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2018年1月

繋がる体験と能力

繋がる体験って どんなでしょうか?

その昔 未知の世界を知ることに とても興味惹かれるものがありました。

私たちがわからない それをわかる人は何を見ているのだろうか?

それはどんな感じなのか?

で、未来や見えないものが見えるのか?

救われたい者は救われるのか?

なぜ私にはピンと来ないのか?(笑)

 

それにはいろいろ答えはあるのですが、 今日は つながることについてお話してみたいと思います。

 

見える人、

チャネラーさんや霊能力のある方々は エネルギーを読み取るセンサーが極めて鋭敏な体質の方で 

もともとは 霊能 ではなく 霊感 から始まります。

なぜかわからないけど 知らないはずのことを感じ取ってしまう 

他の人にはわからないものが 見えたり感じたり

 

これは第六感のアンテナの性能が良すぎるために起こります。

自分で入ってくるエネルギーをコントロールできなければ 仕事にはできません。グダグダに振り回されてしまうからです。

本来はそれらの影響が入らないように大多数の人々にはエネルギーのバリアがあるのですが、

入って来てしまう人は読み取る能力に対してバリアも薄いかもしれません。

 

この読み取る能力を生かしてお仕事にされているのが 占い師やチャネラーという方で

更にそれを動かしたり解釈したり 人々を導く力を持っている場合 霊能者という範囲に入ると思います。

でも、この霊能者 という肩書は 本人が名乗る場合、それが本当に善い方向でのアドバイスかそうでないか

いろんなパターンがあると思います。

読み取れる能力があることと、真理を知っていることは別物なので、霊能者がすべて良いアドバイスができるとは限りません。

エゴからのアドバイスでは本当の道や解決は見いだせないのです。

 

その見分け方は その方のエゴがどれだけ強いか ということに尽きます。

アドバイスをされる方が 自己主張が強すぎる、このままじゃだめだと脅す、不安を煽る、支配的、プライドが高い などの傾向がみられる場合、とてもエゴが強いので

警戒なさってください。

真理を知っておられる方は相手が不安になるようなことはおっしゃらないのです。

 

私たちにとって本当の答えや学びは自分の体験と気づきの中にあります。

もし幸せになれない道を歩めば、途中で、あるいは結果を見て自分自身の在り方に気付きます。

自分が理解して納得して生き方を修正しなければ魂は成長しません。

 

だから、支配したり強制してはいけないのです。

エゴは心理を見失うフィルターですので、エゴを手放すほど 真理に近づきます。

 

エゴが色濃く残っている方には注意を払ってください。

 

そして あなた自身が物事の波動を自分で感じ 自分のハートで選ぶことができることが一番なのです。

自分自身に必要な体験と学びは本人にしかわかりません。

ですから 自分のハートに聞くのです。

 

あなたは どうしたいのか 

あなたは何に幸せを感じるのか

頭で考えることを少し置いて、感じてみてください。

あなたの命の声を感じてみるのです。

 

ガーベラ

エネルギー的歪みの治し方

温暖化や大気汚染、森林伐採、地下核実験など、地球環境の悪化の問題はがクローズアップされて久しいですね

地球は 人間の加える圧力に耐えうる限界に来ているということを 少しづつメッセージを寄越していることにお気づきでしょうか。

異常気象や天変地異は歪みを修正しようとする地球の体動です。

地球の内部も、地球を包む大気も 地球そのものなのです。

内圧が生じれば爆発が起き、ずれが生じれば修正されます。

地球そのものは自浄作用を持っていますので、放置していればもとに戻ろうとします。

でも、人間がその元に戻ろうとする力を越えた圧力を加え続けると、バランスは破綻してしまうのです。

ダムの決壊のように。

地球のメッセージを感じ取る人々もいますが、多くの人間のエゴたちはそのメッセージを無視してしまいます。

 

エゴが望むものを邪魔するものとして排除したがるのです。

エゴは 表面しか見ていないのいで やがて訪れる歪みの破綻は まったく考えていないのです。

これは地球に対してだけのことではなく、人間関係でも同じ構造です。

自分が出すエネルギーが他を圧迫すれば反発が返ってきます

 

歪みを戻すのはどういうことなのか? と言いますと、

これまでやってきた罪の償いをする とか 誰かが犠牲になる ということではありません。

周囲と調和し、奪い合うことをやめ、与え合う関係へと変えていくだけのことなのです。

それは他人を変えようとしてもかわりません。自分自身が変わることによってしか変化できないのです。

人間同士もそうですし、自然もそうなのです。

 

 

自分自身は この意識において世界の中心にあり、世界へいかなる波動を与えているのでしょうか?

世界に向けるエネルギーは世界に反映し あなたにその姿を見せます。

これが鏡の法則と言われるものです。

 

穏やかに存在し、愛を向けてください。

それを邪魔するのが体の中に残るカルマのエネルギーです。

瞑想でカルマを昇華させます。

建設的な使い方で カルマのエネルギーを消費してしまいます。

あなたも周囲も豊かに調和するのです。

その手段をお教えしています。

あなたの心の鏡を磨く方法です。

河

核心のありか

今回はスピリチュアルに関心を持ち始めた方向けに書かせていただきます。

熟知されていらっしゃる皆様は周知の内容です。

 

自我というものは外側の現象界でどう対処するかを選んだり判断したりする機能ですので 多くは外側に注意を向けています。

障害を乗り越えたり、回避したり、対処したりする能力です。それはついつい問題を外側にに意識が向かいます。

自分から外を見ていると、つい自分の内側に目が向きません。

そこから離れるのが内観法 という手段で、これは自分自身をただ見つめ続ける作業を長時間(何日間か)続けます。深く深く自己を見つめる作業です

瞑想を続けていらっしゃる方は、神意識という 物事を自分も含めて客観的に俯瞰できる視点が身について参りますので、神意識の視点からの観察だと、問題が内側にもある時、すぐに見つけることができます。

 

これまでの自我からの見方はついつい原因を外に探そうとするので 一番根本である自分自身が発する波動に意識がいきません。

そもそも、そこに何らかの原因がある ということにすら気が付かないでいたのです。

でも、それは しかたがないことでもありました。

なぜなら 私たちの周りにそのことを教えてくれる先輩がほとんどいなかったのです。

もし、このことに気付いていて 良く知っている魂の成熟した人物がいたとしたら、

皆の見本となって 幸福な人生の作り方を示してくれたことでしょう。

今でも自然と調和して生きる人々にその精神は受け継がれていたりします。

ネイティブアメリカンのシルバーバーチの教え とか ハワイのホオポノポノ とか インドのヴェーダ

そして釈迦が教える仏教です。

(仏教は広い世界を渡るうちに伝言ゲームのように変質している部分もあります)

 

人類は自我のパワーに押され切って 自ら世界に歪みを作り、その歪みに苦しむことになるのです。それがカルマです。

自我は思い通りにすることへ走りすぎ、世界に限界がある ということを忘れてしまいます。

本当に目先の表面の事しか見えていない状態です。それに気づき危惧し、警鐘を鳴らす人々もいますが、ひどいことになるまで自我は高を括っているのです。

これを 無知、無明 と言います。

身を持って懲りる というのも大切な人生の学び ではあるものの、 早めに懲りておきたいものです。

 

なかなかあきらめが悪かった私自身が言うのもなんではございますが、(少なからずの申し訳なさを感じつつ)

だけど、この世界に ただ一つの特例もなく、ただ一律に自然の法則が働いております。

 

自我は証明されないことは信じないなどと言いますが、地球上の稚拙な文明水準で宇宙のいかなる現象を証明しきったと思っているのか と思います。自我は未知のものを嫌い、自我が納得できることにしがみつきます。

この宇宙が広大であることを思えば この小さな自我が知りうることが塵ほどに小さいということに気付きます。

瞑想で空に入る ということは 意識が肉体を越えて全体と一致してくる という意識の拡大を体験します。

ここにきて始めて 意識と宇宙が同調するのです。

その体験を知っている意識と知らない意識では理解の領域が天と地ほどの差が出るのです。

自我の壁を越えて 理解を拡げることは難しいことではありません。

ただ、自我の抵抗を緩め、穏やかに安らかに自我を癒すことが必要なのです。

怖れた自我に愛を。

静かに瞑想しませんか?

夢 蓮華

 

エンライトメント

瞑想の目的の一つは 啓発enlightment悟り  です。

まず、それが何か ということを知らなければいけないのですが、

これは今まで自我というフィルターを通して物事を見ていたのが そのフィルターの存在に気付いて手放すことで成就します。

そのあとどう生きるかは 本人の意思次第 なのですが、

戦うことが無意味に思えるので戦わずに本人が自由に幸福のために物事を選択し行動するようになります。

自我の持つ敵意が 意味を成さなくなるのです。

 

でも、こういうことは説明をすると 自我のフィルターを通した状態ででとらえられると、またちょっと違ったイメージに解釈してしまわれることも多いので 未知の状態は 体験してみないとよくわからない というのが本当のところです。

食べたことのない かの国の果物の味はどんなでしょうか?

どれだけ想像しても本物の味はわかりません。

 

興味深いことは それを理解したいのがマインド(自我の思考)だということです。

思考は自我の一部ですが、 本人が啓発すると マインドも啓発を理解した思考 に変わります。

啓発は 瞬間的体験です。

その瞬間に自我のとらわれから解放され とらわれない新たなエリアを見ます。

そう、見て味わってしまう のです。 その体験はなかったことにはできません。

 

ですが、自我の思考の癖もまだ残っていますので、気が付くと 自我の思考のループに戻っていたりもします。

それはおかしい事でも間違ったことでもありません。

ただ、ネガティブループになっていることに気付いたら、ちょっと立ち止まり、方向修正して 自分を解放するのです。

 

そんなことを何度も繰り返しながら 自我のループの癖は治って行くでしょう。

 

啓発は、新たなものを得るのではなく 自我の呪縛からの解放です。

愛と癒しで溶け(解け)ます。瞑想は癒しです。

エンライトメント 解放

新しい意識

ELM瞑想の基本のマントラ4つのうちの 2つ目はニューライフマントラです

 

先日 ニューライフマントラを実践している方のフォローアップがありまして

New life  新しい人生、新しい生き方についてお話しておりました

お話しながら、師匠のボブ・フィックス氏が語る言葉が改めて思い出されるのでした。

 

ニューライフ、新しい人生を生きる ということは

新しい意識で生きる ということです。

 

意識が変わると世界の別の一面が見えるようになります。

同じものを見て それのどのエネルギーを把握しているのか

また、それらの事象に 何を絡めて見ているのか  そこに気付くことこそ、悟り体験です。

 

私たちの自我は自分の都合と、自分の感情、自分の解釈を絡めて物事を見ています。

一つの物事を 善意の解釈もできれば うがった見方 悪意に解釈することも可能です。

ですが それは真実ではないのです。

真実は実にシンプルです。 ただ それがある もしくはあった。 それだけのこと。

意味はないのです。

意味付けは人間の思考が求めています。

 

よく生きる意味を問うたり、意味が見出せなくて苦しむ という方がおられますが、

神はそんな意味など求めていません。 

神がすることは 命を与え、自由に生きさせる ということなのです。

我々は神から分けられた一滴の魂 その魂が肉体を持たない神の代わりに物質界の生命を体験して神に帰るということ。

 

自我の意識は 閉ざされていますので神意識が見えません。

自分の都合を照らし合わせて 自我から外界を見ていますので、見ている自分を見ることができないのです。

 

目を閉じて、自分自身の存在と自分が感じているエネルギーに意識を向けてください。

そこにどんなエネルギーが感じられるでしょうか。

 

カルマのエネルギーは燃え盛り、逆流するようではありませんか?

もやもやと落ち着きどころのない私たちを揺さぶるエネルギー

 

それから解放されると そこに静かな境地があります。

 

鏡面のような意識の湖面 そこに映るのは どんな景色でしょうか

 

 

新しい意識

それを持って意識は 現象界に戻って来るのです。

瞑想の境地をお楽しみください。

ニューライフ

仏画

今週はアートな週で仏画教室や制作、ギャラリー巡りなど盛りだくさんに過ごしております。

 

よく「なぜ仏画を描こうと思われたんですか?」というご質問をいただきます。

 

私のところは両親に信仰心がなかったので 私も当初は神仏を意識することがありませんでした。

母は自分の辛い体験から、この世に神も仏もあるものか と思っていたようです。

そんなものを頼っても何も向上しない 自分の努力だけが信じられるものでした。

 

でも、いくつかの辛い体験体験や 身体やメンタル面での不調を自分でどうにもできないで苦しんでいました。

そして、自分の不調の原因が心の問題にあると分かってきた時、心を安らかにする手段を探したのでした。

 

心が波立たない 悟りの境地とは どんなものだろう?

信仰というものをすれば それがわかるのだろうか?

救われる という言葉に惹かれました。

できるかどうかわからないことは やってみるしかないのです。

 

体験して判断する 生き方でした。

 

悟りを扱う 仏教系の教えに興味も持ちました。

救い というものを求めて いくつかの宗教を実践してみたこともありました。

ですが、それらの機会では これぞ!という実感を持つことはできませんでした。

 

 

そして 信仰とは別の場面ですが、美しい仏画 に出会うのです。 

心が洗われるような仏画 ならば 描いてみたい 

単純な願望でした。

 

丁度、それまでと違った仕事の形態にしたいと思っていた時期に 仏画に出会ったので

私は仏画を仕事にできる方法を探したのでした。

仏画の絵師を訪ねて 弟子入りしたいとお願いしました。

最初に訪問した工房では、住み込みに近い状態でなければならず、幼い子を抱えている身では無理なので子育てが済んでから来なさいと帰されました。

それでとりあえず、仏画を教えてくれる一般人向けの仏画教室へ行って勉強することにしたのです。

幸い、通いやすい場所に教室が見つかり、月に2回教えて頂けるようになりました。

そして2年ほど通った頃、先生に 仏画の仕事がしたいので もしお手伝いできるようならば使ってください とお願いしました。

ほどなく、工房に来てみないか と言っていただき、工房に通うことになるのです。

念願の仏画の仕事に充実した毎日でした。専門の勉強をするということは 本当に楽しいのです。

知る 学ぶ ということは 喜びと充実感に満たされていました。

あちこちのお寺さんの仏像の修復 

私は彩色担当でしたので 彫刻の方が傷を治したところを補彩したり

新しく制作された仏像に彩色したり、仏画の制作を任されたり

高野山の平成の大修理のプロジェクトチームのリーダーを任せて頂ける事にもなりました。

それが金剛峰寺根本大塔の柱巻き、十六大菩薩像 です。

難しい課題ほど ワクワクする という貴重な体験でした。

それから、家族の事情で九州に引っ越すまで、充実した幸福な日々を送らせていただきました。

それ以外の悩みが吹き飛んでいました。

生涯この仕事ができたらどんなに幸せだろうか?と思いながらも 辞めざるをえなかった理由は、仕事を取るか家族を取るか 選択せねばならなかったからです。

どちらも大事でしたが、その時は家族を優先して九州行きを決めたのでした。

 

人生にはいろんな出来事があり、いろんな選択を迫られる場面があります。

何を選ぶにしても、そこに必要なご縁と体験があり、魂の学びが展開します。ですから選択の失敗というのはないと思っています。

ただ、このまま続けても方向が違う とわかれば 引き返したり打ち切る決断もします。

これらは自分で選んでいるようですが、実際はその時の状況で導かれているようにも感じます。

私たちを生かしているのは私たちの意思 ではなく 与えられた命に私たちが生かされています。

出会いは偶然で必然、チャンスを掴むのも見送るのもある意味運命なのです。

価値がない、しょうもない人生 なんてありません。

もしそのように思っているとしたら、あなたの観念がそういう評価を与えているだけのことです。

私自身の人生の学びは容易くシンプルなものではありませんでしたが、私自身にとってはどれもとても貴重で欠かせない体験だったのだろうと 今はとてもよくわかります。

 

いろんな出会いや体験を通して また、瞑想を通して、心を塞いでいる負の感情のエネルギーを抜きます

そうすると、その下に隠れていた真我の光が輝きだします。

命のエネルギー 

仏のエネルギーとは 真我の愛(慈悲)のエネルギーなのです。

それを知るためにすべての体験が与えられていたと思います。

自分自身の愚かさを知ることも認めることもまた 本当に大切な体験なのです。

 

根本大塔内部

愛する能力

人は皆、愛されることを望んでいます

充分に愛されたとき、自分自身が愛される存在であると信じるようになりますが、

充分に愛されている という実感を持てないまま大人になりますと、愛される自身が持てない自分でいてしまいます。

 

でも、本当に大事なのは、 いかに愛されるか ではなく

愛することができるかどうか なのです。

 

これは年齢や性別はあまり関係がありません、

でも、人生経験が長いほど、

と言っても今生の話だけではなく

 

なんどもn生まれ変わり、多くの体験を実感しているものほど、共感力と愛を知っています。

 

愛する能力とは 魂が成熟するということなんです。

 

成熟とは 怖れを乗り越え 守る強さと勇気を持てる事

 

大切なものを守り 真の幸福を望む 

 

支配せず 見守る力 

 

愛されることよりも 愛することが尊いのです

 

もちろん自分を愛せているかはとてもとても大切です。

自分を愛せずに他者を愛することはできないからです。

 

全ての魂は愛する能力を持ち合わせています。 それが発揮されるまで待っているのです。


雪中花

瞑想

本日は 月に一度の1日瞑想会です。

毎月第三日曜日に開いています。

これは伝授を受けられた瞑想者の方に集まっていただき、グループで朝10時から午後17時まで 休憩をはさみながら何度も瞑想します。

瞑想は人数が増えると 瞑想のエネルギーが増幅し、一人での瞑想とは違う体感になります。

瞑想の醍醐味です。

 

瞑想は 啓発 つまり悟り体験と その理解 が先にあります。

カルマという抵抗のエネルギー、負の感情のエネルギー、過去の感情の記憶の残像を 瞑想が浄化していくのです。

これらはストレス反応などの身体の症状としても私たちの中にあります。

 

啓発って なんだ? そんなのわからない  と そっぽを向くより

瞑想で心が洗われて 爽やかな穏やかな心になった方が ずっとずっと 幸福です。

 

私たちは物質を満たすだけでは幸福にはなれません。

心が苦しかったり、悩んだりするのは 自分の周りの人々や状況のせい ではないのです。

どこに行っても 状況はそれなりで、なにがしかの困難や 試練は人生のために必ずあるのです。

それを愉快に乗り越えていけるようになるのが瞑想での目的なのです。

その先はただ平安な心へ帰着するのです。

死をも恐れるに足りません。何も怖いものがない状態になります。

 

自分の人生や今の状況をどのようにとらえれば心はざわつかなくて済むのでしょうか

その方法は 心にあるざわつきの種を掃除し、 種を作らないように上手に生きてゆくのです。

全ての出来事が人生が向上するために起きています。

私たちの魂の成長のために 魂を磨く出来事を体験して 更に大きなたなしいへと成長して

愛に満たされる これは 望めば手に入るものなのです。

幸福な生き方を選択しましょう。heart01

あなたが啓発を経験すれば、家族も友人も同僚も あなたのまわりにいる人々も幸福になってゆきます。

そこには温かい愛と安らぎが満ちています。それが真我のエネルギーです。私たちの本来の魂です。

お話を聞きに来てくださいね。shinehappy01shine

 

ELM瞑想とは 専門的な解説

ELM瞑想は、現在急速に起こっている地球の集合意識の変容に対応するために、フルフィルメント瞑想をアップグレードさせたものです。


現在多くの人たちが、肉体的な問題、生活状況の急激な変化などの多くの試練を経験し、不安の中で生きています。

世界の状況を見回すと、様々な混乱、自然災害、社会の闇の表面化、古い価値観の崩壊が起こっていますが、そういったすべての事柄が、世界がより良いものへと変容し、地球が本来持っている自然のバランスを取り戻すために起こっています。


教育、ビジネス、政府を含む私たちの惑星の全てのシステムは、エゴやマインドによるコントロールから量子的意識に適応する必要があります。


ELM瞑想は、私たちが未来に対して選択を下す方法を変化させて、私たちのハートの内側の宇宙の量子的意識を、愛と慈悲、叡智の高次の次元へと開く助けをしてくれます。

私たちがその変容の大きな波にスムーズに適応していくために、ELM瞑想は最善のツールとなるものです。


私たちの心や体には、長年にわたって蓄積されたストレスや未消化の感情があり、それによって、身体的またはメンタル的な障害を引き起こします。


また私たちは、思い込みや固定観念によって、常に独自のフィルターを通して現実を認識してしまい、人生の可能性を制限してしまっています。

マントラと呼ばれるエネルギーのバイブレーションに身をゆだねて座っているだけで、心や体に長年蓄積されていた摩擦や抵抗、過去の感情や観念が自動的に解放されていきます。


瞑想中の体験には、個人差があります。純粋な静寂などの体験をすることもありますが、不快さや雑念のみを経験することもあります。


しかし、瞑想中の体験に関わらず、常に基礎代謝が16~20%減少し、肉体的にも深い休息をもたらし、肉体と心のバランスを自動的に整えていきます。


この瞑想で活用していくマントラ(愛のフォース)は、この宇宙の源である空・くう(量子場)が振動して電気的なエネルギーを帯びたものです。


このエネルギーを活用することによって、私たちの存在を構成する様々な層である物理的肉体(先祖から伝わるDNAの記憶)、感情体(古い感情の層)、メンタル体(価値観や信念)、記憶体(魂が持つ様々な記憶)に蓄積されたネガティブなバイブレーションを解放していき、新しい現実の周波数へと調律してくれます。


宇宙全体が持つ流れと共鳴することによって、個人的に満たされた人生が実現していきます。
その結果、よりシンプルにより自然体で日常を楽しんでいくことができるようになります!


ELM瞑想を実践してその変化を実感されてください。

何が変わるか あなたの目で確かめていただきたいのです。

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カルマを投げると自分に返る

ELM瞑想は、現在急速に起こっている地球の集合意識の変容に対応するために、フルフィルメント瞑想をアップグレードさせたものです。

現在多くの人たちが、肉体的な問題、生活状況の急激な変化などの多くの試練を経験し、不安の中で生きています。

世界の状況を見回すと、様々な混乱、自然災害、社会の闇の表面化、古い価値観の崩壊が起こっていますが、そういったすべての事柄が、世界がより良いものへと変容し、地球が本来持っている自然のバランスを取り戻すために起こっています。

教育、ビジネス、政府を含む私たちの惑星の全てのシステムは、エゴやマインドによるコントロールから量子的意識に適応する必要があります。

ELM瞑想は、私たちが未来に対して選択を下す方法を変化させて、私たちのハートの内側の宇宙の量子的意識を、愛と慈悲、叡智の高次の次元へと開く助けをしてくれます。

私たちがその変容の大きな波にスムーズに適応していくために、ELM瞑想は最善のツールとなるものです。

私たちの心や体には、長年にわたって蓄積されたストレスや未消化の感情があり、それによって、身体的またはメンタル的な障害を引き起こします。

また私たちは、思い込みや固定観念によって、常に独自のフィルターを通して現実を認識してしまい、人生の可能性を制限してしまっています。

マントラと呼ばれるエネルギーのバイブレーションに身をゆだねて座っているだけで、心や体に長年蓄積されていた摩擦や抵抗、過去の感情や観念が自動的に解放されていきます。

瞑想中の体験には、個人差があります。純粋な静寂などの体験をすることもありますが、不快さや雑念のみを経験することもあります。

しかし、瞑想中の体験に関わらず、常に基礎代謝が16~20%減少し、肉体的にも深い休息をもたらし、肉体と心のバランスを自動的に整えていきます。

この瞑想で活用していくマントラ(愛のフォース)は、この宇宙の源である空・くう(量子場)が振動して電気的なエネルギーを帯びたものです。

このエネルギーを活用することによって、私たちの存在を構成する様々な層である物理的肉体(先祖から伝わるDNAの記憶)、感情体(古い感情の層)、メンタル体(価値観や信念)、記憶体(魂が持つ様々な記憶)に蓄積されたネガティブなバイブレーションを解放していき、新しい現実の周波数へと調律してくれます。

宇宙全体が持つ流れと共鳴することによって、個人的に満たされた人生が実現していきます。
その結果、よりシンプルにより自然体で日常を楽しんでいくことができるようになります!

ELM瞑想を実践してその変化を実感されてください。

何が変わるか あなたの目で確かめていただきたいのです。

 

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