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2022年4月

成り行き次第

なりゆきに委ねてみよう。

 

私達人間は ついつい物事をコントロールしたくなる

「あらあら、そうじゃないでしょ?こうやってって言ってるでしょ?なぜ言う事を聞いてくれないの?」

「そんなこともできないの?」「そんなこともわからないの?」

 

と、言われたら

「なぜ言う事を聞かなきゃいけないの?」とか「わからねぇに決まってるだろ」的なことを思ってしまう?(笑)

若い時のそれは 生意気で反抗的と思われ、叩かれがちですが、

今の私は そういうことを思っても、ちょっと方向性が違います

「ああ、言う事を聞いて欲しかったのね」「みんな思うことはそれぞれなんで言わないとわからないですね」

「この世界は思い通りにならないものですよ」

でも、逆に自分がそんな風に(そうじゃないでしょと)思ったりすることもありますよね。

「え~、できないんだ」「ちょっとちょっと、そうじゃない」「あー、それヤバいやつ」「あーらら。」

みんなが最初からちゃんとできるなら揉め事なんて起きないでしょうけど、ちょっと待って。

揉め事作っているのは 責めてる方なんですよね。

 

この世界は 思い通りにならないからこそ面白い世界だ とも。

全部思い通りになったら、ドラマは生まれないですからね。

ドラマ、楽しんでください。ドキドキ ハラハラ

それはただのドラマです。

コントロールしようと思わなければ いろんな展開を楽しむことができます。

結果を「これがいい!」って 決めちゃうと そうでない展開が許せないじゃないですか。

どのみち 思い通りの展開にならないのが常ですので

予想外を楽しんでください。 

なんでもあり。

それはかなり面白い世界です。

こだわり? 

そんなものは あってもなくてもどっちでもいいんですよ。

無駄なこだわりは どのみち剥ぎ取られますから。(笑)

無くなっても 困りません。

 

手放してみる

苦しみを手放したいと思って 悟りを求めて

悟りとは何か?が徐々にわかって来ると

これまで自分が悩まされていた問題が問題だったのではなくて

その事柄を問題にしていた自分の方が苦しみを創り出して

苦しみを握りしめていた ということに気付いていきます。

でも、意識は出来事をすぐに問題視したがるし、

何かあれば感情的な反応は自然と湧いて出てくる。

「嫌な事はやっぱりあるじゃん」と 思うのですが、

悟りとそうでない意識の違いは

その嫌な事をどうにかしたいと思っているかそうでないか の 違いだけだったりします。

え?嫌な事を放っておくの?そんなのいいの? って思うかもしれませんが

そんなんでいいんです。

だって、どうにかできると思っているところが苦しみの始まりだから。

抵抗=カルマの感情 なんですね。

「あー、嫌だ。」「あー、苦手だ」「もう、あっち行ってよ。やめてよ!」って

排除したいものができないことが苦悩なんですが、

そのどうにかする という意図を手放した状態なんですね。

「そんな、やられっぱなし とか無理」と思った時点でもう違う所にいるんです。

でも、あれこれ、考える前に手を出してやり返してたとしたら、それは意図ではないので違わないかも。(笑)

事はただ起きてしまうのです。

怒りも悲しみも痛みも悔しさも ただ起きてしまうだけ。

笑いや喜びが勝手に起きるのと同じように。それらは意図して出て来るものではないんです。

「よーし、次やられたら悔しがってやろう」なんて思わないですよね。

人間は頭で考えて自分や世界をコントロールできるものだと思うようになると悟りからは離れてしまいます。

でも、社会の中での教育は コントロールできることが真っ当な社会人、真っ当な大人 ということになっていますから、悟りと社会での役割や意識はどんどんかけ離れてしまいます。

それの何がよろしくないのか?と言いますと、

よろしくない というわけではないのですが、

社会にとってはそれが都合がよいのでそれが良いということになっているだけなんですが、

その思考やマインド優位で生きていますと、素直な感情をそのまま感じていてはならない というようなことが起きたり、

感性よりも仕組みやルールを重視してコントロールの中で生きることになるので、

それにはまらない感情にダメだしすることになっちゃうんですよね。

その結果 こんな自分じゃダメだ とか、

あんな人じゃダメだ とか

こんな私は大嫌い とか 

思考と感情が足並みをそろえてくれないとかいう 葛藤とストレスが

どんどん大きくなってしまうのです。

 

適材適所 ではなくて

個性を殺したコマとして生きることを強いられたり、

感情を無視して 理想の形だけを生きようとする。

この型にはめる という歪みがストレスと生きづらさです。

型に合わす という行為はデメリットだけしかない というわけではありません。

メリットもあるからこそ 人間はそれをしたがる。

でも、限度を越えたらデメリットの方が大きくなるのですが

ややこしいのは、人によって 持っている個性が違うので 何が合ってて何が合わないかはそれぞれ違う ということですね。

つまり、一つの正しさや 一つの正義 なんてものは無いんですよ。

この世界の中では いろんな要素を持ち合わせた人間や グループ、国家たちが

それぞれの正しさと利権を争って喧嘩したり奪い合ったりしてますが、

自分が生きている世界にネガティブなものをまき散らかすと、自分自身も生きにくくなる ということには気が付いてないんですよね。

そういう状態を仏教なんかでは無明 (暗闇の中で光が見えず狼狽えさまよっている状態)と呼ぶようです。

自らを闇に落とす生き方。

それは得策ではないように思えるのですが、

その真っただ中にいる方々にそう伝えても なかなか響いてくれなかったりします。

それは 彼らの中で 彼らの世界観の正しさの方が大事に見えてしまうから。

皆、自分の世界観しか見えていないので なかなか他の世界観は見えないですよね。

 

世界は今、人間たちに大きな揺さぶりをかけて、

『本当に大事なものはなんだろうね?』という問いかけをしているところ なようで

そのなかなかはっきりしない問いかけ、テーマと向き合うのが

私達人間の大きな学びなのでしょうね。

 

そうそう、答えはすぐに出ないし、1個ではない。

 

ただ、瞑想をして、無の境地にいると、答えはただ一つだということが見えてくるのです。

私たちは 存在

私たちは生きている命。

その命に、本当は、境目も始まりも終わりも無かった ということにだんだん気付いてゆくのです。

私たちはただ生きているのだ 

生きる ということをするために生きているのです。

同じ肉体はタイムリミットが設けられているので、

いろんな形に変容しながら命を紡いでいるそういう存在なのですね。

世界観は自由。(幼少期やDNAにも組み込まれた反応は変えられるものもあれば変わらないものもある)

肉体を脱げは、肉体の癖は消える。

今生では、この(性質や能力の)制限内でどう生きてみるか 可能性を楽しんでみてくださいね。

私の好みは、若い時は「チャレンジ」や「創造」 でしたが、

今は「愛」「楽しい事を選ぶ」「自由」でしょうか。

皆さんも好きなテーマを生きてみてくださいね。

 

今日は とりとめもなく言葉を綴ってみました

蓮

世界観

すっかり春の温かさですね。皆さまお元気にお過ごしでしょうか?

しばらくご無沙汰してしまいました。 久々のブログです。

 

このところしばらく多忙にしておりました。忙しさはもうしばらく続きます。

ブログが更新されない理由は忙しさ だけではなかったですね。

私は元々 左脳型で思考優位なんですが、最近頭の中のお話がすぐ終わってしまうみたいです。

何か課題があると、それについてしばらくあれこれ分析とか、解析?のような思考が始まりますが、

しばらくすると、「そんなこんなの思考も幻想なんですが」とツッコミがはいりますと

必死で考え続ける というモチベーションが無くなってきます coldsweats01

(解説したい欲求?でブログなどは書きあげるものの、思考だけだと持続しない)

そう、頭の中で正しいとか間違ってるとか量る必要がないんですよね。

昔(若い頃)は よくしていたけど、今は ほとんどしないこと ・・・それは

自己弁護

自分をわかってもらいたい などという願望が 本当に必要なくなってしまいました。

共感してもらう とか 理解してもらう、承認してもらう、肯定してもらう という必要性が

無いんですね。

そもそも、なぜそれが必要だったのか・・・。。

自分で自分のことを承認したり愛せていなかったからかな。

 

今は たとえ誰かに批判されたとしても、「ああ、そうかもね」とか「そうなんだ~。そんな風に見えるのか」と思って

だからどうこうしないといけない というのもまた別の問題で、

自分がしようと思えばするし、しようと思わなければしない。

それは前からもそうだったのかもだけど、更に人の意見に左右されなくなってきました。

「だって必要ならするでしょ」 

批判とか非難 というのは 価値観の問題だし、

自己弁護はほんとに必要がない。

で、更に  

過ぎたことをほとんど思い返さない。(健忘か!?)(笑)

まわりで起きていることをコントロールしようという願望が皆無。

それは私がすることじゃないと思っているから。

すべてのことは ただ起きるように起きる。

私が起こしているのでも誰かが起こしているのでもない。

ただ起きて 過ぎ去っていく。

そんな日常。

嫌な事を思い返さない。 必要がないから。

どんなことも起きる時は起きる。

 

ああ、今日もいい一日だ。

日が差していい気候。

暑くても寒くても大した問題じゃない。

何かが起きたら起きたで なんとかするだけ。

地球の裏側も平和になりますように。

本当は争う必要なんてない。

みんな 自分の内側の幻想に駆り立てられて 恐怖を生きてカルマを解放しながら

新たなカルマを作って行くのですが。。。(他者に苦しみを与えること)

わざわざ不幸に生きなくていいんだよ。

何も持っていないことに不安を抱く必要は無い。

なるようになる。なるようにしかならない。

己の内の愛に気付けば なんとでも。

豊かな始まりに立ちましょう。

新しい生き方のスタートです。(ニューライフ)

今日はもう春。

阿蘇五岳

手放して爽やかに

今日は春らしい気候の福岡地方でした。
早 4月です。

少しの間にもいろんなことが起きてきますね。

世界の流れは大きいなぁ と思う今日この頃です。

それぞれの人間の思惑とは別に いろんなことが起きます。

自然の変化だけでもなかなか大きいのですが、

人間のカルマの解放も噴出し続けるようです。

鬱積されたエネルギーは 圧が大きくなりすぎると爆発的に放出されます。

まるで火山です。

それは止めることができません。

その場で止めたとしても、もっと圧が強くなれば更に大きな破壊力で解放が起きますので

解放は早めに出し切るのが望ましいんです。

封じるよりも出す方が解決に向かいます。

カルマの解放、感情の爆発は 出てくる時には 多くの物を巻き込みます。

沢山のホコリを巻き上げて世界が大騒ぎになります。

この時に 巻き込まれる側は 烏合の衆のごとく狼狽えるのは得策ではありません。

危機は危機が大きいほど 冷静さが大事なのです。

怒りの感情が先立つ場合は、第一に敵意を感じる相手を見るのではなく

敵意を感じている自分の感情に向き合ってそれを受け止めること

つまり

 怒っている自分を否定せず、怒りを感じることが大事なんです。

怒っているから報復したり相手を罰していいということではありません。

ただ、怒りを感じてそういう自分を受け止める ことが大切です。

「こんな風に腹が立つ」

「どれだけ腹が立っているか」

「ただただ腹が立つ」

それを感じきってしまいます。

腹立ちが消えるまで腹を立てます。

理由とか正当化とかは不要です。

言いたいことを書き出してみましょう。

人に見せる必要はありません。

自分で向き合うためだけに表現するのです。

気が済むまで紙に書き出してください。

書き出されたものは 自己弁護に使うためではありません。

出されるのはカルマの感情 というゴミです。

ネガティブエネルギー というゴミです。

気が済むまで書き出して それは読み返さなくていいです。

一番いいのは 書き出した紙を燃やしてしまう事です。

怒りがちょっとでも飛び出したらすぐにこれをすると あまり引きずらずに済みます。

他者に見せることを目的にすると 正当化の思考が介入してくるので

他人には見せない方がいいでしょう。

たとえ見せたところで、読んだ人はネガティブエネルギーの毒気に気分が悪くなるだけです。

(大概は全部読んでもらえません。それはただのゴミにしか見えませんので)

あなたはあなたの正義を証明する必要は無いのです。

でも、マインドは言葉で正当化が成り立つと信じていたりするので、言い訳や論争が止まりません。

言葉で勝とうとするのです。

この戦いは 同じカルマを持った人にしか通用しません。

カルマの無い人はこのエネルギーには関与しません。 

解放が終わって、ネガティブが抜けてしまうと、しぼんだ風船のように動くカルマがありません。

圧が強い時は、それが終わると思えないかもしれませんが、

それが抜けてしまうと あったことがウソのように 静まった意識が残ります。

他者のカルマに振り回される時は、自分の中に同種の負のエネルギーがある ということです。

ただ影響されるだけだと思う場合は とことんスルーしましょう。

 

カルマが動く時は解放させて手放す

カルマが無ければ 嵐は避難してスルーしましょう。

注意することは 決してカルマを他者に配らない、人に巻き散らかさない ということです。

撒いたカルマは天に唾するのと同じで また自分に降りかかってしまいます。

カルマは感じて手放すだけで消えて行きます。

瞑想はそれを浄化してくれます。

負のエネルギーが消えると 身体も健康になります。

平和ですっきりした世界は あなた自身が実現するのです。

もし、近くに解放を起こしている人がいたら、「頑張って出し切ってすっきりしてね」と

静かに 遠目に見守りましょう。近づいたらとばっちりが来ますからね。

距離を取ることは大事です。

持て余している方はいつでもご相談ください。

 

スッキリ爽やかな4月をお楽しみください。

 

マーガレット

 

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