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ダルマ

カルマが去ると 愛が開く

私が『悟り』に興味を持ったのは

気が付くと人生がとても生きづらい状態だったから なのですが、

その時の自分 というのは 悩みごとだらけで苦しい事だらけで

何をやってもうまくいかない (ある意味自分で壊してしまう)という感じで

どうしたらいいものやら、しばしば途方に暮れていました。

たぶん極端にネガティブ思考だったんじゃないか と思います。

今はその片鱗もありませんが・・・ (≧▽≦)♪

当時はなんとか苦しまない人生を送りたかったんですよね。

何をそんなに? と 思われるかもしれませんが、

(今の自分でもそう思う)

当時は、不安だらけで この先々どうなるのか と思うだけで苦しかったように思います。

そういうのがカルマ なんでしょうね。

世代連鎖で受け継ぐものも多いです。気がつけばいっぱいくっついてるカルマ。
 

でも、カルマは手放すことができて、無くなれば 何の影響も残さないんですよ。

面白いほどに。

もう、以前の自分とはほぼ別人なんじゃないかと思うほど 楽天的に生きてます。

これは 元の自分と変わってしまう のではなくて、

カルマが発動する以前の 子供の時の本来の自分の性格に戻る 感じです。

屈託なく笑って 特に怖いものものもなく 好きなもの楽しいものに真っ直ぐ向かう自分です。

深く考え込む必要もなく ただ、勘は鋭いんです。

違和感のあるものに対しては 感覚で察知する と言いますか、 分かるんです。

子供もそういうのに敏感ですよね。

そんな感じ。

本来の『生きる』 ということは 理屈じゃない。

命の向かう方向に真っ直ぐ向く ということ

それはとても自然なことなんじゃないかと思います。

そこに良い悪いはありません。

誰かの都合にとっては好都合不都合はあるかもしれませんが、

そんなエゴの都合に押し込められる命は 窮屈でしょう。

少なくとも 自分はそういうところに収まれない質だったりしますので

自由を選んでいます。

もちろん、自由より 小さな安全が好きな人もいるでしょう

それは自由に選んでいいと思うのです。

他者の選択を邪魔しないで それぞれが丁度良いポジションに生きられると

無駄な摩擦が起きないですよね。

摩擦を感じやすい敏感な方の

摩擦へ対処は スルーする能力と 距離の取り方にあると思います。

他者を無理に抑え込もうとしても余計に疲れるだけだったりしますが、

気が付かずに影響を被っている場合は 相手がそれに気づいていないことも多いですから

どう伝えるかが大事になってきます

いきなり 「あなたは迷惑なのよ!いい加減にしてよ」と言われて

平気な人はほとんどいません。

あなたの必要とすることを相手に伝える場合は、できるだけ 丁寧に相手を立てて

相手を悪者にしないで伝えてみてください。。

悪者扱いされないと 受け入れやすいんです。

それでもこちらの否定的エネルギーや非難したい雰囲気が伝わる場合もありますので

でこちらが相手を 悪者だと思わない ということは大事だったりします。

 

「迷惑かけてくるあの人は悪いじゃない」って思うかもしれませんが、

もし 逆の立場であなたが悪気もないのに相手の思いを察知できなくて相手が不快だと怒ってしまった場合

あなたはどう感じるでしょうか?

そんなに悪い事した?そこまで怒らなくてもいいじゃないの。 私を悪者にしてそちらの方こそ理不尽なのよ。 とか

逆に腹が立ってきたりしませんか?

悪者に扱われる というのは 暴力を振るわれるのと変わらないくらい傷ついたりします。

あなたは誰かを悪者にしてはいませんか?

たぶん、どんな人も 自分の欠点は後ろめたくて

人から批難などされたくないのです。 

だから 寛大な扱いをされたり 許してもらえると救われた気持ちになりますね。

 

自分を正当化したがる人ほど、自分に自信がない人なのです。

否定されることが怖いのでそれを受け入れたがりません。

なので、そういう人とお互いに恐怖で戦うというのは とても無益な戦いじゃないかと思うんですね。

それらは 本当はカルマの仕業なんですけども

やわらかく受け止めて 癒していく ということができれば、

カルマは去り、あなたのキャパは大きく成長していきます。

 

これからの残りの人生を 豊かな愛を感じて生きていきませんか?

それは不可能な事ではありません。

あなたには 開くと豊かになる愛が 沢山備わっているのです。

ナズナ

現れ

昨夜のブログを読んでLINEを下さった方がおられたので続けて投稿したくなりました。
 
 
解放が起きている方も多いようですね。
そういう時期のようです。
こういうことはシンクロして同時多発的に起きるのが常です。
解放は、
ただただ 手放して下さい。
 
表面的に慌てていても内側の中心に静けさがあれば大丈夫なんです
表面は何かと慌ただしいもので、その変化があるからこそ
生きている  という実感があるんでしょうね。
魂は積極的に味わい、イベントを楽しみます。
どんなドラマを見ていますか?
脚本家になれそう? happy01
そう、人生の脚本を書いているのはあなた。
あなたの身の回りにある材料を使い、想像力を働かせて味付け。
 
因果の因は無意識にも紡がれております。

だけど、
何が起きたとしても
全ては調和していきます。
あなたの思いは抵抗するかもしれませんけど。
ただ事象は置き続け、そして淘汰されます。
 
そういう世界なんです。
 
流れに何かを投じ、起きる現象を見ています。
何かを投じても 投じなくても
流れは流れの方向に流れています。
 
流れの速い時、遅い時 があります。
場所によっては急流、停滞も起きる。
地形の影響とかありますからね。
障害物が存在すれば 流れは変則的に。
それは物理現象です。
エネルギーも同じ。
 
因果も全てが完璧に調和する世界です。
増えも減りもしません。
地球上の成分(五元素・ファイブエレメント)は、姿を変えたとしても。ずっと同じ量なのです。
地球上にある要素としてはね。
 
世界は常に対流していますので
 たらい に張った水を ぐるりと回しているのと同じですね
向こう側に行った水は戻ってきますよ
 
そんなこんな。
もう静かに眺めているモードになりますね(笑)
 
流れの波立ち、喧騒を眺めるもよし
スルーするもよし
喧騒に参加するもよし
 
何でもアリなんです。
 
あなたの好きなように。起きるままに。
 
カルマン渦

 

ニューライフ

あ、 っという間に

5月になっていました(笑)

暑いな と思う日も増えてきましたね。

良い季節です。

いかがお過ごしでしょうか?

私の所は、妹が入院をしたので、

姪っ子ちゃんが我が家に泊まりに来ています。

今回はちょっと長めかも。いつが終わりなのか把握しておりませんが。

きっと 「もう終わり?」って思うんだと思います。

夜型の私には珍しく6時前に起きてお弁当を作ったりするので、

時差ボケが生じております(笑)

ま、なんとかなるでしょう。

勤め人ではないので なんとかなります。

何がどうなっても なんとかなるものです。

 

今日はなんとかなる と言うお話。

何とかしなければならない これはもう手放してください。

あなたがするのではありません。

流れがします。

あなたが望みを持っているなら、

それが叶うかどうかは運次第。

その願いは叶うかもしれないし叶わないかもしれない。

あなたが望みを持っていないなら、

あなたは充分になんとかなって行きます。

そんなわけないじゃん と思っているあなたは、

そんなわけないでしょう。

でも、「なんとかなるもんだね」と思っているあなたは

なんとかなる奇跡を見るでしょう。

なんとかなる奇跡とか見たことない! って思うあなたは、

「何とかなるんだね」と思って自力でどうにかするのを手放してみてください。

すごくおもしろい何とかなる流れを見ることになります。

その時の注意事項(流れを妨げない方法)は

物惜しみをしないで 流れに任せきってください。

要らないものが去り、必要なものだけが残されます。

あなたに丁度いい、あなたに相応しいものが残ります。

今は それが気にいらなくても、ちょっと待ってみてください。

この世界はずっと変化しつづけているんです。

必死にならなくても

いつだって ここにいる

 

幸せです。shine

スイレン

上を向いて、 開いて、 息をして shine

命を感じてみましょう heart01

 

コントロールは 必要ありません。

新しい生き方にようこそshine

悟り

悟りは、いろんなレベルがあるんだと思います。

何か 「わかった!」と思う事を 悟った って表現もしますので

それがお釈迦様やスピリチュアルが言う 悟り とは違うこともあります。

お釈迦様も長年いろんなところでいろんな人々にお説法してまわっておられたので

いろんな意識レベルの話をしていて それが必ずしも色即是空の話ではなかったりします。

それは 究極の悟り『色即是空』の体感を理解するには 体験が少なすぎる人々にとっては

その悟りは理解できないので 話を聞いても混乱するだけだったりするので

聴く人がわかるように心が穏やかになる話をされるんです。

スピリチュアルの世界でも同じです。

究極の悟り の話をしている方と、人間の意識、観念の世界において心が穏やかになる話、

あるいは善を説く話 をしている方々がいます。

仏教の僧侶も同じです。

究極の悟りを目指しているのは高僧か禅宗の僧侶 なのですが、(この目指しているという表現は微妙)

他宗の場合はそうでないことが多いです。

天国や地獄の話をして 良い事を行い、悪い事をしない という

自分自身が幸せになりやすい生き方を 説いています。

究極の悟りは あまりにも掴みどころが無くて・・・

というのも当然で、何も掴まないのが究極の悟り境地 ですので

それを体感するには「あれは?これは?」という質問そのものを全部手放して

瞑想状態に入るしか方法が無いように思います。

あまりにもひどい事が起きすぎて、世界観が壊れてしまった人も 何も掴めなくなって

いきなり悟ってしまったりすることがあるようですが、

それはなかなかの荒療治といいますか そこで手放せなかったら 
自殺か発狂?なんてことになりかねないので (^_^;)
瞑想して悟りたいところですね。

私自身は瞑想してましたが、荒療治的な出来事は起きていたので
私のようなエゴの強い人間は それが必要だったのだろうな と 思っています。

でも、それは必要で私にとっては良い体験でした。

ものすごく分かりやすかった。

強烈に恐れていたこと、強烈に手放せないものが無くなった 後、

それが全くの幻想の怖れだ ということを目の当たりにしたからです。

そう、皆さんの怖れも 幻想です。

この世界は必要な事しか起きません。

そこに抵抗してもあまり好い事は無いのです。

むしろ、コントロールをやめて 自然体にしていた方が

ずっと丁度良い具合に調和して愛が流れ込むようになっているのです。

諸行無常は 残念なことではありません。

無理な執着は維持できないので 自然な流れに任せて

自然を享受することがどれだけ幸福か。

それを体験するのが「さとり」の生き方です。

怖れ ではなく 愛を見つける日々です。

舞鶴公園桜

自然は 愛を歌っています。
 

手放すとは

色んな意味で 世界中が揺れ動いています。

一体どうなっちゃうのか?と心配になる方もいらっしゃることでしょう。

でも、未来には進化した世界、進化した社会、進化した人間たちがいます。

その進化とは 今の私たちが想像するような形ではないかもしれません。

でもこの世界は調和しようと流動していきます。

調和の法則がある世界で なんでこんな混乱が起きるのか?と思うかもしれません。

それは調和をくずしているのが人間だからです。

自然は いろんな要素が淘汰されて調和していきます。

人間がいなければ 自然は自然のままですが、人間もある意味自然の産物の一つなので

この事態は起きるべくして起きている とも言えます。

他の動物たちも群れが大きくなりすぎると 全員を養う食べ物が足りなくなって 数が減ります。

何かが増えると何かが減って それで増えすぎた種族は数を維持できなくなり減って、食べられていた種族はまた増えだします。

自然のサイクルです。

人間は 知能が高く いろんな知恵を働かせて数を増やし続けました。

自然と調和する方法を考え出すことができるのです。

今は、天然資源を取り合う状態で国と国が喧嘩しているのですが、

それは独り占めして 一人で豊かになろうとするから そういう争いが起きます。

富が一か所に集中するのは 全体のバランスが悪いのです。

貧困層は不満と言うカルマを持ち、負のエネルギーを貯め込みます。

怒りです。

欲望も飢餓感から生まれます。

もし、私たちが本当にいろんなものを分け合えば、

怒りや欲望や飢餓感はさほど起きません。

これは金持ちとか貧乏とかいう問題だけじゃなくて

人々が思いやり(愛)を分け合うことができるかどうか が大きな問題です。

お金持ちが持っているお金を一人じめしようとするのは、

心が貧しいからです。

愛を受けずに育った人がその傾向に傾きます。

飢餓感から来る欲望は、どれだけ所有しても 充分だ という気持ちになることがありません。

それが所有が充分でないからだと勘違いしているうちは 更に独り占めをしつづけようと

この世界のアンバランスを助長します。

そういう人は、愛を見失った人なのです。

愛の欠乏 というカルマを持っています。

その人は持っているものを手放さないために死にもの狂いで威嚇し暴力を振るい、戦い続けます。

たぶん、失うことは死ぬことのように感じているのでしょう。

そういう人から暴力で奪い変えす ということをすると、カルマがスパークして

多大な犠牲を作り出します。

そういった怒りや悲しみやカルマを消すことができるのは

愛と癒し なのです。

それは あなたが持っている愛を発動させることによって

この世界は変わり始めます。

私ごときが一人で変わっても??どうもならんでしょ  なんて思っている人、

いやいやいや、それがどうして。そうでもないんです。

リンクするんですよ。 あなたが変わろうと思った時、100人が変わろうとします。

あなたが変わった時、100人が変わります。

その100人が変わった時、100×100人が変わります。

ネズミ算式以上に変わります。じわじわとね。

ほら 世界は着々と変わり始めていますよ。

暴力的な権力はいずれ淘汰されていきます。

そんなものが 調和するはずもなく

暴力で奪ったものは 痛みをもって、取り上げられる。

執着は怖れです。

本当は執着しなくとも あなたの愛が目覚めていれば

充分すぎるほどの愛に恵まれるのが この世界の法則なのです。

どんな時も愛を忘れないことが あなたに豊かさをもたらします。

あなたの本当の豊かさは あなたの中に輝き続けています。

あなたを覆っている悲しみと怖れを天に預けてください。

そのカルマはあなたではありません。手放して天に預けます。

その時はじめて、ユニバースがあなたのために動き始めます。

大いなる流れと共に 愛の中に生きる

そこには愛でないものは存在できません。

大丈夫です。あなたは愛で出来ているのですから。

誕生仏
 

 

先日聞いて 心に響いた動画

斎藤一人さんの動画 よかったら見てみてください。

 

循環させるもの

昨日ブログをアップしたつもりで、未公開の設定になっていました。(^_^;)

日々やらかしております。。

とりあえず、その文章をアップ coldsweats01

clover

この世界は 不公平です。

それぞれの人に与えられるものは それぞれに違います。

生まれた国、場所、時代、家庭、ご縁、経験、etc.

置かれた環境は様々で、

恵まれた世界で生きることもあれば、とても大変だったり過酷だったり

なにか重い課題を背負っている場合もありますが、

その条件をどう捌いて?幸福を見出すか は まるでゲームみたいなものかもしれません。

物質的に豊かな環境にいながら、幸せじゃなかったり、いつも不満ばかりに意識を向ける人もあれば、

過酷な環境の中で 幸せを創り出していく人もいます。

これらの違いは何でしょう?

それも 環境や材料や出会う人が良いから? かと思われることも多いのですが、

実は ちょっとした幸せになるヒントを知っているかどうか 

また、それを実践するかどうか だけだったりします。

それは意識的にしているとは限りません。

でも意識的にもできます。

今の時代は良いですよ。ヒントに溢れています。

少し前までは、ヒントに出逢うだけでも大変だったし、そのヒントを知っている悟った人が

ものすごく少なかったんです。

でも、一人の人が悟ると 周りの百人が悟りに気付くそうで

今、爆発的に悟る人々が増えています。 ものすごい勢いです。

時代時代で、またあるエリアで 悟って暮らすコミュニティもあったようですが、

悟りは緩く、エゴの欲深さに飲まれてかき消されてしまった時代もあったようです。

しかしながら、地球上で人間がここまで増えてしまうと さすがの地球もそれほどの欲は養えないんですよね。

欲望の遊びは 資源が底をついてしまうのも時間の問題です。

湯水のように贅沢を貪れません。

一部の人がまだそれをしようとしていますが、 それもそろそろ諦めて行かなければならない状況が来ていますね。

滅びゆく中で物質的豊かさはもはや望めないのです。

でも、豊かに生きることは可能です。

物質が豊富には無い中で 豊かに幸福に生きることもできます。

与え合う世界です。

私は与え、周りから与えられるのです。

 

ちょっと想像してみましょうか?

途中でく上げ過ぎて貯め込んでしまって 何も流れなくなった川、そこから下流は枯れてしまった川

常に流れのある川 

同じ水の量で 環境は激変です。

エネルギーも物理法則はあります。

物質の流れも エネルギーの流れも変わりません。

滞ると澱みます。

 

エネルギーは 与えましょう。

そうすると流れます。

そう、愛するという事。

愛を与えると 世界から愛が流れてきます。

愛を循環させてくださいね。

人間はエネルギーのポンプみたいなものですね。

自分が流すエネルギーはどんなものか観察してみるといいですよ。

入ったものが出るのではなくて 出すものが入って来るようです。 


 

対流する世界

決まった幸せの形は無いんです。

良いだけの世界とか悪いだけの世界なんてものも無い

この世界は常にすべてが流動している固定できない世界です。

ただ、今この瞬間がどんな状態なのか だけ

その今は刻々と形を変え続けています。

諸行無常 です。 全てのことが一定ではない。

一瞬たりとて一定ではないんです。

人間の頭の中はある1点に囚われるということがしばしば起きます。

気になること 嫌な事 執着しているもの 支配したいもの 欲望 願望

これは今ではありません。 記憶と妄想

そう、思考は記憶と妄想で遊んでいるようなものなのです。

明鏡止水

平らな水面、静かで美しいですね。

ただ、対流しない水は澱みます。

太陽から恵みをいただいているこの地球上の物質は常に全体の中で対流していきます。

それがこの世界の摂理です。

変化しないように見えているものでも、何百年、何千年、何億年の時と共に 一定の形では存在しません。

また目に見えないものでも、分子が分裂したり結合したり 集合したり拡散したり

飛んだり 弾けたり 激しく動きながらこの世界にあらゆる形を表現していきます。

ミクロからマクロへ、意識を向けるとその壮大さとダイナミックさに感動を覚えます。

私たちはそんな世界の一部です。

世界の中で発生して 維持され、やがて消滅していくのです。

意味はありません。

それはただ自然の摂理です。

自然の摂理は美しく、ある時はおどろおどろしく、

ある時は残酷で また 愛に満ちています。

意味はありません。

それはただ自然の表現物なのです。

それが生きている事。

人間は その中で自由にいろんなことをするチャンスを持っている生き物です

集団に収まるもよし、自由に飛び回るもよし

あなたにとってどちらがいいのかは、あなたのフィーリングが教えてくれます。

あなたに合うものは、あなたにしかわからない ということですね。

フィーリング、 感じる習慣をつけてみましょう ♪ winkshine

不安定な歪みは整えられる

2月は寒いですね。暖かくされていますか?

今時の風邪は オミクロンとかで 家族が風邪をひくと一家で自宅待機になっちゃいますね。

ほんの数年前までは 熱出たくらいで休んでられないのよ なんて フラッフラになりながら満員電車に乗ってる人がいた ってこと

もう忘れそうです。

今だとそんな大罪ありえない! みたいな感覚になっていて

ほんの2,3年で 随分意識が変わるものだなぁ と 不思議な感覚がいたします。

そんな体調不良に敏感な今日この頃ですが、相変わらずブラックな会社もあるようで

そういったコロナ自粛で従業員が急に休んだりするものですから 在籍している人だけで回そうと無茶してまた従業員が辞める

などという 存続不可能なことになっている という話も聞きます。

もう これからの時代、時代に合ったシステムを導入しないと 経営が成り立たないんじゃないかなぁ って思いますね。

その、ほんの数年前まで どう見ても過労で倒れそうなのに「無理してでも働かないと生きていけないじゃない」なんて人何人も見て来て

世の中おかしいんじゃないか?と感じていたので この流れは必然だよなぁ と思ってしまうのです。

都市部だけに人間が密集してる とか。

東京や大阪の人混みと その中で取り残される孤独感とか すごく変なものに見えていました。(社会問題というやつ)

そんな社会のシステムそのものが根本的に激変しているのを目の当たりにしているのが 今 なんです。

歴史を見てみると 一揆とか米騒動なんかもそういう崩壊現象の一つですが

今の天災による変化は 人間の意図を越えているのでとても興味深いです。

 

無茶な発展、歪みのあるシステムは いずれ崩壊します

歪んだままの発展やシステムは残さなくていいと思っています。

歪みのある状態で構築されたものは 弱い。

だから もっと落ち着いて安定のある方向へと 世界は流れて行っています。

人間の感覚で言うと、居心地の悪い状態、苦しい状態が歪みです。

負のエネルギーが溜め込まれている状態

豊かさがスカスカになっている状態。

そこからは意図的に脱出すべし です。しがみつく必要はありません。

 

安定とは 調和 です。

豊かさが満ちる時 そこにまんべんなく足りている均衡ができるのです。

豊かさは 物質のことではありません。心の豊かさが物質の豊かさも生み出します。

豊かさとは愛のエネルギーです

愛のエネルギーに暗いところはありません。

もしあなたが見ている愛に暗い部分を感じたら

それは愛ではなく執着だと理解してください。

愛は泉のように湧き出すばかりで 何かを吸いこもうとはしないのです。

溢れるばかりの泉は澄みわたっています。それは浄化でもあるのです

愛だけを流せば浄化は起きます。

その愛は出しているあなたの身体にも染みわたります。

人が自分から出る愛を見失って枯渇すると他者から愛をもらいたくなりますが、

本当は自分自身に愛を向けることできるので大丈夫なんです。

ただ、閉じた愛を開くのに他者の愛が働くことがよくあります。

愛は相互作用で更に活性化します。

愛あるところに愛が集まるのです。

ぜひ 内側の奥にある愛の源を再発見してみてくださいね。

まず ご自分に愛を向けてみてください。

この体ありがとう。

心臓さん、消化器さん、呼吸器さん、膀胱さん、腎臓さん、血液さん、血管さん、その他諸々の臓器のみなさん

毎日働いてくれてありがとうございます。心から感謝いたします。

あまり無理をさせないよう気を配りますね。

必要な事があったら教えてください。改善いたします。

チャクラ図

身体からのメッセージ、聞いてみましょう

 

共存できる世界

私たち人間の思考、自我システムはこの身を安全に長らえる仕組みです と 以前のブログに書いたことがあります。

私たちは人間という生物に生まれたわけですが、全ての生物は自己保全(自分の命を守る)システムがあります。

生命そのものが 生まれてきた生命体としてそれぞれの生命というシステムを終えるまで(外敵から身を守り)生命維持しようという目的を持ったプログラムをDNAの中に組み込んでします。

それは自分が作ったものではなく、生命体というシステムがそれを創り出している

自然の摂理の一部です。

これかの自然の摂理の中の生命体は あのコロナウイルス(ウイルスは生命体なのかどうか?微妙な位置づけですが、システムとしては同じと考えますと)

ウイルスは時間と共に変異していきますよね。

最初は殺人ウイルスみたいに恐れられていましたけど、新しく出てきたオミクロン株は弱毒化しているようで人間たちはちょっと安堵しているようですが。

なぜそういう変化を創り出したか?という理由に なるほどとおもったことがありました。

殺傷力が強すぎて 寄生する対象を絶滅させてしまうとウイルス自体も繁栄できないので弱毒化して寄生対象を守りに入った・・・とか。

おお、ウイルスにとっては人間は牧場みたいなものなんでしょうかね。coldsweats01

自然というものは 調和するようにできています という宇宙の法則が働いているようで

この調和しないものの衰退 というものに かなりのインパクトを受けたことがありました。そうです、

進化して 合わないものは衰退 あるいは絶滅するわです。

 

話を元に戻します。

人間の思考の傾向は 人間が増えて反映するために与えられたプログラムなんですが、

そのプログラムが 何か特定のものに引っかかって調和とは違う方向性に拡大すると 自然の調和は崩れ、

それはやがて 行為した人間という種族そのものの衰退へと進んでしまう

このことに気付いている人間と気付いていない人間がいます。

これまでの世界は、まだ人間の数がそれほど多くない頃から、地球の膨大な資源にあやかって

人間がそれを頂戴しながら(自然の恵み)繁栄してきたわけですが、

増えることが幸せとばかりに どんどん増えて行った結果、資源の危機がどんどん実現しそうなことになっているんですね。

人間たちは 資本 とか 貨幣 とか 財産 とかいうものに 異常に執着を示して

それを増やすゲームにすっかり没入してしまって 現実世界で何がおきているのか わからなくなっていたのですが、

それに対して、「大人!ええかげんにせいよ!!!」と 怒りだした若者が世界の話題になって久しいです。

これは当然の流れでしょうね。

それを横目に見ながら 今までの消費生活をやめられないすでに大人になった人々は あと20~50年もすればすっかりいなくなるので

この世界にいる人間の生き方はやがて大幅に変わることでしょう。

ただ、資源があるうちに順応していくことも求められていますね。 

若草山の草を全部食べつくした鹿の大群が飢えて死滅する なんてことになってしまったら元も子もないですから

私たちはそろそろ、大人や老人たちも順応を意識して そろそろ消費を自粛 物を大切にする生き方を練習せねばなりません。

(人間がしないと自然の摂理が制限掛けてきます)

必要な変化に抵抗するよりも 何が必要で何が不要なのかを見極めていく目が必要かと思います。

今話題のサステナブル ですね。 調和する生き方。

大切なものを思い出させる出来事が頻発するのは流れの一環です。

早く気付いたもの勝ちですよ。

 

あるものを大事に分け合う世界

奪い合う世界 ではなくて 与え合う世界。

愛は豊かさです。

物質的な贅沢よりも 心の豊かさを満喫するようになります。

そこにはきっと幸せな人が沢山いるでしょう。

変化を恐れている人も ダメな人やひどい人なのではありません。

ただ慣れないものが怖いだけ。 もし人々が愛ある社会を創り出せば 変化は不安に包まれることはありません。

護るのは愛の力。

貪り、競争して奪い合う社会で死滅するよりも 共存を選ぶ ウイルスの方がちょっと人間より賢いのかもしれません。

青い惑星 地球上での出来事です。

繁栄も衰退も自然の摂理。常に進化 調和していきます。


地球

 

しがらみからの解放

生きているといろんなしがらみができて、自由に生きられない なんて・・・

思っていた人々が沢山いました。

昭和の時代なんてすごかったですね。

その前はもっとそうだったかもしれません。

お侍に逆らったら切り殺されても当然 みたいな・・・

そんな人を殺してもいい権利とか持っている人がいることが当然の社会 とか

生きづらそうです。

ですが人は生きていました。

社会の意識は徐々に進化して 今は人権は平等なものになってきました。

まだ残っているのは、役割(役職)に縛られる事だったり

立場に縛られることだったり、人間関係に縛られる事だったり・・・

それも徐々に打ち破られつつあります。

なぜ そうしないといけないの?

人から責められることは 抑止力にはならなくなりつつあります。

若者はある時 こう思いました。

この行動の結果の責任を取ればいいんでしょ?

ペナルティごと受け止めれば文句ないでしょ。

そう、ルールに従っていても従っていなくても

その結果起きることは本人がうけとめなければならない。

結局責任取るのは自分かよ  ってことなんですよね。

周りがやいのやいの言うのはほんの一時期だけのことで

他者はとても無責任。口出ししても責任は取ってくれるわけで無し

選んだ本人が結果を受け止めることになる。

だったら 一番選びたいものを選ばないと 後悔しませんか?

誰かのせいにしたところで 何かしてくれるわけでなし。

私の人生は私にしか作れない。

 

と、ここまで書いて、あることが浮上してきます。

自我がとらえている人生という幻想も無意味なんじゃね?

そうなんですよ。自我のイメージに振り回されて 理想を追いかけて

不満足な今を生き続けることがどれだけ時間の無駄遣いか。

いや、今の無駄遣い。 今というミラクルなこの瞬間を 

つまらなく生きるなんて 本当に残念。

過去にどんなことがあろうとも、今を輝かせることは可能です。

今 あなたが全ての思いから解き放たれて リラックスする

目を瞑るだけでそれが可能になります。

何ものでもない存在そのものを体感してみてください。

意味などありません。

emotion 感動が存在します。

瞑想で 意識の世界にようこそ。

白い山

ゆるぎなくそびえたつ山のようにゆるぎなく

 拡大する意識

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