ホーム>スタッフブログ>2017年11月

2017年11月

エゴの技

エゴは自分自身の肉体を護るシステムです。感情を巧みに操り、個体を有利な位置へと導こうとします。

ですが、判断は表面的な事柄に反応しているので 全体性とは繋がっていません。

 

自分自身の立場からの視線なので ものの見方が一方的です。

自分(心と肉体)を護るために 観念の修正も行われます。

私は悪くない・・・

正義という隠れ蓑を使います。 自分の意識に対して隠れるのです。

他者はあんまり騙せていません。

 

自分に都合の悪い対象を見つけた時に 

その対象を 悪者に見立ててしまいます。

自分自身の肉体を護るために心のシステムがそうさせるのです。

肉体を持った生き物としての心のシステムです。 ある意味正常に働いています。

でも、それは、真実とは違うのです。

システムは一生懸命働こうとします。本能的に。

 

真実に対する理解と智慧がないと表面的な事象のみをとらえ、反応的にしか行動を起こせません

自分は正しい 相手が悪い

そう思ってしまうのです。

 

全ての人間にそれぞれの正義が存在します。

 

時代やエリアによって

正義の基準も変化します。

 

人間は大脳が発達していて、表面的な反応だけでなく、 物事の理解を深める能力があります。

仏教では 智慧 と言います。

 

表面的な事象への反応だけだと、感情に振り回され 苦悩が生じる

 

ですから、物事の本質と この世界の法則性を理解することで 無駄にうろたえることをしなくて済むのです

 

本質的に物事を見ますと ただ事象が存在して 生命体がそれに適合したり反応したりして

生命活動がなされますが、 全体として 俯瞰(ふかん)する 神の目から客観的に見ますと、

全体が豊かになる方向性と、荒廃する方向性があります。

 

どこを見ればわかるかと言いますと、

 愛 と 愛でないもの  を見分けてください。

 

愛は 他者への思いやりや尊重で、 自分同様 全体を大切にする大きな愛です。

愛でないものは 利己的 と言います。 自己愛のみの小さな愛でもあるかもしれません。

 

他者がどうであるか ということよりも、

一番に大切なのは この世界を観ている 中心である 『自分の目』 が どうであるか が

大事なのです

 

エゴは混乱するかもしれませんが、

意識の奥深く 空(くう)に触れて世界を感じたとき、 神の見ている愛を感じるようになります。

 

目まぐるしく変化する夢幻のような現実は この世界の表面にしか過ぎない

深い意識の奥に 神に通ずる感覚と 真理への理解がある  と。

神の視線は穏やかで平和を好み 根本を整えようと動きます

全体の調和を目的に動いています。

エネルギーの調和の法則です。

 

仏陀の目

EFT療法について

EFT療法は心理セラピーの手法の一つです。

心理的要因の身体の不調の改善に高い効果をもたらします。

自己イメージの改善にも効果があります。

 

具体的な例では 食べ物の好き嫌いや 閉所恐怖症 感情の混乱を落ち着かせたり、心を穏やかにさせる働きがあります。

依存症の改善は 根が深いので時間はかかりますが 改善していきます。

 

EFT療法はトラウマになっている感情や、噴き出してくるカルマを速やかに排出し、不安や恐怖など潜在意識が掴んでいるネガティブイメージを 好ましいものへと交換します。

 

効果の出方は、セッション中に感情が伴うほど効果がはっきり出ます。

 

セッションを受けながら、自分自身が自分の潜在意識に気付き始め、その状態の原因が浮き出してきます。

 

セッションを受けた後、気分が大きく変わります。

 

セッションの進め方は、

お悩みの症状や気分、現在置かれている状況など、話せる範囲でカウンセリングします。

人に話しにくいお悩みをセラピストにご相談くださることももちろんできますし、

具体的な内容話にくい方はセッション時に成り行きや状況をお聞きしなくても 進めることができます。

 

どんな感情を味わっているか がポイントです。

セッション中に感情をイメージして頂けると 効果が上がります。

経絡のツボをタッピングしながら 深層心理に潜むネガティブ感情を排出して ポジティブなものに入れ変えることをします。

無意識の領域に働きかけてくれるので 自然と行動や反応が変わります。

試してみると セッションをした方もされた方も驚くことがしばしばあります。

 

心療内科で扱うようなものは特に効果を上げます。

原因不明の症状も セラピーを続けていくうちに幼少期の体験が引っかかっていることを思い出したりします。

それが見えると劇的に改善するので 本当に驚かされます。

 

意識と体は密接にリンクしていて 無意識の影響がどれだけ大きいのか 

自然の力、私たちは自然の創造物であることを強く実感いたします。

 

そして、その自然の仕組みが見えてきたとき、この世界の全貌を垣間見る思いです。

 

自然の力を利用して 私たちは快適に心地よく 幸福を実感しながら生きることが可能です。

焦らないでゆっくり 自然に快復いたしましょう。

 

 

私がこのEFT療法のセラピストの資格を取ったのは一昨年の秋でした。

次回は なぜ瞑想に加えてEFT療法をやりたくなったのか 経緯など書いてみたいと思います。

20171129123416.jpg

意識

私たち人間には心があります。 他の動物にもあるかもしれませんね。 情や愛 動物も持っています。

 

私たち人間が特別なのは 考える という能力があります。 イメージを言葉でやり取りする能力があり、

自分が経験していないことも 聞いたり読んだりすることで イメージでとらえ、疑似体験ができるのです。

物語を読んだり聞いたり。

そして更に、 記憶したり 考察したり、判断したり、妄想したり と とても脳が発達した生き物なのです。

発達した意識が肉体を動かしています。

 

ですが、時折 肉体は意識の思い通りにはいきません。

心も自然の仕組みDNAよって構成されたプログラムなので 顕在意識では抑制できないものもあります。

 

顕在意識、 普段私たちがものを考えているこの意識のことですが、これは意識の表面にすぎません。

海面

 

瞑想の講義では 意識は海に例えられます。

 

海の表面から外界を観察しているのが顕在意識

 

多くは外側の世界しか見ていません。

 

波間に揺れる小舟の気分です。

 

あなたは波が穏やかであることを願っていますか?

 

海上の嵐

嵐などに遭いたくありませんね。

もし嵐が来たら どこへ逃げ隠れしましょうか 

嵐(災難やもめ事)を遠ざけるには どうしたらいいの?

 

いろいろ苦心します。(^_^;)

 

自分がいる世界の 天候(状況)の変化に一喜一憂します。

 

でも、目をつむって 内側を見つめると

 

海面下

 

そこには別世界があります。

 

意識の海 へと 降りていきます。

海面に近いところはまだザワザワしていることでしょう

でも、 波の影響の薄れる 深海は

それはそれは静かです。

 

意識の世界も 海と同じです。

私たちの意識は海に例えられ、肉体を越えて全部と一つに繋がっています。

人との関り

日常生活では特に気に留めませんが、 

意識についてのことを書いてみます。

 

価値観といいますか、世界観 

これはその人がどんなエリアに世界観を見ているか で 変わります。

 

人と」価値観が違う時など 相手の言ってることの意味が分からず

 

「は?」  ってなっちゃいますけど、(笑)

相手の世界観の中ではそれがとても正当なことだったりします。

 

ありえない、 意味がわからない、 頭おかしい、 なんて憤ったりなんかしますと

相手を理解することを拒否していまします。

 

特に家族など、近い関係で深くかかわらなければならない相手ほど、その感情が強く出てしまいます。

関係ない他人は まったく、関心など持たず、スルーすればいいだけなのですが。

家族は意見や見解の違うそのことで摩擦が起きてしまうのです。

 

何? と  びっくりしたときは 

「信じられないわ!」 と言ってしまうのをやめて

この世界には いろんな価値観があるのだな と 傍観してみましょう。

 

「へぇ、そんな見方もあるのか」 

「この人は何にこだわっているのだろうなぁ」

「なぜ そう思うのだろう?」

 

背景や 深層心理がわかると、 意外と とっても理解できたりします。

そういうことがあったなら そう思ってもしょうがないよな  って。

 

それと、

物事をとらえる意識の位置で ものの見方はとても変化します。

こちらがどこからものを見てるか です。

 

個人のエゴのエリアは見解が狭いです。

「何それ、しんじられない」のエリアです。

 

実はこの言葉、母の口癖でした(笑)

なんで信じられないんだよ  と よく心の中で突っ込んでました。(苦笑

見解が狭い (笑)

自分の価値観しか信じないとそういうことになります。

 

他の人とは 過去の体験が違うのです。

感じ方や 好みも違います。

性格も違います。

 

「何それ、信じられない」  って言われると、 言われた方は その後は言葉につまってしまいます。

しつこく説明するか、 もういい って こちらから切っちゃうか ・・・

 

私は しつこく説明するタイプですが、

元夫は 切っちゃう派でした。

 

当時は 歩み寄る余地 なかったなぁ。。(^_^;)  とても無力感を感じてました。

そのうち 自分からも何も言わなくなった。 

これ、断絶ですね

 

言っても理解してもらえないだろう って思っちゃうんですよね。

言い方とか情熱にもよるのだと思うのですが、

一度傷ついちゃうと諦めがちですよね。

 

でも、もしかしたら 相手もそう思ってたのかもです。

本当のところは 違っていても共存は可能なんだと思います。 

 

相手のやり方は尊重して 敬意をもってそれぞれが共存する というスタンスだと 関係は壊れることがありません。

例え、離れたり、家族を解消することになったとしても

それぞれが尊重されるところに 摩擦はないのです。

 

摩擦は エゴが思い通りにしようと 周囲を支配しだしたとき、ひどい摩擦になります。

 

あるがままを 尊重する  は  とても 自然な調和です。

 

あるがままを 尊重できれば、すべてが収まるところへとスムーズに収まっていくのです。

間違った場所にしがみつかなくjても 縛り付けなくても よいのです。

未来を心配しないでください。 ダルマ・流れ という大いなる意識を信頼してみましょう。

日々を懸命に生きればよいだけです。

日々を輝く人には 必要なものがやってきます。

これは本当に不思議かもしれませんが、世界の意識は 我々をっ見守っています。

この意識を 神 と呼んでいます。

Godafoss falls

愛という定義

201779141232.jpg

 

愛というと 日本人の多くはなんだか甘ったるいムードを連想しますが、 

ここでいう 愛は ちょっと違います。  

恋愛の愛とは少し質の違う 愛 です。

 

情熱的な愛  ではなく ほんわかあったかい愛 を想像してみてください。

 

恋愛の愛は エゴの愛 としたら、 こちらの愛は エヴァの愛 と呼んでいました。

ユニバースの愛 神の愛 とも言います。 真の愛 純粋な愛 と表現してもいいかも。

 

神の愛は あるがままにさせておく 見守る愛 なのだそうです。

神は裁くことは 本当はしていません。

本人の選択を尊重します。自由意思を尊重してただ見守るのです。

本人の成長を見守ります。

 

何か悪いことをしてそのあとひどい目にあう時、バチが当たると言いますが

バチが当たる という感覚は 神がしているのではなく、

エネルギー法則の結果、したことが自分に返ってきているだけのことなのです。

 

神は 我々の魂が幸福に満たされることを喜び、悲しみ傷つくことを悲しみます。

愚かなことに人間はなかなかそこに気付きません。

ですが、今からでも気づいていくと神は喜ぶのです。

 

人が愛を心に持ちますと 調和 が起きます。 

世界との調和  他人との調和 です。

この調和を ダルマ と呼んでいます

人間以外のものが調和することも愛です。

調和は満たされた繁栄へと進化します。 そこには喜びのエネルギーが溢れています。

 

ダルマ の反対は カルマ

カルマは 摩擦 です。

 

人間の感情で言うと、抵抗、嫌悪、否定、攻撃、

 怒りや悲しみを伴っています。

 

愛には否定がありません。

否定がない というと、全部肯定しなきゃいけないのか? と憤りを感じる人もおられると思いますが、

全部肯定するのとは違います。 否定も肯定もないのです。

神の世界では 良いも悪いもありません。

ただ 創造的 調和的な 愛の現象と、

摩擦が起きるカルマの現象があるだけなのです。

 

人間が生きていく上で

危険なものや、何らかのもの、あるいはエネルギーを奪おうとしてくるものからは、

回避 や 避難 静観(注意深く見る) を使います。

そこには恐れは必ずしも必要ではなく、むしろ冷静にただ観察 見守ることが望ましいです。

 

対象を観察すると、その根底にあるものが見えてきます。

それを理解することは 愛。  ただ受け止める。

 

すべての生命は 懸命に生きようとしています。

時にこじれ、揉まれ、傷つきながら。

 

この理解に行きつくには 魂の成長過程での体験が必要です

わからないこと、できていないことを責める必要はありません。

理解できた時、魂の成長が起きます。

世界観が拡がるのです

 

愛ある行動 愛ある意識 は、しなければならない のではありません。

できればより自分の周りが豊かになり、できていないことは、ただ、自分自身が生きづらくなる というだけのことなのです。

心が温まりたいなら、自分の心を温かくすることから始まります。

心が温かい人に出会うと温かさをもらいます

そして心の温め方を知ります。

人の心も温めてあげましょう。

世界が喜びます。

 

自分の周りに温かさがいっぱいになります。

あなたが愛の源です

 

私が愛の源ですshine

お知らせ

ちょっとお知らせをさせてください。

アトリエ霽月では月に2回ほどランチタイム瞑想会をしております。

料理好きの瞑想教師が瞑想ワークのあと、手作りランチをふるまいます。

 これはマジでただの趣味の域(笑) 

次は28日の火曜日10時半~14時頃まで開いております。

瞑想未経験の方の体験瞑想としてもご利用いただけますので ぜひご利用ください。

まだまだ宣伝不足で毎回人数に余裕がありますので 参加者大歓迎です。

参加費3500円です。 

その後の予定は順次スケジュールにUPしていきます。 主に第2土曜日と第4火曜日ですが、

リクエストと参加者が多ければそれ以外にも開催可能です~

 

 

ランチ瞑想会のランチたちをご紹介

 
 
 
 
 
 
 
 
和食も作れるんですが、このところ洋風煮込み料理。カレーは特に自信作scissors
 
飲食店ではなありませんので ランチは瞑想会後のふるまいサービスでございます。

自信なんか持たなくていい

自信がないとお悩みのあなたに お伝えしたいことがあります。

ズバリ 

自信なんか 持ってなくてもいいんです。

 

人間は所詮未熟です。

 

完璧な人間などいないのです。

あなたが見ている完璧な人物 ・・・それは完璧に見えるだけです。

 

成功している人は 自分の長所を生かして いくつものチャレンジを乗り越えた結果 です。

 

チャレンジもしていないのに 経験も積んでいないのに

自信がないのは当たり前です。

 

1回や2回や3回や5回や10回 の失敗体験にめげないでください。

誰だって失敗するんです。 いっぱい失敗するんです。

誰だってうまくやりたいですけど そうもいかないこともある。

 

人生なんて失敗の連続です

うまくいかないことをなんとか生き抜くのが人生です。

そのチャレンジ といいますか、 不安定な道のりを上手にバランスを取りながら生きれるようになることが

生きる ということです。

不器用なりでいいのです。

 

器用にやっている人をうらやましく思わないでください。

持っている長所が違います。

自分に合わないことにしがみつかないでください。

 

自分のために試練を乗り越えてください。

トンネルのような先が見えない時期もあるのです

 

とにかく前に歩きます。

 

上手にすることがよいのではなく、

生きようとすることがすばらしいのです。

 

あなたが生きていることを充分に実感した時

神が喜びます。

あなたの魂が喜びます。

 

死んだように生きてはなりません。

生きてください。

 

輝く生き方というのは そういうことのようです。

 

あなたが幸福ならば その形はどんな風でも良いのです。

今を不満に思わないでください

不満などキリがないのです。

 

あなたはそのままで完璧に素晴らしい魂なのです。

 

生きています。生み出され、生かされています。

 

この人生という機会を楽しもうとしてください。

そう、つまらないことも バカバカしいことも 楽しめるのです。

 

自信は生きてきた実感と共についてくるものなのです。

笑うネズミ

感情

感情というのは 突発的に出てきますね。

なぜ? とか考える間もなく 怒りがこみ上げきたり、悲しくなったり

 

その感情に悩まされることがあります。

 

でも、感情自体はあまり意味はなく、 ただの反応だったりします。

 

瞑想的には 過去の感情の記憶 を カルマ と言います。

過去に体験したネガティブな体験の心の傷が まだ癒えてなくて 痛むのです。

 

心の根底ではそういうことが起きています。

 

一番いいのは、傷を刺激する事柄を排除する ことではなくて 傷を癒すことです。

 

ひどい心の傷のことをPTSDと言いますが、その場合は出ている症状(激しい感情)のために

身体が弱りますので 刺激は回避します。 わざわざ痛めつける必要はありませんから。

 

でも、過敏に反応する場合 とても生きづらくなります。 刺激から逃げ回らなければなりませんし、

まだ来ていない刺激にまで怖れを抱きます。

 

そんな刺激などものともしない強さがあればどうでしょう?何も怖いものはありません。

強さは健康なベース(精神)の上にしかできません。表面だけ強くすると、とても壊れやすく柔軟性のない状態になります。

それは根底に怖れがあるからです。

 

どうすれば 強くなれるのか ですが、

瞑想は 心の傷を癒すのにとても効果を発揮します。 海馬の心の傷の記憶を解放して手放していく作用があるのです。

感情が押し込められている場合(出すことを恐れて抑圧している場合) 詰め込まれたゴミ(ネガティブ感情)は外に出る必要があるので出てきます。 

これにうろたえてはいけません。出て行った感情を呼び戻して再び押し込めてはいけないのです。

出たモノはそのままサヨナラします。

 

過去の感情出て行ってくれてありがとう! です。

瞑想をしながらだとこの作業がとてもスムーズです。

 

感情が見えることを恐れないでくださいね。

持て余したら瞑想教師と語り合ってください。

一緒に見送りましょう。

 

心を落ち着けるセッション、EFT療法もかなり効果を上げますよ。

困った時はぜひお試しください。

20171122161956.jpg

悩み

私が仏教や瞑想に興味を持ったのは 幸せに対する強い憧れがあったから でした。

今となっては悩みに悩みぬいた過去はわざわざ思い出さないと出てきませんしそれで心が痛むこともありません。

現在は突発的な出来事に驚かされることや 困ったな という場面に出くわすこともありますが、

昔のように悩んだり動揺することはしなくなりました。

相当楽天的です。楽天的になってしまいました。(笑) 

20171122112945.jpg とりあえず面白がる...w

 

瞑想に興味を持たれる方はなにがしかのお悩みを持っている方も少なからずおられます。

 

それが身体的な不具合や症状に悩まされている場合は、

瞑想はとても良い効果をもたらします。

 

一朝一夕に とはいきませんが、長く続ければ続けるほど体調は整います。

身体の機能が正常に働き始めます。身体の循環がよくなるのです。

 

心と体は連携していますので身体を整える事も大事です。

 

瞑想には体を整える作用があります。

これは心が掃除されて身体が緩む という順番でしょうか。

 

悩みごとが精神的なものの場合、

瞑想することでとらわれを減少させてゆき、徐々に悩むことから離れていきますが、

アトリエ霽月でご指導する場合は

何か具体的な悩みごとがある場合は、それを悩まずに済む考え方やこだわりの手放し方も勉強します。

個人セッションではそういう内容のことが多いです。

場合によってはEFT療法も使います。

 

悩みは 外側の状況が作るものだと思いがちですが、

本当のところは、悩む という心の選択の問題だったりします。

最初は意味が分からないかもしれませんが、もののとらえ方を瞑想的に拡げていくと

その意味がわかってきます。

 

仏教の色即是空は このことを言っています。

 

色(しき)というのは  この世界のいろいろな出来事や状況 のことですが、

 

色はあってないようなものだ というのが色即是空

 

う~ん、この説明じゃあわかりませんね~(笑)(笑)

 

色(起きる出来事や物事)をとらえるのは私たちの意識ですが、そのとらわれてしまってる意識の状態が 苦しみや悩み なのです

 

瞑想はそれを手放す時間です。

毎日瞑想をして とらわれから離れる時間を増やしていくと、

日常でもとらわれない時間ができてきます。そして徐々に空(くう)が増えてくる

特にELM瞑想は その作用が強い瞑想法でもあります。

 

でも、とてもかたくなな意識の場合、そのとらわれをなかなか手放したがりません。

 

なぜ、そんなにかたくなになってしまうかというと、

 

手放すのが怖い という深層心理が潜んでいます。

 

もう一つ、悩むことや問題を抱えることにメリットがある場合です。

 

 

漠然としたもの

時々 言葉にすることに詰まる時があります。

 

悟りについて興味を持ちだしてから 時々ぶつかった壁がありました。

 

つかみどころがなぬなるのです。

 

それは 言葉と思考で悟りや真理を追いかけたときに起きます

 

この世界(宇宙)は広大でその仕組みはミクロからマクロまで 無尽蔵に巨大なものですが、我々人間は実際には本当に小さく狭いエリアしか見たことがないのです。

ですが、人間は宇宙に思いを馳せることができ、その全貌をつかむことは可能です。(精神世界では)

 

ある時、気づいたのは、 この世界はフラクタル構造になっている ということでした。

フラクタルという言葉は 数年前、ある友人がCG技術で美しい画像を制作していて、それがフラクタル画像だ ということを教えてくれました。

フラクタル 惑星

ある法則に基づいた計算式から その画像が出来上がるのですが、

専門的な説明は難しいので 簡単に言うと この世界は全てがあるパターンの相似形の集まりでできている

分子構造の集まりが結晶になってそれがどんどん大きくなって大きな物質になっていく のです。

フラクタル アンモナイト

ミクロの世界もマクロの世界も 構造が一緒 ということです。

 

話が飛躍するかもですが、 我々が神の分け御霊である (神のエッセンスが魂であるということ) というのもそれです。

 

でも、その構造式には いろんな種類の法則があるので 単純じゃない。

それがとても複雑で美しいパターンとバリエーションを生み出すのです。

フラクタル カリフラワー

複雑なものの表面を見ていると何一つ同じものにはなりませんが、 その根本の構造を見で単純化すると同じものが見えてきて方向性とか法則性が浮き上がってくるのです。

 

人間のDNA はみな、99%同じ であるけども まったく同じものにはならない ってことでしょうか。

でも、根本は同じ

 

他者を知るというのは 己自身を知ることに他ならないのです。

表面的にではなく 己の真実を です。 

未知の自分 かもしれません。

ページ上部へ