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心の在り方

何を許すのか

魂の学びについて お話しします。

 

私がスピリチュアルを学んできた中で、初期に取り組んだ課題です。

 

『人が自分にしてくることは、かつて自分が人にしたこと。

自分がしたことを 今されたことで 自分の罪はチャラになる。

だから仕返しをしてはいけない』

 

え?私は他人にそんなことしたことないのに???

もしくは

自分もちょっとはしたかもだけど、こんなにひどくない!

 

って 思うんです。

後者、自分もしたかもだけど、こんなにひどくない  というのは

当然なんです。

 

だって、あなたにあなたのしたことを気付かせるためには 

あなたが許せる程度では あなたはそれを気付くことができないから。

つまり、 大なり小なり そんなことをしたことがある という気付きです。

その気づきをもたらすために この出来事は起きています。

 

いやいやいや、全くもって身に覚えありませんけど???

って、全力の主張。

 

どうも、自分のしたことは 今生だけのことではないようです。

「過去世かいっ!」 かなり突っ込みどころ。

記憶に無いし。。。

更に もっと理不尽なのが 

先祖の所業

「ご先祖さまっ!!」Σ( ̄□ ̄|||)

 

そして、この試練を受けている自分は

生まれてくる前に この試練を受けることを了承して

ここに生まれてきているようなのです。

・・・記憶にはないけれど・・・

 

は?(*´Д`)  意味わかんねぇし!(~_~;)

 

そうです。記憶にはないその約束は 意味わかりませんが

そういうことのようです。 自分が選んできた試練。。。

 

で、 どうするか?  何を学ぶの?

 

許すこと と 愛 です。

 

自分がしたことは 大概 あまり覚えていません。

自分がした 後ろめたいことは 記憶を隠してしまう という機能もありまます。

あるいは記憶を誤魔化してしまう。

そう、正当化 です。

記憶のニュアンスが 自分は少し もうちょっと善良だった ことに書き換えられます。

これは脳の自然な機能なんです。

 

ただ、苦しい罪悪感を軽減するためには それはあ役立ちますが、

エスカレートしますと 自分のしたことは棚に上げて

人の批難ばかりしてしまいます。

まるで自分は何も罪を犯したことがないかのように。

 

私がそうしたことにはやむ終えない事情がある

 

他人がそうしたことにも やむ終えない事情があることに気付いてください。

 

誰しも 不注意や 無自覚や 悪いタイミングや 不器用や 悲しい過去があります。

あなたもです。 私もです。

 

無意識にしてしまった罪は 被害を受けた人にとっても、加害してしまった人にとっても 悲しく辛い出来事です

それを許さないと ずっと苦しみ続けなければなりません。

 

あなたは 許す という学びをしています。

あなたは 未熟な他者を許し、

あなたは 不注意だった自分を反省して許し

そして もっと善い行動と 愛を身につけてください。

 

それが あなたを幸せにするんです。

 

今の私に出来ること

もしあなたが幸せになりたかったら、

ひたすら  愛になろうとしてください。

 

何が愛で 何が愛でないかを  見極める目を育てます。

他人を見て気付き、自分を省みるのです。

 

立派であらなければならないわけではありません。

皆が未熟です。

許し合い、愛を持って つながってください。

未熟な者を責めることは 未熟な自分を許さないのと同じです。

 

愛 幸せであることを願うこと。

それは あなたの中から湧き出る思いです。

 

怒りや悲しみの感情を手放しきった時、

あなたの中から それが湧きだしてきます。

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