままに認めることができると、

苦悩は徐々に薄れ、目の前の出来事に どう対処すればいいかを

考えられるようになってきます。

対処の方向性はいろんなものがありますが、

もし あなたが 今後平和で幸せな体験を望むなら

あなたは あなたが愛でいることを選んでください。

他者がどう在るかは他者の選択なので それは自分が決めることはできません。

あなたが選ぶことができるのは あなた自身の在り方です。

嫌なことがあると、最初は ショックだったり、不快だったり、悲しかったり、怒りを感じたりします

それが解放です。痛みや発熱なども解放です。 暴れたりするような破壊的な衝動も解放ですね。(破壊の神シバの担当です)

それらは 外部にとばっちりや被害者をつくることもあるかもしれません。

誰かを傷つけると カルマを解放すると同時に新たなカルマを作ってしまうので気を付けてください。

カルマのエネルギーは 生き物でないものにぶつけましょう。

解放の仕方に困って 抑圧されたエネルギーを

攻撃や 非難や 否定や 疎外 などで出してしまうと厄介です

あなたが人に投げかける波動は あなたが受け取ることになるものです。

最初にあっちから来た からといって

あなたから同じものを投げかえしたりしないようにしましょう。

(無意識にしてることも多いです)

外から降ってきたカルマの矢は地面に落として終わりにしよう

ここで投げ返さなければ終わりになります。

我慢 というよりは 場所を選んで解放します。

発散とか表現でその爆発的なエネルギーは出てくれます。

火山も小噴火で小出しにすれば大爆発にはならないですから。

 

最初に 正直な気持ち  「あの野郎、超ムカつく!」

怒りを 認める   「そうだ、私は怒ってる」

理解して受け止める  「あんな事があったのだから 無理もないな。そりゃ腹立つよね」

共感する  「気持ち、わかるよ」「怒るのは自然な反応だよね」

労わる  「嫌だったよね。よしよしヾ(・ω・`)ナデナデ」

相手に対する理解  「あちらも追いつめられてたんだろうね」「疲れて余裕がなかったのかもよ?」「たぶん事情を知らなかったんだよ」などなど

私が逆の立場でもそんな風にしたかも・・・

あるがままを受け止め、冷静になれた時 はじめて 

どうすればいいかを考えます。

本当の調和、本当の愛 は 全てを癒して 摩擦を消してしまいます。

感情的なうちに行動を決めない。 冷静になるまで答えを出さなくていいのです

少し待ってみませんか?

流れを観察してみましょう

流れは常にバランスを取り続けます。

人間の都合ではない自然の調和を取ります。

とても大きな力で。

自然は 自然でない歪みを 摩擦のあるものを取り除こうとするのです。

あなたが 自然と同じ方向を向く時

世界はあなたの追い風となります。

負の体験もギフト

人生の中には 様々な体験があります。

多くの人が経験するごく普通の体験から

すごく珍しい稀有な体験まで

バラエティに富んでいますね。

感動したり、喜んだりすることは大歓迎!ですが、

辛い体験や苦しみ、痛みは できる限り避けたい ですよね。

それが大好き って人は滅多にいないと思うけど

実際は そういう出来事もほとんどの人が体験していきます。

渦中にいる時は もうたまらなくイヤかもしれません。

それを取り除くにはどうしたらいいか・・・必死で考えることでしょう。

でも、来てしまったものは避けようがない

そう、必要な体験はスルーせずに体験できるようになっている

あなたがその体験を通して 

とてもとても大事なことに気付くことができるように です。

何を? でしょうか?

現代人は巧みに言葉を操り、文明を発達させ

高度な科学技術を手にしながら 一番大事なことを置き去りにして

方向性の違う教育を子供たちに詰め込んできました

でも、その誤りに気付き始めている人が爆発的に増えていますね。

一度 富を手にしてしまって気が付く方もおられると思いますが、

どれだけ膨大な金額が自分の財産になったとしても、

それは幸福な人生とはあまり関係ありません。

ただ、欲しいものがすぐ買えるかどうか だけの問題です。

買いたいものが手に入らないというフラストレーションは無いでしょうが、

すぐに手に入ってしまう状況は 慣れると ただの当たり前になってしまい

意識は別の欲しいものへ・・・。

いやいや、そこまでの段階にも行ってないから と言う方もおられるかもしれませんが、

その方向の行きつく先には虚しさしさか残りません。

私達人間は 本当の豊かさって何なのか 

目を覚ます必要があるのです。

それは 外側を探しても無いんです。

本当の豊かさは

あなたが創り出す体験にあるからです。

あなたにやって来る体験を通して

あなたが豊かさを作るか そうでないものを発信するかで

あなたが得るものが大きく変わります。

この世界は お金が全てではありません。

お金はただのツールです。

お金は使い方によっては 多くの豊かさを創り出すこともできますが、

お金に執着したり、お金が第一だと思ってしまうと

一番大事なものを見逃して失ってしまいます。

あなたが本当に欲しいものを創り出せるのは

あなただけ だということを もう一度意識してみてください。

そう プラスの循環を創り出す ということです。

愛の循環 

その流れの中に居る時

無限の豊かさを体感します。

1人分のカルマ

一生に解放するカルマは一人ずつ担当の量が決まっているそうです。

人によって多い少ないがあり、

カルマの多い人は それを担当することを志願して生まれてきているのだそうです。

生まれる前の天界での約束ですので 現世の我々にははかり知ることができませんが、どうやらそういうことがあるようです。

カルマの量が多い人は 多くの負の遺産を浄化する役目を志願して生まれて来たそうで、その仕事をこなすことで魂が大きく成長する という特典を得ます

人格が磨かれ、徳を積みます。

魂が成長すると カルマの摩擦は減少し 自分以外のカルマまで浄化して行くようになります。

ライトワーカーと呼ばれる人々です。

他の人たちが目覚めるのを手助けします。

この役目は 宿命的に決まっているそうで

なりたくない人がすることはありません。

全てのライトワーカーは納得して進んでその役目を引き受けます。

経済的な報酬とは関係ありませんが、

そこには大きな喜びと感動があるので

結果的に経済なども安定することがほとんどです。

この世界に生かされるのです。

ライトワーカーになるかどうかはさておき、

皆に共通する学びは カルマの解放を終えるごとに

進んでいきます。

新しい意識段階が訪れるのです。

ですから、大事なのは カルマの解放

内側に封じられた感情と向き合い 感じ終えて手放すことなのです

あなたが感じている感情は 人として自然に湧き上がるものです

それにおかしいもいけないもありません

それらは理由があって出てくるのです

時には荒々しく。

それは出るのが自然な事なのです。

抑え込むからエネルギーが歪む。

気持に素直であってください。

叶わない望みに涙することもあります

でも数々のいろんな感情を味わいそれを越えながら

あなたの魂は大きく成長していくのです。

ジャッジは必要ありません。

良いも悪いも無いのです

正直な気持ちを 受け止めて

「どうしましょうか」と投げかけてください

流れは あなたに一番必要な結果を寄越してきます。

それはあなたの自我の願望を満たさないかもしれません。

でもそれはあなたにとって必要な結果なのです。

あなたの自我が求める結果ではなく

あなたの魂が成長するために必要な体験と結果 なのです。

流れが意味することを理解しようとしてください。

あなたが 本当の愛になるために必要な試練は

あなたが本当の愛になるまで続きます。

 

それは本当の愛になれば

流れとの摩擦が消えるからです。

世界とこの意識が一致する瞬間です。

その一瞥を体験すると

世界観が変わり始めます。

 

これまえのジャッジを 手放してください

全て必要があって起きています。

あなたが本当の幸せを掴むために

日々徒然

9月になりましたね。みなさんいかがお過ごしでしょうか

私はこのところ少々多忙にて ブログを書く時間をとれませんでした。

日常ではいろんなことが起きますね

その中で いろんな閃きやメッセージを受け取るのですが、

そういったものは束の間の虹のように しばらく見えていたかと思うと

しばらくして消えています

今日、ふと降りてきていたものを忘れないうちに書き留めておこうと久々にブログを開きました。

このような不安定な情勢では 皆が心もとなくなりがちです

でも、今 私たちが掴まなければならないのは、頼りなる人 や すがる対象ではなく

あなた自身の感性です。

それには 自分自身に対する肯定感 つまり 自分の感じ方はこれでいい と確信を持つことが大事です。

そう、あなたの感じ方はおかしくなんかありません

他者と違っていて当たり前です。

違っているからこそ あなた自身の感性を大切にしなければいけません。

あなたの違う人のことも否定してはなりません。

それはその人の真実かもしれません。

幻想に見えたとしても それはその人の現実なのです。

お互いに違いを大切にし合わなければ 自分の感性を大事にすることなどできないのです。

自分を認め、大事にしてこそ

それぞれを大切にし合うことができます。

正しさや真実は一つではありません。

そういったいろんな要素が調和してバランスがとれることが 平和 です。

心地よく居ること それは他者の心地よさも考慮することでもあるのです。

ルールで縛り合うのではなく 自由にふんわりと全体がバランスを取り合う

素晴らしい新しい世界ですね。

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