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2018年11月

幸せであることの理由

いつも アトリエ霽月のブログを読んでくださってありがとうございます。

 

あなたは 今 幸せですか?

 

応えは Yes,  No,  まあまあ、 どっちとも言えない  などなど

様々なお答えがあることでしょう。

 

どうしたら 幸せになれるのか? と 思っていらっしゃる方はいますか?

私も かつてはそう思っていました。

幸せになりたい。 でも今は苦しい。 でも幸せになりたいし、幸せになることを諦めない って思ったんですね。

それから 何をどうすれば幸せになれるのか?

それから幸せ捜しが始まりました。

 

若い時は、いろんなものに憧れ、 あんな風だと幸せそう と思われることに果敢にチャレンジしました。

けっこう貪欲だったと思います。

こうと思ったら ぜったいやってみなければ気が済みません。

しかも、人の言うことなんて聞かない性分で。(苦笑)

自分の幸せを邪魔している要素を取り除こうとしたり、何かを手に入れようとしたり、

結婚もその一つだったかもしれません。

だけど、なかなかこれで良し! と思える状態にはならないんです。

一つ何かが手に入っても、また別の悩みが生じます。

憧れの状態に近づこうと頑張ってみて、理想に近づいても

そこはそこで苦労もあるし、手放しで幸せ~ ってことはなかったんです。

 

何がいけないんだろ? 

それから 問題は自分の心にあるのではないか? ということに気付き始め、

自分を苦しめているのは 自分自身じゃないか? ということがわかり始めると、自分の心を整えたい

と 思うようになりました。

正しい生き方 とか 善良な生き方 とか 社会に貢献すること とか

罪を犯さない とか 善い生き方をしようと努力するんですが、

なかなか これで良し! にはならなかったのでした。

以前苦しさとか悩みは尽きないんです。

神様とか仏様に祈っても、、、正しい生き方 と言われる生き方の基準を取り入れても。

 

困りました。 

当時の私は小さい2人の娘がいたのですが、

娘の人生は 母親の人生が映る ということがわかっていたので

私は是が非でも幸せに生きる責任がある  と思っていました。

私が幸せをみつけないことには 娘たちに不幸が移る って思ってたんですね。

 

見つけるまでの変遷を書くとブログが何十センチもの長文になってしまうので

 

見つけた結論を言ってしまいます。

 

幸せかどうかは 自分が決める事。

そこを幸せと思えるかどうか? 自分が幸せだということを選択するかどうか? なのです。

誰かが幸せにしてくれるわけではありません。 自分を幸せにする責任は自分自身にしか持てないのです。

 

過酷な運命を体験している人は幸いです。

だって、幸せがどんなものか わかるからです。

過酷でない運命に出会った時 シンプルに それが幸せだとわかります。

 

殺される心配がないこと

今日 寝る場所が確保されていること

今日 食べるものの心配をしなくていいこと

我慢できないほど痛いところがない こと

立ったり座ったり、歩いたりできること

目が見えること

耳が聞こえること

手が思い通りに動くこと

息をしていること

 

私たちは幸せの中にどっぷり浸かっていると 何が幸せなのかわからなくなります。

あまりにも 当たり前すぎて

その当たり前を勝ち取るために 何百年の時代が必要だったことでしょうか?

 

先祖に感謝して

子孫のために更に良い環境や社会を作りましょう。

 

私たちは 善い事をしている時、人同士の心がつながります。

善い事をすることが幸福 というよりも

善い事を通して つながる幸福を感じ取ることができるのです。

人より優秀な要素がないと 自分が存在することを許せないとしたら

それは不幸なことです。

だって、そんなもの だれもあなたに求めていません。

もし あなたが優秀であることを誰かが求めていたとしたら

それはあなたのためではありません。

求めているその人の満足のためです。

 

あなたが 幸せでいることは

神があなたに求めていることです。

神、それは私たちの魂の真我です。

 

自分が存在する幸福を知ってください。

身体が懸命に生きている この奇跡を知ってください。

生きている これが奇跡なのです。

私たちは存在するだけで 幸福であることが可能です。

 

苦しみの感情が心に残っている方は瞑想で心のお掃除ができます。

苦しみは消すことができるのです。

 

お掃除の最中は 思う存分 洗われてください。

私は今、ガソリンスタンドの洗車マシーンを想像してしまいました。

けっこう過激に洗われます(笑)

 

生きていると 様々な出来事と遭遇します

でも、乗り越えられない試練などないのです。

というよりも 乗り越える他ないのです

 

カルマが消えると 思い悩むことは激減します。 軽くて自由で幸せです!

瞑想7年目の実感と確信でした。

ぜひ あなたも一緒に瞑想しませんか? happy01

抵抗

幸せなこと と そうでないこと

大好きな事 と とても我慢できないこと

やりたいこと と やりたくないこと

やらなければならないこと と 手放した方がいいこと

 

私たちは 何を受け止めて 何に抵抗すべきなのか

この見分け方はちょっと難しいと思います。

 

この世界が 私たちに望んでいることは 

好きにすること なんですが、

自我は世界にとっては好ましくないこともしてしまいます。

自分の喜びのために 自分以外の多くの意識を苦しめる事 また 傷つける事

 

これは 世界や神がどう受け止めているか? と言いますと、

好きなことをするのは自由、ただ、そのことをしたことで被る波は自分で責任を持つ  です。

自分が起こした波を 自分で受け止める  

これは 誰も他の人間に交代することができないのが この世界の道理です。

ただ、後程受け止めるものへの覚悟が決まれば 自由です。

 

この世界の裁きは 法律ではありません。

ただの物理的法則。 人間がまだ把握しきれていない 計測不能の波動も含めて

物理的な法則通りに 自分が起こした波を 後程受け取ることになる。

それだけの話なのです。

 

あなたが 人にしたことは また 自分がされることになる。

そういう波が繰り返されている。

 

祖先の行為は子孫が受け止める 

個人的なものだけでなく、集団的にも同じことが言えますので

自分に身に覚えがなくても、祖先の責任を私たちは受け止めている

 

そういう因果応報の仕組みの中で生きています。

 

先祖から受け継いだカルマが 自分の所で発動して ネガティブ体験、いわゆる不幸な出来事として

起きてくる。かつての加害者は被害者となり、かつての被害者は 今生で加害者を体験する

そんな風に いろんな役割を交代で体験しています。

 

今生が痛い出来事ばかりだと 気持ちがしおれてしまいそうですが、

凹まないでいてください。

あなたの試練を 上手に乗り越えて、あなたの意識が愛へと育ったならば

あなたのもとには おおきな祝福が訪れることになるでしょう。

 

不幸が不幸なままなのは 受け取る者が 被害者の立場を取りたがる時、それが続きます。

 

被害者は 罪悪感を持たなくて良いので 比較的楽なポジションなんです。

 

それから 病気、

無意識は 病気も道具に使います。

愛がほしい時、責任を逃れたい時、現実から逃げたい時、

また、意識が体を奴隷のように使うのをやめない時

無意識は 病気と言う道具を使います。

 

それはズルというのとは違います。

身体は正直なのです。

本当の気持ち、本当のことを知らせるためにやってきたメッセンジャーなのです。

 

意識は欲張りなんです。

そして自分の都合の良いように世界をコントロールしていたい。

そのためにいろんなものを利用します。 しかも無意識に。

 

抵抗と支配を 手放してみてください。

 

あなたのいる世界に あなたの愛を反映させてほしいのです。

 

カルマの摩擦は ELM瞑想が消してゆきます。

カルマのお掃除中はザワザワするかもしれません。

それだけ効果がはっきりしている ということです。

ザワザワ期は速やかにやり過ごして はやく自由になってください。

 

今現在、判断がわからない と思う方は 

今のあなたが ハッピーであることを選択してください。

義務や道徳、世間体やプライドはちょっと脇に置いておいて

あなたが ハッピーであることを選んでください。

あなたは 好きにしていいのです

世界はあなたが幸せでいることを喜びます。

 

ひらめく時間

何か、急にいいアイデアを思いついたり、問題の解決策が見えたり、

そういう閃きがやって来る時 って どんなことをしている時でしょうか?

 

瞑想している時も たしかに いろんなイメージが湧いてきて 忘れていたことを思い出したり

いい考えが思い浮かぶなんてこともありますが

ひらめく時って 必ずしも瞑想の時ってわけじゃないんです。

 

一体 どんな時でしょうか

 

 お風呂でのんびりしている時  なんて声もよく聞きます

 

ある人は お弁当を作っている時 って言ってました (笑)

 

 

私が一番 ブログネタを思いつくのは なぜか洗面所 (笑)

洗面所で歯を磨いたり、髪を乾かしている時に なぜか とてもスピリチュアルネタ?が 降りてきます

ワンネスのこと とか 宇宙の法則とか それにまつわる 現象界の事例

最初は 現実の問題とか 誰かのトラブルなど きっかけになるものがあって、

それに関する気づきが展開していくんです。

ああ、そうか 。 そういうことか。 こう説明すればいいのか なんてことが次々に出てくる。。

これ、カルマが多いとネガティブ展開の妄想になるんですが、

カルマが無いとそれ以外の波動を読みます。

 

あまりにも次から次に出てくるので 洗面所から出てくるころには 最初出ていたイメージは忘れてしまいそうなくらいです。coldsweats01

そう、そこで見ていたイメージは あまり長くはとどまりません。

なので 気付くとすぐにメモでもしていないと 時間と共に消えてしまいます。

 

ブログに書く時は その時に出てきたイメージを再び言葉に置き換えていくのですが、

言葉を綴ると、イメージだけの時と違う方向に流れがちです。

たぶん 使っている回路が違うので 傾向が変わるのでしょうね。

 

閃きが起きる脳の状態というのは、

通常の思考のみならず、感覚を司っている脳が多岐にわたって活性化している時に起きるんです。

これは思考が活発になっている前頭葉が活動している時には起きにくい。

リラックスして 感覚や体を使って軽い作業をしていたり、 ゆったりと緩んで何かを味わっている感じ取っている状態に 脳の感覚を感じるいろんな分野が同時に活性化している時に 

感じているものと 理解の分野がつながった時に体感的理解は起き、閃きが発生します。

 

これを邪魔しているのが 思考とカルマのエネルギーです。

 

思考は感じることを休止させてしまいがちです。

考えるという行為にとても多くのエネルギーを消費するので 感じる器官を閉じて考えに集中してしまうためです。

妄想などもこちら側の作業です。

 

カルマの摩擦の波動の方が 自然の精妙な波動よりも荒くて強いために

内側にカルマがあると 全部持っていかれてしまいます。

気になることで頭がいっぱいになっってしまう状態です。

 

ということは、強く惹きつけられる という状態も ある種のカルマかもです(笑)

恋は人生の修行の相手の選別をしてくれるんですね。

やりたいことは、あなたに必要な学びをもたらします。

ポジティブに試練に向かえますのですごくいいことなんです。

 

私達は 内側からいろんなメッセージをもらっています。

 

どんどんワクワクして

どんどん体験をしてください。

辛い事でも大丈夫 あなたは それを越えていけます。

 

本当に体験を味わい尽くした時、

あなたは あなたの人生を発見します。

最期は本物しか残れないからです。

要らないものを落とし、 必要なものだけが残ります。

 

そう、自我が必要とするもの ではなく、

真我が必要とする 本当に大切なものが何か を 知る

その過程の壮大な旅と景色を 楽しんでくださいね!

 

自分自身に正直に生きた人ほど 核心を掴むのでしょうね。

試練が多い 祝福された魂は 素敵です。

 

 

 

 

ボヘミアンラプソディー

11月24日、奇しくも フレディー・マーキュリーの命日に ボヘミアンラプソディーの映画を観ていました。

ボヘミアンラプソディー

最初にクイーンの楽曲を聴いたのが14歳の頃 

丁度 東京でコンサートがあった後だったんでしょうね。

幼馴染みの高校生のお兄ちゃんに進められて聴いて、それを手に入れてばかりのカセットテープレコーダーに録音して

何度も聴いていたのでした。

不思議な曲 惹きつけられる曲でした。

それから 洋楽を聴くようになって 高校生の頃は ビートルズ(リバイバル)にハマり・・・

 

それにしても そこから40年以上も経っているなんて

改めて驚きです。

音楽はいつでも新鮮な過去の記憶を連れてきます。

 

映画は とても感慨深いものがありました。

クイーンの楽曲の 歌詞の 本当の意味も

フレディの生きざまも 知らなかったんですね。

パフォーマンスの派手な歌手 曲は 割と好き くらいにしかとらえてなかったんです。

彼らの曲の多くが 人生を応援しているとわかって、なぜそんなに売れたのか

メロディーだけじゃなくて歌詞もすごく良かったのですね。

英語が疎くてすごく損してたような気がします。

 

しかも、これはフレディー・マーキュリーの生い立ちを知らないと理解できないことでもあるんです。

 

映画は キャストも良く 俳優さんたちの演技も本当に良かったですね。

彼らがクイーンだと 少しも違和感がなく 引き込まれていきました。

 

観終わってしはらく、この2日くらい なんだかまだ衝撃が覚めやらず、

ブログに書きたいのに言葉にならなかったです。

 

人の思い、それぞれの人生 どの人生もとても深いんです。

その中でも 本当に自分に向き合った人ほど 深く高く果てしないのでしょう。

 

もう・・・ぜひ映画を観てみてください。happy01

 

 

 

自然に触れること

京都に行っている間、一人の青年の興味深いお話を聞く機会がありました。

その方は大手広告会社の ストラデジックプランニングディレクターというお仕事をなさっているのですが、

ストラデジックプランニング って何だ?と 調べて見ますと 

 環境変化に対する能動的、革新的な適応。未来の結果を仮設して、現在の決定を扱うことを可能にするもの

と書いてあります。

 

この方は 社会や環境の現状を観察して、新しい見方やアプローチを考え出すのがお仕事で

洞察がとても重要なんです。

 

思い込みを外して人間を観察していきますと、 人間の行動の原理や 心理の仕組み、深層心理と表層意識のずれを見つけていきます。

これまで あたかもそれが当たり前なことのように 皆がそれを基準にしてきたことが、

時代と共に新たな若者はそれとは別のもっと自分たちに合った対応や方法を使うようになるのです。

行動だけでなく もののとらえ方、感じ方 価値観 人生観も。

 

つまり必要なもの ニーズが変わっていくわけですね。

それに伴い、提供側は 古いバージョンを出し続けても合わないわけですから、

新しい方法や商品へと改善していく必要が出てくるのです。

 

それも、まだ消費者側が認識していない更に先のニーズを見つけることも大事なようで 

その青年は普通の企業の仕事 というよりも 大学の研究室の職員のような 実験的な業務に携わっていました。実際に学校でも教える業務もお持ちです。

 

その方がお仕事のことを話してくださった最初に印象的だった話が

 

何か新しいことを生み出さないといけなかったり、研究にアプローチする時に

多くの人が会議室で会議をしたがるんです。でも自分たちの認識のエリアにいたまま 新しい発想は生まれません。

外に出て新しい体験をしていただきたい。

学生にもよくあるのですが、 ネットで調べたものだけで世界を把握しようとする人がいます。

ネットには情報の一部分、ネットに乗せることが可能な情報はネットで伝えられることができます。

写真とか話とか 

写真は2次元の画面に見たものを映せますが、実物はそれだけじゃないんです。

現地に行って、その空気と波動を感じて はじめて 真実の存在を体感することができます。

現代人はそれをしないまま 認識の世界観で済ませようとするんです。

これでは本当のことは何もわからないままなんです。

頭で理解することと 体験で感じることは全然別のものだと体験しないとわからない。

 

 

うわ~、 なんて瞑想的理解なんだろう!!

 

この世界は 本当に観察して感じることで学びは進むんです。

たとえカルマがあっても そのカルマの体験は逃げずに受け止めれば終わっていきます。

 

そう、私の都合で目の前の体験から目を背けることなく ただ 受け止めることができれば。

カルマの体験は 終わって消えていきます。

回避は得策ではないんです。

向き合って乗り越えればさっさと消えていきます。

 

刺激から隔絶された静けさは 限界があります

かと言って、世界を動きのないものにしてしまうことも不可能です。

動きはバランスがとれることが一番なのです。陰陽のバランスです

世界が調和した絶妙のバランスはこの世に豊かさを生みだします。

 

私たちは世界の現われとして この肉体から世界を感じています。

あなたからは 世界にどんなものを発信していますか?

意図的であれそうではない場合も 私たちは常に選択した波動を世界に発信し続けています。

私たちはこの世界の一部分ですし、切り離して生きる事は不可能です

ただ、この世界のどこにいるかは 選ぶことができます。

 

もし、外側から自分を隔離することで自分を守ることを考えておられるなら、

それはとても不安な感覚になられるのではないかと思います。

外側の波を防ぐことばかりに気を取られてしまいそうです。

近すぎることが苦しければ距離をとることも可能です

あなたは自由に選ぶことができます。

私たちは この世界と共に 世界の波を楽しむ存在です。

世界の波に調和してください。

自分に丁度いい波を見つけることもいいでしょう。

 

行動を自由にするには

思い込みと抵抗を手放していく必要があります。

行動を制限しているのは 自分自身ですから。

 

私たちはダルマと共に

真我の目

神の目で 世界を見ることになります。

 

そう、四の五の言ってるよりも 自然に触れにいきませんか?

清々しい空気に触れに 出かけてください。

紅葉

目に眩しい風景と

空気と温度

匂い

そして清らかさ

 

現地で 五感で 感じることで

私たちの意識は開きます

大地に触れてください。

感じてみます。

近所にある樹々からも 感じることは可能です。

彼らは自然と共に生きています

 

あなたの感性は 開かれることを待っています。shine

 

 

 

 

 

 

 

 

生かされている存在

京都から 帰って参りました。

いろんな芸術家や研究者の方々と語り合うと 

未知のものが 姿を現すような感覚になったりします。

私たちがとらえることができなくても

感じているものは 一体なんなのだろうか?

 

興味は尽きません。

 

この世界は繋がっています。

地球という土台があって その上に無数の生命体 

空間には空気が充満しています。

何もない空間など自然界では存在しません。

そして 私たち人間は 何もない真空の空間では生きる事はできません。

 

空気の分子を間に挟んで 私とあなたは 同じこの世界の空間に存在しています。

 

私とあなた だけではありません。

全ての存在が この世界の空間に一緒に存在しています。

地球上でつながっているのです。

 

自分を取り巻く環境は あなたの世界そのものです。

あなたは あなたの身体を通して この世界を体験している意識です。

実は

あなたの身体と この世界には 境目がありません。

皮膚の内側と外側で あなたと あなたでないもの と境目があるように思っているかもしれませんが、

先ほどまであなたの内部にあった 水分は 今まさに 毛穴から あなたの外に出て行っているところです。

内部の水分はあなたでしょうか?

外に出た水分はあなたじゃないでしょうか?

でも 外に出た水分はまた循環してあなたの内部に戻ってくるかもしれませんし、

どこからどこまでがあなたの身体なのか 明確に分けることは実はできません。

今 あなたの身体になっているもの

次の瞬間に身体になっているもの の 構成は 同じではありません

 

あなたの意識の目の前で 世界が あなたを 形作っています。

あなたの意思とは関係なく 私の意思とは関係なく 

あなたも私も この世界に維持されています。

 

生まれてきて 生きて 死ぬ

 

これは私たちが 意図してしているものではなく

自然の摂理です。 悠久の時の中で紡がれる 命のシンフォニーです。

現在の世界の人口が何人なのか調べようとしたら 73億とか74億とか75億とか

色々なデータが出て参りまして

正確な人数はわかりませんでした

当然ですね ずっと 何秒ごとかに変わっているのですから 人数の正解は出せないのです。

私やあなたや 全てを含む この世界は一時として 同じ状態では存在しないのです。

あなたも流動しています。

あなたは世界の現われなのです。 

あなた という現象

 

私 という 現象

潜在的な怒り

潜在的な怒り、 カルマのエネルギーのことですが

普段意識に上がってこない潜在的なエネルギーの話です。

 

ある瞑想者さんとお話していて 怒って怒鳴っている夢を見た と言う話題になりました。

夢の中でママ友さんを前に 怒り心頭で怒鳴り散らしている自分がいたそうです。

もちろん 普段そんな過激なことをされる方ではなく、グッと我慢してにこやかに対応するようなタイプの方です。

怒りまくりの夢から目覚めて 怒っていた自分に驚きつつも、ふと 

これは潜在的な私のエネルギーだな と思ったそうです。

そして 「こんなに怒ってたんだなぁ、と思ったら気が済んだ」とのことでした。

 

深い所に封じて 感じないようにしていた摩擦の感情(カルマ)が出て行ったんですね。

 

このような夢でのカルマの解放は かつて私も経験したことがありました。

もう15年くらい前の話です。

当時、ずっと長い間持っていた父親に対してわだかまりがあったのですが

ある日の夢のこと

母がイライラして不機嫌な様子を見た私は 父に腹立たしい思いを持って、母がこんな風なのは父の責任だ と思ってるんです。

それで、今までの怒りの思いをぶつけるので家族会議をする と言って

一室に家族を集め まず一番に父に言いたいことを言おうと怒りを一杯にためて父の正面に座りました。

すると、怒っている私の顔を見て 父が 私を見つめ、今まで苦労をかけてすまなかった と先に言うのです。

その瞬間私は涙があふれて泣きじゃくりながら 「今まで育ててくれてありがとう」って叫ぶのでした

なぜ文句ではなくそういう言葉が出たのか謎でしたが、私は父とハグしながら ずっと泣きじゃくっていて

私は本当はお父さんが好きなのだ と感じているのです。

そしてあまりにも号泣するので息が止まってしまいそうになり

呼吸困難で目が覚めました。

それから何分か 泣き続けていましたが、ようやく ああ、夢か・・・ と我に返りました。

それ以降、ずっと持っていた 父に対するわだかまりやくやしさが 嘘のように消えてしまったのです。

 

とても不思議な体験でした。

以来、父に対する思いは 穏やかなものしかありません。

 

カルマは解放されて消えてしまいます。

一度出て行ってしまったエネルギーは戻らないのです。

 

出ても出てもなくならないよ? と思う方がいらっしゃるかもしれません。

それは、もしあなたが、相手の愚痴を外に出して回りにカルマのエネルギーを与えている場合、そのカルマが自分に戻ってきます。

 

今回、私や先の瞑想者さんがカルマが消えたのは 実は

別の解放のルートがあったからでした。

そう、瞑想です。

 

瞑想は無意識のエネルギーを無意識に抜いてしまう効果があります。

特にELM瞑想ではこれが起きます。

 

とても不思議な現象です。

あなたが源です

ふと、思い出した言葉がありました

 

あなたが源です  

 

この言葉を始めて耳にしたのは26歳の時でした。

当時の意味は 今私がその言葉で感じるものと 少しばかり違っています。

 

当時のものは

元気ややる気を発信する源が自分

ムーブメントを起こす源が自分 という意味でした。

1980年代に全国的に広がった自己啓発セミナーでのことです。

自分自身を再発見したり、自分の思い込みに気付いてとらわれていた不安から解放される体験があり、

とても感動したことを覚えています。内容は 良かったです。

根暗だった私は セミナーを受けて かなり前向きになることができました。

自己啓発セミナーは ベトナム戦争でPTSDを受けた帰還兵を癒すプログラムから始まったセラピーでした。

グループワークでいろんな体験をします。

心の傷を癒し、閉ざした心を開く効果があります。

アメリカで発祥したそのセミナーは日本に入って多くの人を元気にし社会を活性化しました。

 

とても効果があり、多くの人々の人生を好転させましたが そのメソッドを利用して お金儲けに目がくらんだエゴたちがいました。

また、人を変える影響力を持ったことで自分を神だと勘違いしてしまったエゴたちもでてきて、

そのメソッドの本来の役割から逸脱させてしまったのでした。

携わっていた人は善意から動いていた人も多かったのですが 

どこからどこまでが愛でどこからがエゴか 本人にも区別できない状態だったろうと思います。

エゴは欲望を満たすためにあらゆるものを利用します。

そして、いつの間にかエゴと正義をすり替えてしまいます。

人を癒す愛からできたワークは エゴに飲まれて摩擦を作り やがて社会から消え

てしまいます。

 

エゴは本来の目的に潜り込みいろんな道具をエゴの都合に利用する狡猾さを持っています。

これも世界の一部分の闇です。

酷い人の話ではありません。全ての人間に その要素があります。

エゴのすり替えは 本人の自覚しないうちにやってしまうことがほとんどです。

 

誰がした というのではなく 人間のエゴの欲望が 意識の隙間に浸食してくるのです。

これは誰にでも起こりうることです。

私たちは真我の意識を明るくして 自分のエゴをよく観察して 意識をすり替えられてしまうことを防ぐ必要があります。

 

大事なことは 何をするか ではなく、根底にどんな波動を含んでいるか です。

 

表面的な現われだけ見ても見分けがつきにくいのです。

人間には本質を感じ取る能力がありますから それがどちらなのか 静かに感じ取ってください。

エゴの波動は匂いのように存在します。

 

エゴは身体に備わった機能ですから私たち人間から完全に取り除くことはできません

カルマに影響されやすく 負の波動で 欲望や プライドや 優越感や 劣等感や 飢え など

湧いてきます

でも、カルマは私たちのものではなく、私たちにくっついているエネルギーなだけですので

カルマを解放してしまえば エゴはもっと素直になり、私たちは愛を選択したくなります。

私達人間は、エゴ=自我というもう一人の自分と一緒にいながらも 自然の流れを信頼し幸せを選ぶようになれば

どちらもハッピーになれるのです。

 

あなたの中の ちょっとわがままだけど本音に正直で憎めない子供のあなた

そんなあなたとも仲良くしてください。

 

彼ら(エゴ)は傷付いていると余計に甘えたがり、なにかを欲しがります。

しっかり愛して 癒してあげることができれば

とても仲良くすることができるのです。

 

エゴを増大させる人は 心の奥底で 寂しさや空虚感、孤独などを抱えている人です

 

観音様の慈悲は全ての人に注がれます

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本当の神や仏の心を知る というのは 慈悲や愛を知ることなんでしょうね。

それが癒しです。あなたの中にあります。

あなたは愛の源です

日々徒然 1日瞑想会

本日18日日曜日は ELM瞑想1日瞑想会の日でした。

2018.11.18一日瞑想会 

ELM瞑想は椅子に座ってできます。

もちろんあぐらをかいて瞑想してもOKです。

座り方にはこだわりません。 リラックスできることの方が優先されます。

でも、横になってすると、ほぼ眠ってしまうので(笑) 座ってします。

 

今日は 昨年の教師コースで瞑想教師になられた 山火純一先生が奥さんと生徒さんと一緒に

アトリエ霽月の瞑想会に参加してくださいました。

山火先生は 本業が整体師さんなので瞑想にご縁がつながる方が多いそうで、

身体の不調が出ている方が瞑想すると 目覚ましい回復が起こる例をお話してくださいました。

 

山火先生の奥様のまゆみさんは私と同じくらいの瞑想歴がおありなのですが、

かつてひどいアトピーがでておられたことがあったのですが、今は本当にきれいなお肌をされていて 

肌にトラブルがあったなんてとても信じられませんでした。

お二人にはfacebookで先に知り合っていたので お写真でお顔を知っていましたが、

直接お会いした方が何倍も若々しく素敵です。lovely 

ご夫妻は瞑想で知り合ってご結婚されたんです。とても仲良しで幸せそうで

素敵なオーラを輝かせていました。

 

まゆみさんがお話してくださったお話は とても興味深かったです。

お母様が体調不良で、瞑想を勧めて

瞑想を始めて最初の3週間は、痛みが増して 瞑想を勧めたことを責められたそうなんですが、

痛みは3週間で終わり、その後劇的に快復されて 3カ月目の今は痛みもすっかり消え、性格まで明るくなって

本当に楽しそうに毎日を過ごしておられる とのことでした。

今では朝夕の瞑想が欠かせないそうでルンルンで瞑想しておられるそうです。

 

山火先生は 整体師をしているご縁で 身体の不調の方を伝授することが多いそうですが

そういう状態の悪い方々は 最初に溜まっていたカルマのエネルギーの解放がけっこう大きいんです

症状が出始めるとドキドキしますが、ほとんどみなさん快復されてゆくので 

この瞑想は本当にすごいです!と 目を輝かせておっしゃっていました。

私の生徒さんにも 同じようなことが起こる例が何人もありました。

 

アトリエ霽月には 私と同じ体験の 心の問題で来られる方が比較的多いのですが

朝夕の瞑想を欠かさず続けられる方は 皆さん明るい笑顔へと変わって行かれます。

そして それだけでなく、

神意識(自分自身を含む世界全体を客観的に見る視点)やワンネスを体感・体験される方も少なくないのです。

まだELM瞑想をされたことのない方や、 伝授は受けたものの 中断してしまっている方はぜひ瞑想習慣を始めてくださいませ。

これは習慣にしないと人生がもったいない  と 私は思うのです。

 

瞑想による体調の改善は 実に自然です。

じわーっと緩やかに改善するので 改善したことを本人が気づかない場合もあります。

久しぶりに会う友人などに指摘されて 自分が依然よりも元気に明るくなっていることに気付かされたりすることも少なくありません。

とても面白い現象です。

瞑想経験を重ねれば重ねるほど 年月が経てば経つほど 元気に明るくなれるので、

昔より若返ることも珍しくありません。wink

モテるようになる のは 普通の事です。

性格が明るくなって 笑顔が増えるのですから 当然かと思います。

 

あなたの人生はこれからどんどん明るくなって参ります。

カルマの解放、 内側に溜まったカルマのエネルギーを外に出す大掃除の間は

落ち着かない感じがするかもしれませんが、

その作用が大きければ大きいほど あなたのクリアリングは大きいのです。

静かな瞑想を最初から体験している方は カルマが少な目だった方ですので、それもOKです。

さらに綺麗になっていくでしょう。

 

カルマのない 爽やかでキラキラした毎日を あなたも手に入れてください。

 

かつてネガティブの塊だった私が 底抜けのポジティブになっているのですから

他の人がならないわけがない のです。

 

どうぞお楽しみになさってくださいね。

 

そうそう、焦らず 必要なことが起きて 私たちは磨かれて行くのです。

happy01shine

 

もし、まだ手ごたえがなくて心細い と思っている方がいらっしゃったら、

毎日の瞑想を続けながら 一度アトリエ霽月にいらしてください。

ヒントは日常の出来事に潜んでいます。

突破口を一緒に見つけましょう!

 

お待ちしています。shine

 

カルマの法則*カルマの役目

私たち一人一人には それぞれバケツ1杯ほどのカルマを担当しています 

・・・と 先日のブログにも書きました。

限りがあり、それほど多くない と言う意味です

 

担当するカルマの多い少ないは個人差があります。

かなり多い人もあれば 最初からほとんどない人もたまにいらっしゃいます。

これは 平等ではありません。

 

なぜ平等でないかと言いますと、

多くの試練のあるコースと 試練の少ないコースがあるからです。

 

それは生まれてくる前に度のコースを選ぶか 自分で決めてくる と言われています。

宿命 と呼ばれるコースのあらすじは 変えることができません。

生まれる場所と家族構成、大きな病気やケガ、恋愛や失恋、結婚や離婚、新しい家族、就職や転職 そして死ぬ時期 などです

 

でも、日々どのような思いで どのような波動で生きるかは自由なんです。

起きた出来事が同じでも、思いは様々です。

例えば、交通事故で怪我をして入院したとします。

 ある人は、  

ちくしょう、なんてこった!ほんとについてない。車は修理だし 仕事は休まないといけないし、

なんで俺がこんな目に遭わなきゃならないんだ。あいつのせいだ。

相手から賠償金ぶんどってやる! 忌々しいやつめ。 とイライラしながら、

お見舞いに来た人にさんざん愚痴り、世話をしてくれる家族に当たり散らす。 

俺は不幸だと世の中や人をうらみ、幸せそうな人を見ると腹立たしくなって嫌がらせをしたくなる

怒りや悲しみのカルマの感情と、現実を受け止めたくない気持ちが

どんどん事態を悪くして愛する人を傷つけ 自分がひどい人になって人の気持ちも離れてしまいます。

 

 また、ある人は、 

ああ、痛い。痛いって生きているんだな。そうだ 生きててよかった。

怪我はしたけれど、治る怪我でよかった。

心配してくれたり、お見舞いに来てくれて 自分は愛されているんだな。

家族もいろいろ世話をやいてくれてありがたい。

自分は本当に幸せ者だ。怪我をしなかったら このことにも気づかず毎日が過ぎてしまっていたかもしれない。

昨日の看護師さんはとても優しくて嬉しかった

今日の看護師さんはそれほどでもなかったけど、ちょっと疲れた顔をしていたな。

みんな一生懸命働いているんだな。

自分もお世話になったぶん、治ったら一生懸命貢献できるようにがんばろう。 

 

この 同じ状況 事故に遭って入院した二人の運命は どのように展開するか 想像には難くないと思います。

前者はカルマが多い人、後者はカルマが少ない人 です。

では、カルマの多い人はどれにも反応して全部事態を悪くしてしまうのか? というと、

抵抗することで、事態を悪くするので 抵抗をやめると、感情はいずれ抜けてゆき次第に状況が整う ということが起こります。

出来事をただ受け止める 

しかしながら、なかなか流れに任せることに慣れていない場合、手こずります。怖かった、心が傷付いて 恐怖心と拒否感で悲しみから逃げたくて感情と向き合うことをやめてしまうと、終了を送らせてしまいます。

更に受け止めることを抵抗して 誰かが悪いからこのようなことが起きた と 責任を他人に押し付けてしまうと、

自分の体験として終わらないばかりか 人を傷つける という新たなカルマを作り出してしまいます。

 

あなたは カルマを減らしたでしょうか? 増やしたでしょうか?

 

あなたのカルマが減ることによって 世界は穏やかになっていきます。

 

環境がどうであるか よりも 本人がどう感じているか が あなたの幸せの量に関与します。

環境が過酷ですと 辛いと感じる狙撃は多いかもしれませんが、

それによって魂が成長して心のキャパが拡がった人は 同じ刺激を苦悩ととらえなくなります。

魂は磨かれて鍛えられ 強くたくましく そして優しく成長するのです。

それが 心が大人になっていく ということです。

 

大人の心は汚いものを取り入れることではなく

汚いことや酷いことを浄化して癒す智慧を持つ ということです

 

あなたの幸せは あなたが作ります。 

 

あなた自身が 幸せに気付くだけなのです。

 

あなたが心から喜べる生き方を選んでください。

カルマの体験は あなたを成長させる教師とも言えます。

もうこの世に恐れるものはありません。

ただ、成長するきっかけだけがあるのです。

田中直子作品

この絵は 親友の田中直子さんの作品です。

大きく育った樹は癒しの力を持っています。

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