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ダルマ

お釈迦様

お釈迦様は悟りを開いて仏陀になった実在の人物ですが

 

お釈迦様は若い頃、まだ出家する前の王子様だった頃、 とてもとても悩んでいたんです。

自分は何不自由ないお城での生活の中でも、この国の人々の苦しみをどうすることもできない無力感で 毎日とても憂鬱だったのです

どうしたらいいのか 考えてもわからない

 

そしてついに 

その答えを求めて 王位継承権を放棄して出家してしまったのです。

長い年月を修行に費やし、

死にかけながら、も修行を続けます。

 

そして瞑想を続け ある時

 

苦から人々を救う方法を見つけるのです。

 

この方法が仏教の教えの中にあります。

 

釈迦はいろんな場所でいろんな人々にその方法を語り、どうすれば苦悩から救われる方法を知ることができるのかを教えて回りました。

多くの人々が釈迦の教えに感銘を受け 弟子となって また教えを広めて回ります。

 

インドから言葉を語り継がれ 何千年もの時を経て 釈迦の教えは現代にも生きています。

 

今の日本では 国民の多くの方々は お寺へ行っても仏教の教えの内容を理解していない人が多いです。

例えば、般若心経 というお経

これはお釈迦様の教えの真髄を現していますが、般若心経の内容を理解してお経を読んでいる人の方が少ないのです。

お経はまるで呪文のように毎日読まれても その教えを生きている人は少ない。

 

それどころか、「言うことを聞かないとバチが当たるぞ!」などという脅し

これは 仏教にはありません。

誰も裁いたりしませんが、 ただ因果 というエネルギーの法則があって、

天に唾すると自分にかかるのと同じように 自分のした行いの結果は 自分が受け止めることになる という因果の関係が存在しているだけなのです。

誰が罰したのでもない ただ、自分の撒いたものを見ているだけ。

 

それも、悪意でなくても 無知であればいろんな罪を犯してしまうこともあるし、

苦しむ人を救えば この世に負のエネルギーは減り、感謝もされ、 自分も助けられやすくなる というのはごく自然なことです。

 

そして 自分がどんな気分を日常的に自分の周りにまき散らしているか 私たちは自覚を持たねば 自分自身を知ることができません。

 

仏教とは、己を知ること なのです。

突き詰めて己を知っていくと、 実は 己 という確実な存在すら いない ということまでわかってきます。

 

私たちが 私 と思っていたのは、

頭の中の 『私』 というイメージにすぎません。

このイメージに振り回されて 人と比べたり 悩んだり 苦しんだり 人と戦ったり、何かを奪い合ったり

また、頭の中の考えやイメージ、妄想などで怒り狂ったり、誰かを傷つけてしまうことや 不安や恐怖を持って

まるでそれが本当に存在するかのように思ったり

そんな行動は 無益なばかりで なんの幸せも生み出さないのです。

例え人から何かを奪いとった勝利や征服感に一時 酔いしれても、また奪い返され、仕返しをされ ということを

繰り返していては いつまでも苦しみ続けるばかり

 

そんな負のループから抜け出す 心に苦しみを持たない状態 『悟り』 を伝えてまわったお釈迦様でした。

 

頭の中の 苦悩を 手放しなさい

私たち現代人も 瞑想をして 苦から離れ、お釈迦様の気付きを体験して 微笑むのです

釈迦

現代には悟っている人が大勢います。

これから どんどん増えて行くでしょう。

あなたもその一人かもしれません。

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