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2019年2月

世界に育てられる

掛軸制作に追われる今日この頃です

表装制作中 徳王観音表具制作中 不二観音

掛け軸は 絵と 裏打ちをした布を組み合わせた後、全部を繋ぎ合わせて1本の掛軸の形に裏打ちして仕上げます。

何度も何枚も和紙を裏打ち(貼り合わせ) をします

作業にハマる人間としては 楽しくてたまりません。

微妙な加減でうまくいくかいかないか が決まるので そういうドキドキ感もハマるポイントです。

難しい作業ほどやり甲斐がありますが、できるかできないか 微妙なポイントがいいんでしょうね。

 

人生も 自分に越えられるか越えられないか 微妙な加減の試練が来ます。

人生には越えられない試練は来ない と言われています。

一見 越えられないと思っても 越えられないと思い込んでいるだけだったりします。

 

運命は いろんなチャレンジを私たちに持ってきますが、それをできないと思い込むのは

自分だけの力でそれをどうにかする と 考えているからです。

 

私たちは この世界の一部です 運命もこの世界のもので 私たちのエゴだけで好きにコントロールできるものではありません

でも、この世界をもっと信頼すると 世界があなたと一緒に運命を受け止めて 

この世界の真実と愛を作ります。

 

辛いことがあったら 独りで苦しまないでください 

そこから あなたの意識が大きな世界へ解放されるきっかけがはじまります。

 

この世界は 本当は愛に満ちています。

その愛に気付き始めたら 私たちが孤独でいることは不可能です。

私たちもその愛でできています。

 

世界の愛と幸せを感じる楽しみは 瞑想することで より感じられるようになります。

幸せは 自分自身を感じる事で より清まっていきます。

瞑想で 意識のお掃除と開拓を楽しんでください。

あなたの知らない世界観はすぐそこにあります。

 

仏画

仏画の展覧会まであと2か月を切りました。

仏画は 描いた後に掛軸に表装するのですが、表装作業に1ヶ月ほど要しますのでもう今月中に作品は完成しておかないとキツいのです。

2月に入って 制作がかなり気合入っています。

私の三十三観音シリーズの最後の1枚が完成して現在表装中の掛軸が8本ほどあります。これは三月中旬をめどに完成させます。

徳王観音制作中
 シリーズ最期の1枚 制作中
2019223223357.JPGのサムネイル画像
完成した絵に掛け軸用の裂地を合わせて選んでいるところ(スマホの縦位置写真が横位置に)

3月は生徒さんの作品の掛軸表装がありますが、それが済んだら 一気に展覧会の準備に集中します。

もちろん、瞑想会や瞑想伝授、セッションは通常通りです。

 

掛け軸づくりの写真も載せたいのですが 作業に没頭しすぎて写真を撮る余裕なしです(笑)

頻繁に表具師の先生の所に通っています。

作業に没頭している時は 無我夢中です。 瞑想のような時間があって無いような感じ。

 

益々、我が薄くなる今日この頃です。

 

仏画教室の様子は

福岡市中央市民センター 仏画

仏画教室制作中 2019.2.18

仏画教室制作中 2019.2.18

生徒さんの作品も随分と仕上がってきました。

完成間近です。

明後日はアトリエ霽月での仏画教室です。

 

瞑想の方は3月2日(土)に ELM瞑想無料体験瞑想会

3月3日(日)に マインドフルネス瞑想会です

瞑想会は楽しいです。 瞑想をすると とてもリフレッシュします。

 

仏画と瞑想のある日々 とても贅沢なことかもしれません。

無我の境地でまいります。

人間の身体を知る

人間の脳は ものすごく高性能にできていて、とても知恵があります。

いろんなものを創造する能力を持っています。

不便なものを工夫して 日常もとても楽になる道具をたくさん作り出しました。

 

私たちの生活は 夢のように便利になりました。

何十年かの短期間でこれほどに文明が発達するとは

本当に信じがたいほどです。

 

でも、便利になればなるほど、身体を動かす機会が少なくなっていることも事実です。

身体は動かさないと退化してしまうので スポーツや運動をしない人は

筋肉が痩せてしまったり疲れやすくなってしまいます。

普通の作業さえ しんどい と感じるようになっていくと、

便利は逆に不便にさえなってくるのではないでしょうか。

 

楽をするために苦しくなるのは 本末転倒です。

 

運動不足は生物的には バランスが悪いんですね。

身体は 頭から足の先までがワンセットです。

全体のバランスは全体を動かさないと活性化しません。

私達人間も生き物ですから、本来活動して生命を維持するしくみにできています。

 

かつて、農耕や狩猟や収穫など 身体を動かすことが生命維持と密接に関係していた頃、

身体はいやおうなしに動かさねばなりませんでした。

大変ですが 健全なんです。

適度の運動と適度の休養で良いバランスが保てます。

バランスはそれぞれの身体が知っています。

身体を動かす時代の人の心はもう少し健全でした。 鬱になる人も少なかったのです。

 

身体を動かすことは私たちの身体には必要な事です。

バランスが良い日常を ぜひ心掛けてくださいませ。

 

瞑想で精神のメンテナンスを

運動で身体のメンテナンスを

 

心と体は車の両輪です

バランスよく生活しましょう。

 

運動から遠ざかっている方は 軽い運動や体操から馴染んでくださいね happy01

ゆっくり歩くお散歩もいいですよ wink 

イライラの対象を手放す

理由なくイライラする時、 身体の中に何か不調和が起きています。

ホルモンバランス、あるいはエネルギーバランスが崩れています。

 

イライラ、モヤモヤ、落ち着かない、しんどい、

なんでこんな時に頑張らなきゃいけないの?

でもやらなきゃいけないことがある。どうして私ばっかりすることが沢山

ホントは休みたい 横になりたい、

でもできない。

私を休ませてくれないあれやこれ、あいつやこいつ、嫌だ

 

ちょうどそんな時に

くつろいでいる家族や同僚を見ると ムカ っと腹が立ったりしますか?

 

くつろいでるその人は 疲れているあなたを察知して手伝おうとしない罪を負わされます

「ちょっと身体がきついんだけど、手伝ってくれない?」の一言は発せられたでしょうか?

 

逆の立場で くつろいでるところに帰ってきた疲れた家族がイライラしてとげとげしい言葉を投げかけてきたら、 どんな感じでしょうか。

 

心配事や 気が付かない家族にイライラするのはやめて 用事も手放して 休みませんか?

あなたが設定した用事は全部こなされなければ そんなに困るでしょうか?

物事がスムーズに進むように あなたがエネルギーを注ぎ込むにも限界があります。

 

人は心地よい状態を作り出したくて いろんなアプローチをしますが、

それが絶対的に大事になりすぎると、そうでない状態を拒否したくなってしまいます。

 

いえいえ、この世界は私たちに都合の良い時もあれば悪い時もあり

そんなに思い通りにならないのが常です。

無理に思い通りにしようとしないでください。

特に人の心をコントロールするのは とても骨が折れます。

 

本当は

ほどほどが 丁度いいのです。

 

思い通りにならないことも

あるがままでいいじゃないですか

 

自分の身体も 人の人生も あるがままでいいじゃないですか。

心地よさは 身体が一番よく知っています。

 

眠たい時に眠れて 食べたいものを丁度良く

自分に無理をさせなければ 食べすぎる衝動も起こりません。

飢餓感は身体のアラームです。無理してるよ~というサインです。

瞑想するとストレスが抜けて 食べすぎは治まってきます。

 

思い通りにしようというイライラは 自分が作り出す余計なイライラじゃないでしょうか。

コントロールしなくても なるようになります。

もっと自然体でいませんか?

自然の流れをもっと信頼してください。

 

今はすぐに過ぎ去ってしまいます。

今を大事に生きてみましょう。

あなたの身体をいたわって 愛してくださいね。

 

本当の豊かさ、穏やかさを 楽しんでください。

お昼寝子猫

カルマの感情を終わらせる

カルマ とは 過去のネガティブな体験による 負の感情(怒り、悲しみ、怖れ、罪悪感など)のことを言います

カルマが無い時は この世界の全体の大きな流れに沿っているので抵抗を感じることはありません。自然体でいます。

この世界の大きな流れ のことを ダルマ と言います

私たちはダルマの中で生かされています。

 

ダルマはこの世界のエネルギーの対流のようなもので 全体のエネルギーバランスによって流れが起こります。

お天気も空気の温度の上昇や冷却によって大きな流れが生じ、雨が降ったり晴れたり、また、大きな歪みが生じた時には竜巻などが起きます。

自然現象は 全体のバランスを取ろうとして起きる流れです。

 

人間たちの世界にもそういったエネルギーの均衡を保とうとする法則性は常に働いており、

人間が活動することによってエネルギーに波が生じたり 不均衡が起きたりして

感情の波も起きます。

 

私たちは常に感情の波の中に暮らしています。

 

波を大きくするのは 感情によるアクションです。

体調がすぐれない、痛みがあって不快、誰かの言動にイライラしたり、思い通りにならない現実に腹を立てる など

自分の中に発生する負の感情を持て余して誰かにぶつけることを 八つ当たり と言います。

これは本来自分自身が感じて受け止めて処理して終わりにするのですが、

八つ当たりをする人はその自分で受け止める ということから逃げたいと思っているのです。

 

このイライラは あいつが私をイライラさせるからだ 

と受け止める責任 感情を発生させた責任を他人に押し付けてしまいます。

 

怒りを発散したり他人のせいにすると、自分は楽です。

責任を持たなくて済むのですから。

 

でもこれは人間の機能の中に 自分の負担を軽くする手段として本来備わっている性質でもあるので、何も考えないで行動すると 自然とそのようなアクションを起こしてしまいます。

自分の行動に無自覚 ということです。

しかしながら、それをやってしまうと、内側に起きている摩擦を外にまき散らすことになったり、

自分の怒りの感情に他人を巻き込んで負のウェーブを作ってしまいます。

ちょっとした諍い(いさかい)がしこりになり反目し合い、敵対視し、相手を敵とみなし、

全体を巻き込んだ喧嘩 戦争に発展していきます。

奪い合い、傷付け合い、殺し合い、これらの発生源の人間そのものを消滅させて 負の波は終息します。

こんな解決手段は まっぴらごめん ではありませんか?

 

私達人間は平和に生きる知恵を持つことができる生き物です。

動物たちのように弱肉強食と増えすぎの飢餓による個体数の維持のみの自然淘汰で存続するのではなく、 増えた今も 人間同士、自然との共存の方法を高い知能で考え出し、上手に調和しながら生きていくことが可能です。

 

私達内側の本能から来る感情は 自然の波です。

その自然の波は 自分自身で受け止めると 自然との調和の折り合い地点を体得することができます。

 

この世界は人の思い通りになるほど ちゃっちい作りではありません。

この世界は、自分自身の身体も含めて 神の創造物です。思い通りにするなど傲慢な考えなのです。 

自然と調和するためには、一人の人間の力の小ささや無力さを理解しなければなりませんし、

人間の心が多数で団結すると大きな力を持つことも、

支配による圧で負の感情が地下にため込まれることも 

この世界の構造を理解することで 本当の世界のバランスとは何か を知ることができます。

 

行動を起こす前に 自分自身の怒りの感情の世話をしなさい 

ティク・ナット・ハン師はそのように言われます。

 

感情は自分で味わい尽くすと終わる

と、私の最初の先生は言いました。

 

カルマの感情は解放してしまうと 二度と体に戻って来ることはありません

ボブ・フィックス氏は そう表現されます。

 

あなたの中に負の感情が湧いてきたら、それがどんな感じがしているのか

まずは独りで感じてみて、しばらく観察してください。

心地よくはありません。 それが摩擦の感覚です。

あなたのカルマが摩擦を感じています。

それは本来のあなたではありません。 ただ、あなたにくっついたカルマのエネルギーです。

 

感じることで終わっていきます。 ただ過ぎ去るものなのです。

 

感じることを拒否すると、何か対象物を見つけて恨みを向けたくなります。

違います。ただ、摩擦があるだけです。

 

負の感情を持て余したら

瞑想をしてください。

 

それでも持て余す時は

瞑想教師に声をかけてください。

 

あなたの心の声をじっくりお聞きします。

プライベートなご相談は瞑想セッションで対応しております。

遠方の方は LIN、 Facebookメッセンジャー、 zoom  あるいはお電話で

対応できます。

お申込みはお問合せフォームからご連絡ください。

すでに伝授を受けている方は直接お電話やラインからご連絡いただいても大丈夫です。

 

嵐は 空気が洗い流します

あなたの心も 感情の嵐が過ぎ去れば 澄み渡った静寂です。

阿蘇

カルマの終わり

2019217一日瞑想会

昨日の日曜日は1日瞑想会の日でした。

大勢でする瞑想はやはりいいものです。普段の一人でする瞑想では味わえない深さと大きな流れを感じます。とても心地よいです。

昨日のご質問の中で 「次のマントラ伝授を受けた後、日常の出来事に絡んで恐れが出てきたのでそのマントラをするのがためらわれて、以前のマントラに戻っていますがいいですか?」

と言われた方がいらっしゃったので お話したいと思います。

 

初心者の方が始めるマントラは ラブマントラです。

温かく深く愛に満ちた波動です。

このマントラは私たちが愛を感じるために邪魔をしているカルマをお掃除してくれます。

 

私達の身体を家に例えますと、

このおうちはとても大きな家で広くいくつもの部屋があります。奥の方や地下室などは入ったことがない部屋もあるようです。

私たちは瞑想によって、マントラという輝く灯りを持って家の中に入ります。

初めて明るい灯りを持って入るのです。

最初のホールはとても広い。 私たちが通常生活をしているお部屋です。

部屋が灯りに照らされますと、今までみえなかった塵や埃、ゴミたちがあることに気付きます。

この塵や埃やゴミがカルマです。

そこから大掃除が始まります。

ELM瞑想という大掃除は とてもパワフルで最初はこの大掃除によって溜まっていた埃が舞い上がり、ザワザワした感じや心地悪さが起きることがあります。

これはELM瞑想の効果の一つで この大掃除によって多くのカルマが家の外に排出されます。

 

そして、家の中に埃がなくなると 実にスッキリしたクリアな静寂が戻ります。

とても静かな瞑想です。

 

最短で3ヶ月後、次の瞑想伝授を受けることができますが

2番目のニューライフマントラを受けますと、これまで自分が使っていなかった可能性が開き始めます。

そして新しいステージに相応しい自分へはばたくことになります。

それを邪魔するカルマのお掃除が始まります。

 

新しい瞑想に進んだ時、起きる抵抗は、あなたが手放すカルマを目の前にあぶり出された時です。

今こそ このカルマから自由になる時なのです。

 

最初でも2番目でも3番目でも4番目でも同じです。

私たちはどんどんカルマから自由になり人生が軽くなって穏やかな境地で生きていくことになります。

外側では雨が降ったり嵐が来たり、天災なども 起きているかもしれません。

でもあなたの魂は何物にも揺さぶられなくなっていきます。

この変化は 実に愉快で爽快です。

 

カルマが浮上した時はぜひそれが過ぎ去るまで瞑想を続けてください。

もし、動きが大きすぎて怖いと感じたら 他の安心できるマントラをしても構いません。

瞑想をやめることはしないでください。

なぜなら、目の前に出てきてカルマは乗り越えてサヨナラするまでそこにあるからです。

 

それは外にあるのではありません。

あなたの内側にある感情です。

ここで終わらせることができます。

終わってしまうと、もうそれには悩まされなくなります。

あなたの反応が変わってしまうからです。

 

次回はまたカルマの解放のプロセスのお話をしてみようと思います。

今日はこれから福岡中央市民センターでの仏画教室です happy01 

外はとても良いお天気です sun happy01

仏画と表具

しばらく仏画と掛軸の制作が立て込んでおります

4月の仏画展への作品制作が追い込みの時期に入ってまいりました。

 

3月は展示の準備に入るので2月中に制作に集中したいところです。

 

今年の展覧会はこれまでで1番大きな展覧会となりますので 特に4月は大忙しになりそうです。

絵を制作している時は チャンネルが変わるのか 日常生活ではいまここ以外の事がどこかに行ってしまいますね笑)

 

4月の展覧会では 会場で写仏を体験できるワークショップや 塗り絵仏画などのワークショップ

仏画についてのギャラリートークなども企画しています。

 

展示する作品数は100点近くなりますので かなり見ごたえのあるものとなります。

掛軸制作中

掛軸制作過程

掛軸は絵と布を組み合わせて組んでいきます。

元々、僧侶たちが仏画を持ち歩くために掛軸が出来たそうです。

 

掛軸作品三十三観音シリーズは 初公開です

 

また 作品解説も入れてご紹介していけたらと思っております。

 

明後日、日曜日は1日瞑想会の日です

お誘いあわせの上お越しください

アトリエ霽月で温かい1日をお過ごしください。

習性

自分の行動なのに 自分の意思が利かないこと ってありますか?

ダイエットしたいのに食べてしまう とか

試験前に関係ない本が読みたくなる とか

 

個人的な話なんですが、

私には妙な習性がありまして

絵を描いたり、物を作ったりする時、

作業に入る前に部屋をきれいにしないと始まらないんです。

 

その片付けを億劫がっているといつまでも始まらなくて

意識を集中させるための儀式 みたいな感じで部屋の片づけや掃除を始めます

 

終わった時の片付けの方はさほど気にならなくて  というより

ギリギリまで集中していて むしろやめられないので 

体力の限界が来て

今日はもう無理、終わり~ 寝る! となりますので 

終了後 片づける余力が無かったりします(笑)

 

で、

起きたら 現場が惨状  なんてこともあります。 coldsweats02

締め切り前 とかに

ありがちです。(苦笑

 

長期に渡る時は 作業途中に仮眠する という日々が続くのですが

終わって、エネルギーが復活したら片づけます coldsweats01

いつも 常に片付けろよ  と よく自分で思いますが、

作業中は 頭のネジがぶっ飛んでいるので 普通のことができない  という感じです。

 

で、これから始める という時は、

けっこう勇気とエネルギーが要りまして、

スタートを切る時にまず 部屋が散らかっていると 作業に入れないのです。

 

これで1日ロスすることもよくあります。

 

締め切り前は恐ろしい事です。shock

 

この習性は修正できません。 そういう風になっているみたいです。

時間の余裕がない時はどうするの? って?

 

それはもう ほとんど最後に徹夜です。crying

 

できるだけ制作中は 他の用事がないことが理想です。

完全にアトリエを生活の場から分離したら いいのかもですが、

そうすると家に帰らなくなりそうです。

というか、アトリエが住まいと別だった時はそうでした。

 

おかあさんはどこへ行った?  アトリエ  ということがよくありました。

子供がしっかり者に育ちました。

飛ぶカモメ

頭の中のイメージから解放される

私たちは住んでいるこの世界は 今 この瞬間に在るように在るだけなのですが、

私たちの世界観は、 それに自分のイメージを絡めてとらえていますので、

世界観というのは人間の数だけあります。

 

悟り というのは その世界観に絡まっている幻想が取れて

世界の真実の姿を知っている状態です。

私たちは 起きる出来事の真実そのままを見るようになります。

そこには何の意味付けや解釈も加わらず、過去の苦しみや感情なども加味されないので

今 この瞬間をただありのままに感じる ということができます。

 

感情が無いわけではありません。

真実を生きる喜怒哀楽は 純粋で子供のように感性がきらめきます。

 

子供の頃はあったであろうキラキラした気持ちや感動

なぜそこから離れてしまったのでしょうか?

 

わざと、 でもなく、

怠惰 だかからでもなく、 

横着だからでもないんです

 

この私たちの頭の中のイメージは

けっこう複雑に意識にからまっているので、

それを意識的に取ろうと思ってもなかなか難しいんですね。

私たちの身体が 心を護ろうとする仕組みがこじれてしまうことがあるんですね。

ネガティブな感情という警報装置

これを回避しようとしすぎないでください。

それは あなたの感情なんです。

 

そして

意識にくっついた感情は無意識に反応してしまうので、意識は現実に感情を加えて見てしまいます。

 

たとえば、身体が疲れている時、「しんどい、休みたい」と思っていて

その時に何か用事を言い渡されると、怒りが湧いたり、それを言ってきた人がひどい人に見えます。

 

相手は こちらの状況をわからずに 元気な時と同じようにアプローチしてきただけだったりしますが、

元気な時は「うん、いいよ~」と笑顔で言えるのに

しんどい時は「何でそんな用事頼んでくるんだよ。自分でやれよ。無神経だな。」なんてことを思います。

この時、大概は

「ごめんね、今、身体がとても疲れていてできないんだけど、自分でしてもらっていいかな?」

というような、自分の状態を相手に伝えて、対応してもらうことはあまりしていません。

断ると相手が不機嫌になることを恐れて 言えないまま、「はい。わかりました」などと言ってしまい、用事を持ってきた相手に強い怒りを感じて キライになります。

 

悪者は 本当はいなかったのに 悪者を作り出す瞬間

 

「そんなこと相手の都合や気持ちも最初から考慮するのが常識でしょうが!」なんて反応が出ることもありますが、その時、これを言っている人は、

相手に対して気持ちや状況を理解していないことが多いのです。

自分が言いたくないことを言わせる相手は ひどい人でしょうか

人はそんなに他人の気持ちを読まなければならないものなのでしょうか?

全ての人が読心術を心得ていればいいのですが、そうもいきません。

自分ができていないことを 人に求めるのもなんだかおかしなことですし。

 

冷静に観察すると 自分がしていることも 他人がしていることも

ありのままに見ることができますが、

自分の感情をもとに 物事を見ますと

真実は見えなくなります。

 

良い人になろうとしすぎたり

他人のせいで気分が悪い と思ってしまったり

誰かに自分の感情の責任を負わせてしまったりするのです。

 

たしかに 悪意を持った人や 人を傷つける人や、人を振り回す人もいます。

 

つむじ風や、豪雨や、竜巻の時は 避難するに限ります。

そして 荒れたものは片づけるしかないのです。

制裁を加えたり、威嚇して周りを牽制しても 摩擦が増すだけなんですね。

犬を恐れる猫

 

人間という自然物とも どうつきあっていくか

より良い対処法は必要でしょうね。

 

相手が何か言う時、それには何か事情や気持ちがあります。

それを見ないで 一方的に悪者に仕立てるのはやめにしましょう。

人はそれほど器用でも 心遣いに長けてもいないものです。

うまくやれないと責めることはありません。

お互い様なのです

 

冷静になればなるほど 真実が見え

生きとし生けるものへの慈しみの心が 平和な解決をもたらします。

仲良し犬猫

無くなりもしなければ生まれもしない世界

今日はちょっと個人的な感覚かもしれませんが、私が感じていることをお話してみようかと思います。

 

人間というのは自分も含めて かなり謎な存在です。(笑)

観察していると徐々にパターンなんかが分かって来るのですが、それにはしばらく観察することが必要です。

一つの出来事や思い込みで判断すると、とても偏った見解になり、違うパターンが受け入れにくくなったりするものですが、決めつけは一番つまらないな と思ったりします。

 

しかも、ケースバイケースと言いますか、決まった形なんかは本当はないですから、

あくまでも傾向としてざっくりとらえるのがコツだったりします。

 

固定観念を手放して 物事を見ていると、 

いろんな事例が微妙なバリエーションで拡がっていて

その変化がとても面白く感じられます。

 

そして、この世界って どれだけバリエーションが多いんだ!と思うと

感動といいますか、 

一つの固定観念で決めつけることがバカバカしいことだな と思うようになってきます。

 

そして、この世界には様々な現われがあって それがこの世界の妙である とも感じるのです。

 

もし自分の中に多くの良い悪いという基準があったら、

それらの変化を見ながら
思い通りでないこの世界にイライラするのかもしれません。

泣いても笑っても、天気は変わるし、雷も鳴れば嵐も来る

 

私たちはただ なるべく傷を最小限にやり過ごすしかないのです。

そして晴れの日に 伸び伸びと喜ぶ

それが生きているということではないでしょうか。

 

イライラして 喧嘩したり、

ストレスで叩き合うことは 賢い生き方ではないでしょうね。

 

必要なのは 悪を叩くことじゃなくて

傷を癒すこと。

 

気に入らない芽を摘むことじゃなくて

幸せを増やす芽を伸ばすこと。

 

雨も晴れも慈しむこと。

どうせダメだと思わないこと。

 

いろんな可能性や奇跡がありますから shinehappy01

なんて素敵な世界でしょうか 

阿蘇夕景

 

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