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2018年11月

カルマの法則*バケツ1杯のカルマ

瞑想マスターが言った言葉で とても印象に残っているものがあります。

 

一人一人のカルマの量は多い少ないがあって それぞれ違うけど 

一生のうちに終えるカルマの量はその人のバケツ1杯分なんだ。

それだけでいいんだよ。

 

 

私たちが生まれてくる時に

この人生で何を学ぶか を決めて生まれてくる と言われています。

生まれる前の記憶はおおかた消されてしまうので 覚えてはいませんが

この人生で自分が学びたいことが学びやすい環境に生まれてくるのだそうです

 

そして 自分の学びに相応しい出来事を起こすように 無意識に導かれて

私たちは人生を作っていきます。

どんなものが好きなのか

どんなことがしたいのか

あなたのハートが望む方向に その学びがあります。

 

そして いろんな摩擦やカルマの感情の体験をし終えて 真我の理解が浮上してくるのです。

 

私たちの意識の中心には 真我があります。

真我は私たちの命の意識です。 人間は そこに自我がくっついています。

自我はマインド とも呼ばれ、 この体を大切にするために備わった機能なんですが、

その機能が過剰に働きすぎますと 行動を過剰に制限して 何もできなくなってしまいます。

本来の人生と言う旅や冒険ができなくなって 体験による学びは遠くに押しやられてしまいます。

動けない 体験できない 学べない というのは まるで牢獄のような気分です

でも、その牢獄から出ていくことを恐れてしまうのが 過剰な防衛反応のマインドです。

教育を通じて 世代間を渡って伝染してしまいます。

 

体験の学びは 痛みを体験して 痛みというものがあることを知り、理解します。

体感で理解するのです。

それは深い理解です。

痛みの体験は他者の痛みへの共感となり、思いやりや優しさを育てます。

ですから 子供時代の人間関係の摩擦は 排除してしまってはいけません。

子供たちは 摩擦を体験して その解決のために

人と人が誠実に本心を語ることや 相手を理解しようという努力を経て

人が 本当の繋がり 愛の関係を持つことができることを学んでいきます。

 

これは 愛のない大人からは学べません

 

ただ、自然の関わりの中では 彼らは自発的に自分たちでそれを乗り越える力も持っています。

物事と 真摯に向き合うこと 恐れやネガティブ感情から逃げないこと が大事です。

 

カルマの感情は 感じきった時に内側からなくなり、私たちはネガティブな思いから解放されます。

また、ネガティブエネルギーは解放することで外側に出してしまえるものでもあります。

渦中にいる時は 向き合うことは苦しいのですが それから逃げずに終わるのを待ちますと

最期には真我が現れてきます。

真我を覆っていたカルマの感情が取れて 下に隠れていた真我が表に出てくるのです。

 

時々、仏さまのような美しい波動の 愛の意識の人を見ることがありますが

そういう人たちの多くは かつて大きなカルマの解放を体験した人々です。

 

苦労して 自分の感情から逃げなかった人は 魂が大きくなり 真我の光が増します。

 

苦労して 自分の苦悩を人のせいにしてしまうと この浄化は起こりません。

誰にもカルマを肩代わりさせずに 自分のところで終わらせる ということが

とてもたくさんの徳を積むことになるのです。

悔しさや悲しさ 怒りは 自分のところで終わらせればいい

このことを神々はとても評価するのです。

天からのサポートを感じるようになり ご褒美のような出来事が起き始めます。

そして多くの人に愛され始めます。

 

カルマを解放すればするほど

あなたは真我そのものになり

魂は輝きます。

 

今あるカルマの解放を恐れないでください。

それは宿題を終えるようなものです。

 

時々 ものすごい量のカルマを一手に引き受けている人がいます。

解放の感情に溺れて 滅茶苦茶だったり、もがいて人まで巻きこんだり

頑張っているのに次から次に試練が起こり、

なんて悲惨なところにいるのだろう?と思うような。。

そういう方々は 沢山のカルマを引き受けて生まれてきたチャレンジャーな魂です

それを乗り越えるエネルギーを持っています。

あるいは、自分を犠牲にすることによって この世の多くの罪を浄化して行きます。

それを見た者の学びのために。

 

カルマの解放は 速やかに終わらせることが望ましいです。

特に学びを手にすると 嘘のように終わっていきます。

カルマの解放は 学びの一環だからです。

 

すべて あなたの魂を磨くために存在しています。

 

恐れる必要はありません。

 

今の自分自身を整え 今の思いを癒し、今を誠実に生きてください

それだけで 次々にカルマが終わっていきます。

 

バケツ1杯のカルマが終わってしまうと あなたには真我が残ります。

そして真我で人生を生きるようになるのです。

 

新たな人生のスタート

今 息づく あなたの命を実感してください

存在の至福が そこにあります。

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細胞の記憶の浄化

細胞の記憶 

ネガティブな細胞の記憶を カルマ と呼んでいます。

過去に体験して未消化なまま身体に残ったネガティブエネルギーです

 

ネガティブな感情は 感じきってしまうと 身体から出て行って消えますが

感じることを止めて封印してしまうと 身体に残ってしまいます。

悲しい時 涙が枯れるまで泣いたり、怒りを感じた時 怒ることができれば

カルマは身体に残りませんが、外に出さずに我慢したり、

感じることを避けて その感情に目を背けてしまった時

カルマは心の深い所に沈んでいきます。

 

その時は消えたかのように見えますが 隠しただけなのです。

ネガティブ感情は所かまわず出してしまうと、周囲にも迷惑がかかってしまうこともあり、

大人な態度で我慢をすること、良い子でいることで 感情を封じてしまうこともあります。

それらが溜まったことはあなたが悪いからではありません。

むしろ、とても善く生きようとした証でもあります。

 

ただ、封印されたカルマの感情は ずっと大人しくしてくれるわけではありません。

 

本来外に出る性質のものですから、折に触れ外に出ていきたがるのです。

本来 出すきっかけの出来事は もうなくなっていますので、別のきっかけに乗って 出て行こうとします。

 

イライラして何かに八つ当たりしたい時、

理由がわからないけど モヤモヤしたり、ムカムカしたり、

何かやたら気に入らない時

カルマが動いています。

 

そんなときも 大人なあなたは それを外に出そうとしないかもしれません。

感情で感じることを完全に封じられたカルマは 感情へのアプローチを諦めます

そして 身体に表現し始めるのです。

ストレスによる身体の不調 

そして発病へ と。

カルマは量が大きくなると破壊的なエネルギーを持っていますので

どこかで発散する必要があります。

 

ストレス解消になることを何か見つけてください

瞑想は ストレス解消を静かに行います。

 

あなたのカルマのエネルギーを 抜いてくれるのです。

とても身体と心が元気になります。

 

これまで、長年かけて溜め込んだカルマは 一朝一夕には消えません

だからこそ 毎日浄化し続けます。

カルマのない人生は カルマのうんと少ない人生は 実現できます。

 

瞑想教室 瞑想の指導をお受けになりたい方は

アトリエ霽月にお越しください。

まずは伝授から始まります。

 

どうしようもなく暗い人生でも明るくなります。

人生のお掃除に成功した人間が沢山います。

 

不運な人にも効きます。

私たちは幸福に生きる事を選択できるのです。

 

不思議な現象はなぜ起きるのか 

その仕組みもこれからお話していこうと思っています。

芽

ELM瞑想とマインドフルネスの違いと共通点

今日は マインドフルネス瞑想会の日でした。

瞑想の前後に

アン・フーンさんの法話とサンガメンバーからの質疑応答があります。

今日はサンガの中で サンガを訪れる人との関わりについての質問が出ていました。

サンガは在家信者たちのグループのことです。

 

こう書くと マインドフルネスは宗教か? と ドキッとする方もおられるかもしれませんが、

そもそも、宗教と言うのは会社や学校と違って 何を信仰するのか 本人が選ぶもので、

教団が信徒を管理するところじゃない と私は思います。

こういう私もマインドフルネス教団の信徒 などという立場ではなく

マインドフルネスの考え方が好きなので 

こちらの場所をマインドフルネス福岡サンガにお貸ししたことが ご縁でした。

私は良いものはなんでも取り入れ、合わないものとは離れていく という流れに従って生きています。

 

マインドフルネス瞑想は 

ティク・ナット・ハン師の率いるプラムビレッジという僧院での僧侶たちの生き方がベースですので

マインドフルネス的に生き方を整えることが基本です。

 

出家していない在家の人々は 何かのご縁でマインドフルネスに興味を持ち、日常生活の中にその要素を取り入れ、苦悩から離れる生き方を選んだ ということなのですが、僧院にいるわけではないので、自分からでできるだけマインドフルネスな生き方を心がけるわけです

でもまだ信仰に従って生きるライフスタイルには変わりきっていないこともあり、どう行動を判断したらいいか 迷われる人々も多いのだろうと思います。

 

私はまだマインドフルネスと出会ってからは1年も経っていないので 今まで学んできたELM瞑想との共通点や違いなどを見つけては 「ほうほう、ふんふん」と 興味深く見せていただいているのです。

 

基本的には 目指すものは同じだと感じています。 ただ、そこへのアプローチは多少違う部分もある

 

そして共通して 人々が何に引っかかるか どこで苦労するかなどはかなり同じなように思います。

 

ELM瞑想とマインドフルネスの違いは 

ELM瞑想は決まりがない というところが大きく違います。

マインドフルネスは基本が仏陀の教えそのものです。仏教にもいろんな宗派がありますから、現代では戒律については様々かもしれません。

もちろん、マインドフルネスを実践しているプラムビレッジも僧侶としての戒律ははっきりあります。

それを実践する約束で 僧院というコミュニティに参加することが可能になります。

その中では罪は犯しにくくなり 清らかに生きるには生きやすい場所かと思います。

海外の若者たちも 自我の摩擦やエネルギーバランスの偏りの大きい世界で生きる事が苦悩に満ちてきますと

清らかなエネルギーの場で生きる事を望むのだろうと思います。

それはそれで 望む者にとっては幸福な選択なのだろうと思います。

 

在家の人々は 僧侶よりはずっと選択肢が多いです。

ただ、どう行動するか 何を思うかで 自分の人生にどのような色がついてくるか、また

どんな人生を送るか が決まって参りますので 自らそれを選ぼうとするだけなのです。

 

これはELM瞑想では そこが基本です。

より よいエネルギー、より高い波動で生きていくために この世界のエネルギーの流れと仕組みを学んでいます。

もちろん、それが心地よく生きられる秘訣ですから。

 

どんなふうに生きたいか どんなふうに生きるかは 本人が決めます。

本人にしか決められないんです。

ですから あなたは自分で生きたいようにいきてください。

 

ただ、この世界の法則を知らない ということは ちょっと不利 ということなんだろうと思います。

この世界の法則を知りだすと ほとんど法則通りに事は流れていることに気付き始めます。

それを知らないまま 無理やり思い通りにしてやろう なんてことは 無謀なんですね。

この世界の流れの方向を知り、波に乗って 風を切って参りましょう!

ウィンドサーフィン

もし、それができるようになったら、出家も在家も変わりはしないのです。

見えない存在に守られる生き方

古代から、私たち人間は 目に見えない力や存在を恐れ敬っていました。

 

科学が発達して いろんな物理的な力の証明がなされていくと、

いままでわからなかった物理的法則をつかって、人間はこの世界を便利に使えるようになっていきます。

物事全ては物理的法則からなっている ということに気付き 全てが証明できるのだ!と人間たちは喜びました。

そして自分たちがこの世界を牛耳る王であると思うようになってきました。

それが現代です。

果たして 人間はこの世界の王でしょうか?

人間はこの世界の全ての事と 全ての仕組みを理解しているのでしょうか?

 

本当に? 知らないことはない? なんてことはありません。

 

まだまだ わからないことがいっぱいあります。

 

人間は実験をして 証明できたものが正しい それ以外の事は信じない と 思っている人々も多いかと思います。

ですが、証明されていない真実 というのは沢山あるのですが、そういう場合はそのことを不明なもの として脇に追いやってしまいます。

意識の外側に置き去りにしてなかったことのように思いたい のが自我の意識の癖です。

 

でも、時折、その置き去りにされたものに注目するへそ曲がりな人間もいます。

それを研究対象にして いくつか 新たな証明がなされてきました。

 

この世界には 目に見えない 計測できない波動があるようだ

その波動は 計測できないほど微細であるか、人間の作った目盛の粗い計測装置には引っかからないものなのか

計測された波動としては証明されていませんが、

 

人間や動物は それを感知することができるのです。

できない個体もありますが 本来 それを読み取る能力が 人間にはあるのです。

たぶん、全員ではないでしょう。

でも、集団で生活する生き物は そのグループに一人存在すれば間に合うのです。

 

それが日本の古代では卑弥呼と呼ばれた人でしょう。

またいろんな時代に いろんな場面で 状況把握に長けた人物がいます。

彼らはなぜ それがわかるのか

 

感覚が非常に敏感にできているのです。

生まれ持った五感と第六感を鍛えると さらに能力は増大します。

 

人間は元々持っている得意な能力を鍛えると その能力は何倍にでも倍増する性質があります。

不得意な能力はこれに匹敵しませんが、

それは、また別の得意な能力を担当する人物だからです。

様々なバリエーションを展開するために 才能を分散させて生まれてきます。

 

あなたの才能は あなたがすでに持っている才能です。

 

あなたが守られる生き方 とは、 あなたの得意な才能を伸ばして コミュニティの役に立つ存在になることです。

特別になる必要はありません。

当たり前の作業が 日常にはとても大切だったりします。

目立つ必要もありません。 縁の下の力持ちは 誰にでもできるわけではないのです。

あなたができることは 必要で 尊いのです。

 

あなたは何をしてみますか?

人が生活に必要なことは 求められます。

それを提供すれば この世界はより調和するのです。

世界は調和を望んでいます。

あなたが 人々の役に立ち、ニーズを満たすなら、

あなたはその世界で愛されるでしょう。

 

真実が見える人には あなたの本当の価値がわかります。

全ての人間から評価される必要はありません。

他人を評価したがらない人もいるのです。

その人は自分が評価されることにしか興味がありません。

ですから、そういう人はそっとしておきましょう。

 

あなたが 命の役に立った時、 それを誰もみていなかったとしても

神はあなたを見て あなたの存在価値を喜びます。

そしてそのご褒美が与えられるのです。

神に文句や不満を言ってはいけません。

それは天に唾するようなものだから

 

自分にかかってしまいます。

 

ただ、生きていることを喜んでください。

神はあなたが幸せを感じることを望んでいるのです。

あなたが喜ぶところを更に見たいと思うんです。

だから 喜んで見せてくださいね。 神に。

 

神とはあなた自身の目の奥に住んでいます。

だから、あなたのすることをすべて見ているんですね。

 

本当ですよ。やってみてください。

神の価値観は 人間の価値観と違います。

神が大好きなのは 愛 です。

あなたから出てくる愛に 喜ぶのです。

その時 沢山 手伝ってくれるでしょう。

そしてあなたは 守られる存在となります。

神様が手伝いたい 人 です。

 

神が愛するものを傷つけたり破壊しないで 大切にしてくださいね。

あなた自身も神から愛されている命です。

 

神のお話は 夢物語とか 迷信だと思いますか?(笑)

 

神話は この世が創造された物理現象の擬人化なんです。

あなたの中の神は あなたの真我の意識。

無意識の中から あなたの行動を見ています。

あなたの神に誠実に生きてください。

心と体と世界

徹夜のダメージもなく 本日も元気に過ごしております。

いろんなやりたいことが満載で 時間が足りていません(笑)

一つの事を掘り下げると 深く集中してそこにのめり込みますが、

やることが多すぎると 集中が途切れるので ちょっと不満です。

昔は上手に切り替えできていたはずなのに、それがだんだん苦手になってきました。

これはたぶん加齢のしわざです(^_^;)

視力も落ちてまいりました。時間が短く感じます。

 

私たちは身体と共に生きているので 身体の都合も配慮してあげなければなりません。

身体の都合を無視し続けますと、身体は

最初は小さな故障から始まり、それも抑え込むと 反乱を起こします。

全面ストライキ? 

そうなっては困りますので 日々 瞑想休憩を取るのでございます。

 

意識は 瞑想を面倒くさがるかもしれませんが、

瞑想はオアシスのような時間です。

エネルギー充電時間です。

 

基本、現実にどんなことが起きても 乗り越えられない試練はありません。

いろんな出来事は 私たちに、教えてくれているのです。

私たちの在り方そのものを 世界が見せてくれています。

 

この世界は 私たちの在り方の反映でできています。

世界があなたにどんな表情を見せてくれているか

 

それで私たちは 今の自分の意識を知ることができます。

 

強欲ではありませんか?

この世界を愛で見ているでしょうか

愛を向ければ愛の側面が反映し

豊かさを感じれば 豊かな状況が反映します。

感謝の気持ちも反映します。

優しさを蒔き、

愛の種を植え 育てましょう。

 

バカバカしいほどにこの世は法則通りです。

あなたが世界に向ける波動が あなたの世界を作ります。

 

よくわからない という方

アトリエ霽月で 豊かになる方法を学びませんか?

 

いつでもお待ちしておりますよ。

観音像 お顔

瞑想で疲れを取る

完成掛軸3本

いきなり 掛軸の写真ですが (笑)

仏画掛軸制作に追われる日々でした。

先週から度々夜なべ仕事になり

昨夜は貫徹 一睡もせず、朝を迎えてしまいました。

そして下関の表具の師匠の所に指導を受けに参ります。

もう貫徹とかする年齢でもないのですが、

とりあえず、睡眠はしなかったものの 朝に30分の瞑想と 高速バス1時間を瞑想して移動

途中で居眠りや限界などなく、再び帰りのバスも瞑想でした。

 

現在の体調は 少し眠いかも くらいな感じです。 そこまで疲れは感じません。

動悸とか脱力もないので 今日普通に眠れば明日は普通の体調です。

 

週末は

無料体験瞑想会 の後、圓應寺さんのお祭り、写仏イベントをお手伝いに。

そして明後日のマインドフルネス瞑想会 と イベントが続きます。

制作の方が(集中しすぎて)疲れるので 逆にイベントだと休まります。

 

でも、この体力は瞑想あってこそ なんですよね。

もし瞑想をしなかったら、徹夜なんて絶対持ちこたえられそうにありません。

この回復はELM瞑想ならではの ストレス解放、身体のリフレッシュ効果です。

 

まあ、それを過信して何カ月もショートスリープを続けてしまうと さすがに体がいい加減にしろ と怒りそうですが、

短期集中では 全然大丈夫ですね。

 

この 過激な睡眠不足での瞑想時間は どんな感じかと言いますと、

意識はあるようなないような、けっこうな思考雑念なども出ています。

通常の瞑想時の夢うつつ的な感じでもありますが、何となく外の音や バスのアナウンスなんかは聞こえているんですね。

そういえば 今日は目をつむっているのに外が見えているのが不思議な感じでした。

特にトンネルはライトが見えるんです。けっこうはっきりと見えていたので印象に残っていました。

大概の瞑想時の記憶はすぐに飛んじゃうんですが。

 

今日も瞑想に感謝して

今日は早めに眠ることにします。

 

不眠症の方はぜひELM瞑想を生活習慣に取り入れて見てください。

身体が緩むので寝付きも良くなりますよ。

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