ホーム>スタッフブログ>2017年6月

2017年6月

愛と勇気

愛と勇気 

 
シンプルな言葉だけど 時に難しい。 
 
とても単純なことなんですけど
 
 
するだけ ...
 
 
愛するだけ
 
勇気を持つだけ
 
 
難しいと思うのは カルマの感情が邪魔するからなんです。
 
素直になれない。 カルマが暴れてじたばたします。
 
 
 
傷ついたハートは不安です。時に痛い。
 
傷つくことが怖いですか?
 
願いが叶わないことを恐れないでください。
 
そもそも 最初は何もありません。
 
あってもなくても元々なのです。
 
 
願いは渇望すると叶いません。
 
なることを信じてください。
 
信じてますか? 不安です?
 
信じられない?
 
不信感が邪魔をします。
 
ゆえに 信じ切る不動の心は強いのです。
 
無くて元々 でも信じる。
 
 
 
信じてみよう!
 
 
大丈夫なのです。 あなたが愛である限り 大丈夫。
 
カルマは瞑想で浄化してしまいましょう。
 
はすつぼみのサムネイル画像
 
 
 
効率の良い瞑想のやり方 お教えしています。
 
アトリエ霽月まで お問合せください。

圓應寺

先週の日曜日 福岡市中央区大手門にある圓應寺の写仏写経の会に参加させていただきました。

圓應寺は 大河ドラマでも人気だった黒田官兵衛の妻 光(てる)が建てた由緒あるお寺です。

旧簀子小学校の跡地簀子公園の前にあります。

街中のお寺ですが、中に入ると仏教美術の荘厳もすばらしく 歴史と由緒を感じます。

圓應寺

 

阿弥陀さまが見守る 浄土宗圓應寺の本堂で 日没より 

ろうそくの光のみにて 写経 あるいは写仏をいたします。

写経もしたかったのですが、

初回は やはり 写仏でしょう。。w

一枚の仏画を選びました。

薄暗がりの中での作業は、一心に集中せねばすすみません。

ですが、薄暗がりのおかげで アラも見えず、やる気が失せる ということもありません。

とても新鮮な体験でした。

出来上がった作品は、 副住職さまにご祈祷いただき、お焚き上げすることになっています。

祭壇に お供えして帰りました。

次は写経をしてみようかしらと 思っています。

愛と優しさ

蓮

 

愛に触れる ということが どれだけすばらしいことなのか  ということを強く感じる日々でした。

 

愛は 力であり エネルギーであり 癒しであり 救い です。

 

人々はそれを求めますが、 それは自分が出せるものでもあります。

 

すべての人に愛する能力がある 

 

本当に素敵なことだと思います。

 

忘れていたことを思い出そう。。

感受性

人の気持ちに共感する能力には個人差があります

 

好む好まざるにかかわらず、備わった能力でもあり、 また経験値でも変わってきます。

 

自分が経験済みの感情は 手に取るようにわかりますが、

感じたことがない感情はよくわかりません。

 

人生経験を経験を積む というのはこういうことですね。

 

良い悪いにかかわらず、何らかの出来事が身辺に起こり、

それに巻き込まれて否が応でも感情を味合わされる

これが自然の学びの方法です。神が与えてくる試練ですね。

それを乗り越えられずに回避して試練の向こう側にある景色を見られない場合

 

再び試練を越えるチャンスが与えられます。

 

試練から逃げないでください。

 

試練の中でそれに向き合って 懸命に生きようとすることが答えです。

それをしたときに新たな境地が現れます。

 

避けたり、見ないようにすると 越えることができません。

 

途方に暮れてもいいのです。

不安でも 寂しくてもいいのです

懸命に生きようとしてください。

 

今を生きる ということができれば、道はおのずと開けます。

 

誰も悪者はいなかった といことに気づいたり、

愛でいようとするほどに愛を感じます。

 

得る事よりもただ、自分の中にある愛を見つけてください。

 

それだけで人生の試練は合格するのです。

 

答えは 急がなくて大丈夫です

 

 

ががぶた2.jpg

 

 

 

アトリエ霽月のお知らせ

 

☆ アトリエ霽月無料体験瞑想会は 7月1日㈯ 10時~12時

どなたでもご参加いただけます。

 

☆ 毎月第2土曜日 第4火曜日 ランチタイム瞑想会があります。

7月より10時半~13時半で毎月開催いたします。

8月は研修のため前半はお休みです

瞑想のご経験がある方ならどなたでもご参加いただけます。

こちらは参加費が3500円です。ランチ付き茶話会です。

 

本格的な瞑想にご興味のある方は フルフィルメント瞑想をお勧めいたします。

生きるということ

ただ 今ある命を輝かせて 生きる 活きる。

 

これは言葉にすると単純ですが 実際は 簡単なようでそうでもなかったりします。

 

というのも、それができる人は簡単なことですが、

自我はなかなかそうもさせてくれなかったりします。

 

辛い試練の真っただ中、

受け止めがたい現実に直面している時

大きなものを失ったり

ひどくプライドが傷ついた時、

また

心がひどく傷ついた時。

 

ショック や 恐怖 や 不安 痛み

 

それらのネガティブな感情のことをカルマと呼んでいますが

そのカルマと向き合って 終わらせて 

そして愛になることが 魂の成長の過程です。

 

ネガティブな感情は内側で暴れると 自分を責めたり自分を傷つけます。

 

カルマに向き合うのが辛いので 自我は見ないように工夫します

そのことが無いように感情を感じなくする反応

逃避や抑うつもその一つ

行き場がないネガティブエネルギーは 出るところがないと形を変えて、体に表現されます。

病気

 

また、持て余した怒りのエネルギーが内側で受け止められずに 外側に出ると

他人を攻撃したくなったり、悪いのは自分じゃなくて他の誰か という犯人捜しをしたり。

 

実際のところ 犯人や悪意などはあまり存在せず、

その出来事 という事実だけがあり、

私たちは 感情を味わう という宿命だけがあります

 

その感情をすっかり味わってしまったら 感情の嵐が終わり、 

この事柄が終わって 魂が成長し新しい明日新しいステージを生きる というところに立つのですが

 

この作業を邪魔するのが 自我です。

 

甘えがある場合は 自分で立ち上がるのを嫌がったり

現実を受け止めるのを拒否したりします。

 

まだ誰かに甘えて助けてもらいたい 子供の意識

 

運命はそれを許しません。

これでもか というほど 追いつめて 自分で立たねばならないのだ ということを神々は教えようとするのでしょう。

 

大きな痛みと宿命に磨かれる魂

 

自分より弱いものしかいない状況で育つ魂。

 

自然の学びは過酷ではありますが、

 

その試練を潜り抜けてきた魂の輝き のまばゆさは 

言葉にはできない 美しさとパワーがあります

これを愛というのでしょう

 

愛のパワーは 肉体の有無に関わらず この世に存在し

人々を癒し励まし そして

 

愛し続けます。

 

 

小林麻央さん

昨夜 市川海老蔵さんの妻 小林麻央さんが亡くなられた というニュースを聞き

先ほど 海老蔵さんの会見を拝見しました

 

涙が止まりませんでした。

 

乳がん闘病中の麻央さんのブログのことをご存じない方の方が少ないと思うのですが、

麻央さんのブログは 開始当初からずっと読ませて頂いていて

本当に毎日 ご苦労や思いをつづられていて でもその内容は明るく前向きで好きでした。

たくさんの人々が勇気づけられていたでしょうこのブログを 私も楽しみに読ませていただいていました。

応援したい気持ちで読んでいた私たち自身が 麻央さんに応援されていて 

愛をわけてもらっているようでした。

 

いろんな思いや気づきが去来しますが

愛は言葉ではないな と思いつつ

 

今は 静かに 心より小林麻央さんのご冥福をお祈りし

麻央さんの愛に 心より感謝の気持ちをお伝えしたいです。

麻央さんありがとう。 

 

 

https://ameblo.jp/maokobayashi0721/entry-12285272947.html#cbox

信じること

今日はちょっとスピリチュアル的なことを書いてみます。

 

魂が 体に降りてきて 人としてこの世に生まれて来た時

心は無垢で 何も疑うということを知りません

 

だけど この世で過ごして行くうちに いろんな感情を味わいます

いいことだけじゃなくて辛いことなんかも。

 

そして、時には何を信じていいのかわからなくなる

 

これは 間違いなのではなく

 

何かの軌道修正が必要 ということ。

 

私たちは、何をどう軌道修正するのか 

ヒントのないパズルというかクイズを解かされているんですね。

 

その答えは大昔からわかっている人々がいて

それはもうたくさんの本とか文章とか経典にもなっているのですが、

本当の答えに気づくまでには 消去法のマイナス体験があります。

 

でも人間は、なかなか 答えが答えだと思えない w 

 

これは、

空気があまりにもたくさん普通にありすぎて

その大切さや恩恵のことを忘れてしまっているのと同じ

 

この世で面白おかしいものは いずれ消えゆく幻

それは楽しむために見れば人生の彩りとなりますが、

しがみつくと 消えゆくものを失う苦悩になります。

 

すべてのことを手放して 感じた時

ただ一つ 命が生きている事実と実感が残るでしょう。

これが根本的な幸福ですね。

 

その実感の割合が大きくなればなるほど、我々の意識は おおもとの意識とつながります

 

おおもとの意識(ユニバースとかハイヤーセルフと呼びますが)

これは 元々つながっていて、私たちの意識は世界に反映します。

より繋がるためには 信じることが一番有効なのですが、

 

それを邪魔しているのが カルマ です

 

瞑想でしていることは、

我々の人生をさわやかに生きることを邪魔しているカルマを取り除くということをしています。

 

脳の中や体の中に詰まっているカルマ(ストレスや感情)のエネルギーをお掃除して クリアな人生を生きてみてください。

 

そこには いろんなことをあきらめた枯れた仙人のような人生? などではなく、

澱みなない晴れ晴れとした生命力があります。

 

無意識の衝動 ストレスを紛らすために何かを集めたり執着する必要がなくなります。

 

風にそよぐ木々のように

 

梢2017622121618.jpg

 

 

 

 

 

言葉にならないもの

ご無沙汰いたしました。 

あ、 、 、 っと  いう間に歳月が過ぎております。

神様は何万年も瞑想するそうですが、(^^;

人間なので瞑想は1回30分までにしています。

最近は 起きている時間の時間という感覚がどこかに行ってることがあります。

 

 

さて。。 (笑

気を取り直して ブログを再開いたします。

 

生きているといろんなことがありますが

 

目の前にあるあれやこれやに夢中になっていると一つのことに夢中になって 時には流れに翻弄されたりしますが、

目をつむって 意識の世界に入ると 三次元の世界から離れて 浮かんでいる命を感じます

 

何が大事かわからなくなったら 目をつむって瞑想してみてください。

 

最初はあれやこれやと 雑念が現れ、瞑想してる気分にはなれないかもしれません。

それでもいいのです。

心が静かになるまでには時間がかかります。

 

それが心のお掃除なのです。

 

一緒に瞑想してみませんか? bud

 

風が心地よい今日この頃です

 

アトリエの窓から

言葉にならないもの

ご無沙汰いたしました。 

あ、 、 、 っと  いう間に歳月が過ぎております。

 

気を取り直して ブログを再開いたします。

 

生きているといろんなことがありますが

 

目の前にあるあれやこれやに夢中になっていると一つのことに夢中になって 時には流れに翻弄されたりしますが、

目をつむって 意識の世界に入ると 三次元の世界から離れて 浮かんでいる命を感じます

 

何が大事かわからなくなったら 目をつむって瞑想してみてください。

 

最初はあれやこれやと 雑念が現れ、瞑想してる気分にはなれないかもしれません。

それでもいいのです。

心が静かになるまでには時間がかかります。

 

それが心のお掃除なのです。

 

一緒に瞑想してみませんか? bud

ページ上部へ