ホーム>スタッフブログ>ダルマ>コロナに学ばされること
ダルマ

コロナに学ばされること

街に人と車が戻って来て、

街って前もこんなに賑やかだったんだ と改めて驚くような次第です。

火曜日は久々のランチタイム瞑想会、お二人がご参加くださいました。

先日の1日瞑想会から、食事を出す時もバイキング形式はやめて 小分けにして袋詰めしたりラップをかけたりして 衛生的に食事ができるよう色々と工夫つつ 食事を楽しんでいただいています。

実際のところ、参加者のみなさんは、瞑想者ばかりですと、健康面が強化されて免疫力が高いので、コロナを怖がっていない方がほとんどです。

発症する気が全くしません  と発言してしまうと物議を醸しだすかもしれないので、みんながそう とは言いませんが、内心そう思っています。

それはコロナを軽く見ている というわけではなく、自分たちがコロナで重症化する気がしないだけで、それでもキャリアにはなりうるわけですので、

高齢のご家族と同居している方はもちろんのこと 体力の弱い人に移さないような注意は 常々心がけて怠らないよう努めていらっしゃる方が殆どです。

世間ではコロナを怖れたり不安に思っている方が、無防備なことを敵視して

コロナ差別などが発生しているとも聞きますが、

本当に大事なことは 盲目的に恐れることではなく、

事実を確かめつつ、臨機応変に的確に対応する ということなのです。

無駄に恐れることは 的確な対応ではありませんし、むやみに楽観視することも 的確な対応とは言えません

事実をありのままに受け止め、冷静に慎重に 対処する のみです。

仏教の無明 は 真理を知らないことによる 心の闇のことを言いますが

現代でも無明であることは とても生きづらいことになるのです。

協力し合えるはずの人間関係を敵とみなして孤立したり、争ったり、傷付け合ったりしてしまうのです。

私達人間同士が なぜ傷つけあってしまうのか それは怖れやネガティブ感情、

つまり、カルマが摩擦を起こして痛みを創り出してしまうのですが、

そのことをも毛嫌いしたり排除しようとしたりすることもまた 愚かしい判断である と気付く必要があります。

カルマの摩擦は カルマのあるところに生じます。

流れに逆らうものが流れと摩擦を起こすのがカルマです。

でも、そのカルマは結局、大いなる流れに押し流される運命にあります。

大いなる流れの方が圧倒的に大きな力だからです。

そんな大きな力を どうすればいいのか?

それはもう流れの方向に進めば 摩擦は起きようがない。

その大いなる流れの方向を知ることが 悟り でもありますので

瞑想を通じて それを 見つけることで

身の回りの摩擦を消していくことができるのです。

摩擦のエネルギーは外ではなく、内にあります。

ただ、内側と向き合って、内にある摩擦のエネルギー、負の感情を手放してください。

そう、ただ、それが出て行くままにしておけばいいだけなのです。

止める必要はありません。

あなたの感じるままに感じて、そして手放してください。

 

摩擦のエネルギーは出て行ってしまえば消えてしまいます。

何度も繰り返し感じるのは 戻ってきているのではありません。

出し惜しみした 残りがまだ終わっていないだけのことなのです。

本当の感情を 感じないうちは 終わることができないからです。

あるがままに感じてください。

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://www.atelierseigetsu.com/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/982

ページ上部へ